セキュリティ・トークン(以下、ST)を活用した取り組みのなかには、必ずしもフルにトークン化のメリットを活用できていなかったものがあった。一部の有価証券(受益権や匿名組合出資持分などの「みなし有価証券」)では有価証券をトークン化しても、その権利を他者に譲渡する際に、トークンを移転しただけでは法的な譲渡が不十分で、例えば、譲渡について記した書類を公証役場に持っていき、書類を法的に証明してもらう「確定日付」の押印を付与した上で送付するといったアナログな手続きが必要だった。この作業によって初めて、譲渡された側は法的に自分がその有価証券の権利者であることを他者に主張できる、いわゆる「第三者対抗要件の具備」が完了した。
ST基盤「ibet for Fin」(以下、ibet for Fin)をコンソーシアム形式で推進するBOOSTRY(ブーストリー)が10月15日に発表した「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」は、この、いわば「まだ穴があった」STの課題を解決し、第三者対抗要件の具備をデジタルで完結するサービスだ。
念のために記しておくと、現在STの活用例で多くを占めている不動産ST(受益証券発行信託)、社債STは、原簿をブロックチェーンで管理することによって、第三者対抗要件の具備が完結する。取り扱い金融機関の営業担当者が公証役場に出向くようなことはない。
だとすれば、今回の「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」には、どのような活用、さらには可能性が考えられるのだろうか。同社代表取締役社長:CEOの佐々木俊典氏に聞いた。
残されていたアナログ作業を解消
──「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」のポイントはどこにあるのか。
産業競争力強化法のなかで「債権譲渡における第三者対抗要件の特例」として、民法上は「確定日付のある証書」で行わなければならない第三者対抗要件の具備について、認定を受けた情報システムを利用して行う特例が設けられた。それをSTの領域に活用していく取り組みだ。
不動産ST(受益証券発行信託)、社債STは、ブロックチェーンで管理する原簿への記載で、第三者対抗要件が具備されているが、原簿による第三者対抗要件具備の制度が存在しない有価証券については、公証役場に行くなどの作業により「確定日付のある証書」を作成する必要があった。
例えば、過去のST市場において、みなし有価証券のST化案件は複数発行されているが、発行時はみなし有価証券のトークン化によるDXを進めつつも、譲渡が生じる場合には、前述したような公証役場でのアナログな手続きなどが必要だった。そのため、売買が生じた際の譲渡時については、トークン化のメリットが活かせていない状態だった。こうした事例に「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」を連携すると、STの発行だけではなく、流通に関してもデジタルで完結できるようになる。
つまりは、原簿で管理しない有価証券についても、STの活用がより広がっていくことになると考えている。
──こうした取り組みは、御社以外にも取り組んでいるところはあるのか。
我々と同じように、「債権譲渡における第三者対抗要件の特例」の認定を受け、サービスを開発しているところは他にもある。スマートフォンのショートメッセージを活用するサービスや当社と同様にブロックチェーン技術を使った仕組みはあるが、当社の最大の差別化ポイントは、すでに多くの金融機関に導入されている当社のST発行体向けシステム「E-Prime」および販売会社向けシステム「E-Wallet」をそのまま利用し、STで活用が最も多いibet for Fin上で取り扱えることだ。
利用したい金融機関が機能をオンにすれば、すぐに使える状態になっている。こうしたサービスは、このためだけに新たなシステム導入が必要になるのであれば、普及は現実的ではない。今、使っているシステムやST基盤でそのまま使えることが大きなポイントだと考えている。特にibet for Finはコンソーシアム型で国内の大手金融機関が多数参加しており、資本市場の基盤として金融機関の共通の仕組みとなるうえではこの点は非常に重要だ。
新しいプロダクトの可能性
──現行のシステムですぐに使え、STに一部残っていたアナログ作業が解消されると、STのバリエーションや商品性が広がっていく可能性がある。
従来、私募ファンドなどは、売買や流通を想定しない形で作られてきた。というのも前述したようなアナログな作業が必要になり、金融機関にとっては現実的なものではなかった。だが、今後は簡単に売買や流通が可能になる前提で新しい商品を開発できるようになる。従来の金融商品の置き換えではなく、新しい発想で、新しい商品を金融機関と一緒に作っていきたいと考えている。
