米国で今年初めて上場されたビットコインETF(上場投資信託)は、なぜ日本で生まれないのか?
2024年、日本版・ビットコインETFの構想を巡って、国内の証券会社や信託銀行、資産運用会社、暗号資産交換業者を中心に水面下で議論が活発となった。
東京丸の内・大手町界隈で業界関係者の話を聞くと、金融規制と税制とが絡み合った一筋縄ではいかない日本の現実が見えてくる。
結論から言ってしまえば、「ビットコインETFは日本でも来年には認可され、東京証券取引所にデビューできるのか?」という問いに対して、いま現在の答えは「可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない」ということになるだろう。
いったい何が起きているのか?
そもそも、ビットコインは、分散型台帳(ブロックチェーン)技術を基盤に、銀行などの仲介業者を必要としない電子通貨の個人間取引の手法で、サトシ・ナカモトと名乗る人物/団体が2008年にホワイトペーパーにまとめたものだ。
米国政府はこのビットコインを「米国民の資産形成に資する資産」の1つと認め、2024年1月にビットコイン現物に連動する投資信託の(証券取引所)上場を認可した。
それまでの間、米銀最大手のJPモルガン・チェースを率いるジェイミー・ダイモンCEOなど、米金融界の一部の大物たちは、ビットコインを資産と見なさない考えを示してきたが、ビットコインETFの誕生は米国の金融界がこの技術の持続的な成長を認めたことになる。
世界で人気のETF、2028年には2750兆円
ETFはExchange Traded Fundの略で、日本語では上場投資信託と呼ぶ。ファンド(投資信託)を組成・運営するのは資産運用会社で、世界最大の資産を運用しているのが米ブラックロック(BlackRock)。日本では野村アセットマネジメントや三菱UFJアセットマネジメントなどが業界を代表する。
ファンドを通じて投資家(受益者)から資金を集め、資産運用会社は集めた資金を株式や債券、コモディティ商品などの資産に投下する。日本では「貯蓄から投資へ」のシフトを促す起爆剤として「新NISA」が導入され、全世界の有望株式などに投資する「オルカン」の名前がついたETFが人気となった。
ETFは1口、2口の単位(英語では「Share」)で購入でき、投資家はファンドが投資する資産を保有・管理する必要はなく、資産運用会社が株や債券などの原資産を管理する。1口あたりの価格をモニターして、いつでも売買することができる。個人が資産形成を行う上で、ETFは「優れモノ」と言われるほどに成長した。
ETFを売り込むつもりは全くないが、1990年にカナダで誕生して以来、世界中の投資家が利用する資産形成のベストセラー商品となった。
1年弱で8兆円が流れ込んだ米国のビットコインETF
PWCが今年3月にまとめた調査報告書を見てみると、世界のETFの運用資産残高(AUM=Assets Under Management)の合計は、2019〜2023年の5年間で年率19%のペースで増加し、23年末時点で11.5兆ドル(約1649兆円)。PWCが行ったアンケート調査では、この市場規模は2028年6月までに19.2兆ドル(約2754兆円)に達する可能性があるとしている。
一方、米国で今年上場されたビットコインETFは12本。12本のAUMの合計は現時点で約560億ドルで、日本円に換算すると約8.2兆円。運用資産残高で最大なのはブラックロックが運営している「iShares Bitcoin Trust」で、その規模は約220億ドル。世界のETF市場全体の規模と比較すると微々たるものだが、1月に上場されてから9カ月で8兆円を超える資金が流れ込んだ。
ビットコインETFを購入する投資家は、ビットコインを暗号資産専用のウォレットなどで管理する必要はなく、ビットコインの価格に連動するファンドのシェア(口)を買ったり、売ったりすることができる。
ブラックロックはファンドを構成するビットコイン(現物)の調達と管理の責任を負うが、この部分の業務は米コインベース(Coinbase)に委託している。コインベースは暗号資産の取引サービスを展開する一方で、ブロックチェーンの開発事業も行う米国の上場企業。
日本に話を戻そう。
従来であれば、野村アセットマネジメントや三菱UFJアセットマネジメントのような大手資産運用会社が、先頭を切って新たなETFの組成に乗り出すはずだが、ビットコインETFを巡っては大きな2つの壁がある。
金融界が直面する日本の2つの壁
1つ目は、「投信法」に関係するもの。一般に投資信託を組成するときにその効力を発揮する法律のことで、正式には「投資信託及び投資法人に関する法律」という。
現在の投信法では、組成する投資信託(ファンド)の資金を投資できる資産が特定されている。その「特定資産」には、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)は含まれてない。特定資産にビットコインを組み入れるには、この制度を変える必要がある。
これに対して、金融庁長官の井藤英樹氏はどう説明しているのか。
井藤長官は8月、ブルームバーグの取材で、国内でも承認するかどうかは「慎重に検討する必要がある」とした上で、投資信託は国民の長期的・安定的な資産形成を目的につくられた制度であり、暗号資産はその制度に沿うかというと「必ずしもそうではないという見方もまだ多いのではないか」と述べている。
鈴木俊一財務大臣も8月に別の会見でこの件に触れ、こうコメントしている。
ETFを組成するには、投信法に基づく投資信託の方法を用いる必要があるが、「現行制度上では、ビットコイン等の暗号資産を主たる投資対象として、投資信託を組成することはできない……。制度を改正してビットコインなどの暗号資産を主たる投資対象として認めることについては、暗号資産がこうした趣旨に沿った資産であるか否かについて慎重に検討をする必要があるのではないか」。
過去5年間、米国の資産運用会社は幾度となくビットコインETFの上場申請を行い、これを米政府は却下してきた。日本の財務大臣と金融庁長官の歯切れの悪いコメントを聞く限り、日本の今の状況は数年前の米国を思い起こさせる。
投信法がダメなら信託法でETFを作れないか?
ならば、「信託法」という別の法律の下で、「受益証券発行信託」と呼ばれる手法を使って、ビットコインETFを作ることはできないか。
どういうことかと言うと、この「受益証券発行信託」とは、資産を信託して「受益証券」と呼ばれる有価証券にすることで、その資産の取引や流通を促すという仕組みをいう。実際、このスキームを使って上場信託を組成したケースが過去にある。
「金の果実」の名前で、三菱UFJ信託が2010年に東証に上場させた純金(ゴールド)に紐づくファンドだ。受益証券発行信託のスキームであれば、投信法の上での「特定資産」という概念はなく、「金の果実」が誕生したのと同様に「ビットコインの果実」のような上場ファンドを作ることはできないだろうか?
ただし、「金の果実」ファンドは投信法に縛られていないものの、純金というコモディティは投信法の特定資産に含まれている。
「法的・制度的に不可能ではない。探求する価値はあるが、前例がない」と、金融界隈からは聞こえてくる。
2つ目の壁は、日本の暗号資産業界ではもはやお馴染みの「税制」だ。
ビットコインがビットコインETFに奪われる?
日本の法律では、暗号資産所得は雑所得となり、税率は最大で55%の総合課税。一方、ETFの売買から得られるリターンは分離課税となり、一律20%だ。
仮に、ビットコインETFが誕生し、それに課される税が20%の分離課税であれば、ビットコインの現物に対しても分離課税にするべきといった主張が聞こえてくる。現行の税制度でビットコインETFが生まれると、ビットコイン現物の取引サービスとビットコインETFとが競い合うかたちとなり、結局一定数の投資家は税率の低いETFに流れていってしまうと、一部の暗号資産交換業者は主張する。
暗号資産取引サービスの業界団体、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は、暗号資産所得の総合課税を分離課税に移行させる提言を政府に提出しているが、日本の税制を変えるのはそう簡単ではない。
そもそも、多くの株や債券が個人の「長期的・安定的な資産形成」を保証できるとは思えないが、ビットコイン・ブロックチェーンとイーサリアム・ブロックチェーンのネイティブトークンである「ビットコイン(BTC)」と「イーサリアム(ETH)」に紐づくETFは、米国においては個人が資産を形成する上での1オプションとして機能すると判断された。
実際、カリフォルニア州政府はブロックチェーンを活用して、自動車の登録業務のデジタル化を進めるプロジェクトを進めている。米国の「長期的・安定的」な経済と社会の基盤を再構築する上で、ブロックチェーンはその技術基盤の1つになろうとしている。
ワイオミング州政府は、ブロックチェーン上で米ドルに連動するステーブルコインを発行する計画を打ち出し、それを実現するための法律を策定した。
業界を驚かせたブルームバーグの9月報道
9月最終日、ブルームバーグは金融庁が暗号資産規制の見直しに着手すると報じ、業界を驚かせた。