例えば「みなし有価証券」と言われる受益権や匿名組合のような、これまでは主に機関投資家が購入し、個人投資家の目にはあまり触れなかったものが多数の投資家間で売買できるようになる。つまり、私募商品や公募の匿名組合の流通が可能になる。
あるいは、転々流通する金融商品が実現できるので、償還しない「永久証券化」のようなものも可能になるのではないかと考えている。今回のサービスでSTのメリットがフルに活用できるようになり、一気通貫でサービスを提供できるようになるので、証券会社をはじめとする金融機関や、匿名組合スキームを活用している不動産会社や多様な資産を持つ企業と積極的に話をしていきたい。
──将来的にはどのような商品が可能になるとイメージしているのか。
私募への活用が大きなポイントになる。例えばプロジェクト・ファイナンスのような複雑な商品への活用が考えられる。従来からSTを活用した複雑な商品の可能性は議論されていたが、複雑で難しい商品は公募ではなく、一定の投資家に限定する必要性があると考えている。一定の知見を持つ投資家向けの複雑な商品がST化し、転々流通が可能になる。私募プロダクトの自由度が非常に増して、商品数も増えるだろう。
もちろん、冒頭に述べた匿名組合出資持分(GK-TK)のST化も進んでいくだろう。既存スキームの置き換えだが、デジタル完結が実現するので、商品性の自由度が高まる。さらには有価証券ではなく、企業の金銭債権をそのまま流通させることもできるだろう。
STの市場規模は大きく広がると考えている。むしろSTの使い方としては今後、私募が大きく広がる可能性があるのではないか。
現状の不動産STは、受益証券発行信託を利用したスキームが中心になっているが、GK-TKスキームに比べるとコストが高いとの指摘が多い。個人投資家にとっては税制面のメリットがあるが、GK-TKによる不動産の証券化はすでに市場規模も大きく、STを活用していけば、資本市場でよりアクセスしやすいものにできると考えている。
──STをGK-TKスキームに活用することで、なにが変わるのか。
従来、多くのみなし有価証券は、金融機関にとっては、投資家に販売すればビジネス的には終わりだった。購入した投資家は、満期まで保有するという持ち切りの商品だった。これが、ST化することで、株式とか債券と同じように、投資家との関係を継続的に維持することができるようになる。その後のセカンダリーも含めて、ずっと関係が続くようになり、そこに新しい可能性が生まれると考えている。新しい商品、あるいは既存スキームの置き換えなど、さまざまな観点で可能性が議論できるようになる。
ファイナンスの可能性を広げる
──少し話題が変わるが、2024年上半期はセキュリティ・トークン市場にあまり動きがなかったように思える。
ひとつ想定外だったのは、受益証券発行信託スキームの税制について改正の可能性が出てきたこと。改正はポジティブなことだが、改正となると準備や対応が必要になるので、金融機関によっては、動きをやや抑えたところもあったようだ。もちろん、全社が動きを止めたわけではなく、新しい案件も登場している。
実際、スキームだけでなく、従来の不動産や社債以外のさまざまな資産を裏付けとしたSTの話が出てきており、今後、バリエーションは確実に増えていくと思う。従来なかったものが登場してくるだろう。STのメリットをより活かしたプロダクトが今後のテーマになると考えている。
──STのメリットを活かした商品とは、具体的にはどのようなものになると考えているのか。
すでに一部取り組みが進んでいるが、投資家情報の活用がある。ブロックチェーンを使うことで、発行体にとっては投資家情報にアクセスしやすくなる。例えば、投資家に金銭以外のリターンを提供したり、マーケティングに活用することが可能になる。我々は「ファンづくり✕ファイナンス」と呼んでいる。
もうひとつは今回の「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」によって、「みなし有価証券」のデジタル化・トークン化の可能性が広がり、匿名組合スキームなど、従来はまだ完全にトークン化できていなかったところにSTを活用できるようになる。
さらに技術的なこと以外では、大阪デジタルエクスチェンジ社(ODX)によりSTのセカンダリー・マーケット(流通市場)「START(スタート)」が存在している意味は大きい。STの個人投資家向けの取引所が初めてできた。STARTを使って、個人投資家に何が提供できるか、という視点でいろいろ考えられることは大きな意味がある。
たとえば、アイデア段階だが、永久に償還しない社債、いわゆる永久劣後債のようなものが可能になるのではないかと考えている。満期のない債券と考えると難しく思えるが、株式と同じようなものと考えることができるはず。インフラ系の株式を購入する投資家は、配当利回りを重視しているケースが多いが、永久劣後債は固定利回り付きの株式のようなイメージだ。流通市場があれば、株式と同じように取引できる。STの可能性が広がり、ファイナンスの可能性が広がると考えている。
|文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
|写真:多田圭佑