記事の内容は、日本でビットコインなどの暗号資産は現在「資金決済法」の下で規制されているが、今後の議論によっては暗号資産が「金融商品取引法(金商法)」の対象となる可能性があるというもの。
暗号資産を取引する一般消費者の目的が、多くの場合は「投資」であることから、金融庁は、暗号資産を資金決済法で規制している今の仕組みが適切かどうかを、今後数カ月で検証するという。もし、現行の規制は投資家を保護するには不十分であると結論付けた場合、資金決済法を改正するべきか、または暗号資産を金商法の対象とするべきかを議論する。
もし仮に、「暗号資産は決済手段ではなく、むしろ金融商品・金融資産である」と位置づけられ、金商法で規制されるべきと判断された場合、暗号資産の税制改正を訴えてきた暗号資産業界にとってはプラスとなる可能性がある。また、ビットコインが金融商品・金融資産となれば、ETFの国内組成・上場の現実味は一気に増してくる。
しかし、金商法の下で暗号資産が規制されるとなると、投資家保護の強化を含めて、厳しい規制圧力がこの業界にのしかかってくることが予想される。
関係者に取材すると、金融庁が行っている見直し作業は少なくとも年末まで続く模様だ。現時点で、議論の方向性は決まっておらず、飽くまでも「ニュートラル」な立ち位置で議論が進められている。
ビットコインETFが生まれても新たな壁が
ビットコインETFが国内で誕生し、東京証券取引所がその上場を承認したとしても、資産運用会社は新たな課題に直面するだろうと、丸の内界隈の某金融マンは話す。
ファンドを運営するには、投資家から集めた日本円を元に、大量のビットコインを競争力のある価格で調達する必要がある。
機関投資家向けの大口のビットコイン取引を捌(さば)いてきたという実績は、日本にはない。加えて、日本円でビットコインを海外から調達できたとしても、その決済には日本円を売り手に送金する必要がある。
国内の暗号資産交換業者を経由した取引を行う場合、海の向こうの売り手の身元確認(KYC)は、マネーロンダリングとテロ資金供与の防止(AML/CFT)の観点から求められる。ビットコインを調達する上での法定通貨による国際送金は、主にメガバンクを介して行うことになるが、メガバンクはこれに似たケースでの送金依頼を拒んできた過去がある。
銀行にしてみると、マネロン防止の観点から、過去に事例のない送金取引を請け負うことは、外国為替業務全体に影響を与えるリスクとなる。そのリスクをとってまで、暗号資産関連の送金業務を請け負わなくても良いだろうと判断したとしても不思議ではない。
一方で、ビットコインETFが日本で上場されるようになれば、それに伴う新たな事業が国内でも生まれてくる。ETFを運営する際に、ビットコイン現物の保管・管理を担うカストディサービスは、米コインベースが広げてきた暗号資産の付帯事業の1つだ。
また、ビットコインを原資産とする大型ファンドが組成されるようになれば、ビットコイン現物の大口取引を巧みに行う手法が国内でも確立してくるだろう。
下準備を進める野村とSBI
この状況の中、デジタル資産を扱う事業を広げようとしている野村ホールディングスやSBIホールディングスは、下準備ともとれる取り組みを進めてきた。
SBIは、米国の老舗資産運用会社のフランクリン・テンプルトンと共同でデジタル資産の運用商品の開発を始める。フランクリン・テンプルトンはビットコインETFとイーサリアムETFを米国上場させる一方で、短期国債などで構成されるファンドをブロックチェーンでトークン化した運用商品を販売してきた実績がある。
野村は、スイスで立ち上げたレーザーデジタル(Laser Digital)を通じて、ビットコインとイーサリアムのトレーディング事業を機関投資家向けに展開している。仮に、野村グループ傘下の野村アセットマネジメントが、暗号資産の現物を原資産とするファンドを日本で組成したとき、レーザーデジタルのノウハウが生かされるだろう。
暗号資産はブロックチェーン技術がもたらす1アプリケーションで、その市場は世界的に拡大してきた。この国内市場をけん引しているのは暗号資産交換業者であり、金融機関やテクノロジー企業だ。
政府はブロックチェーンを基盤技術とする「Web3」を国家戦略の1つに掲げたが、この新しい国内産業が次のステージに進んでいくためには、要となる暗号資産に対する税制と法律のさらなるアップデートが必要ではないだろうか。
ただし、政府が最終的に、ブロックチェーンのイノベーションは、日本の「長期的・安定的」な社会基盤のアップグレードには不要と判断するなら、また話は変わってくる。
|文:佐藤茂
|トップ画像:東京丸の内・八重洲エリア:Shutterstock