NTTドコモの子会社でWeb3推進に取り組むNTT Digitalは、11月6〜8日にシンガポールで開催されたフィンテックイベント「Singapore Fintech Festival」において、同社の「scramberry WALLET SUITE」を使って、Amazonの売掛金をトークン化し、ウォレットで受け取ったり、模擬交換所で取引したり、ステーブルコインで受け取るデモンストレーションを展示した。
Amazonの売掛金とは、マーケットプレイス出品者が商品の売上代金としてAmazonから受け取る金銭のこと。Amazonで商品を購入した一般ユーザーは、Amazonに代金を支払い、Amazonは期日ごとにまとめて出品者に代金を支払う。
リリースによると通常、この売掛金の支払い(出品者から見ると、売掛金の回収)には最大90日ほどかかるという。
ビジネスパーソンでも、営業や経理担当者でなければ、こうした入金にかかる日数はあまり意識することがないかもしれない。請求書を発行したからといって、すぐに現金が銀行口座に振り込まれるわけではない。
例えば、月初めに納品した商品に対して、請求書の発行は月末とすると、そこまでで最大1カ月の時間が経過する。取引先が請求書を受け取り、お金を支払うのは翌月末、あるいは翌々月末。納品から請求書発行を経て、支払いまで最大3カ月=90日ほどかかることになる。
この90日という日数は、支払いを待つ側にとっては負担でしかない。今回のNTT Digitalの取り組みは、支払いを受け取る権利である売掛金(より広い意味では金銭債権)をトークン化することで、売買可能なものとし、資金回収の期間を短縮するものだ。
NTT Digitalのデモンストレーション
現地でデモンストレーションを見たTMI総合法律事務所パートナー弁護士の成本治男氏は7日、Xに次のように投稿している(成本氏は、セキュリティ・トークンやNFT、RWAトークン化に詳しく、先日、IEOを発表したNOT A HOTEL DAOでは社外監査役を務めている)。
「まさに、従来のファクタリングを上位互換するような、P2Pの金銭債権の売買マッチングプラットフォームでした!」
【開催中のSingapore Fintech FestivalでNTT Digital×Amazonの売掛金トークンのブースに行ってきました!】
— 成本治男|TMI総合法律事務所 パートナー弁護士 (@narimotoharuo) November 7, 2024
まさに、従来のファクタリングを上位互換するような、P2Pの金銭債権の売買マッチングプラットフォームでした! pic.twitter.com/Rb1GSPWvc9
そして、その仕様について、
- 出品者のAmazon向け売掛金債権をトークン化して売りに出せる
- 一定の割引率がかけられたPriceで添付画面のようにListingされて、NTT Digitalさんのウォレットを持っている第三者が当該Priceで売掛金トークンを購入できる
- 購入者はそのままMaturityまで売掛金トークンを持ち続けても良いし、さらに途中で売掛金トークンを転売に出してもよい
- Maturityになると売掛金トークン保有者にステーブルコインで債権額(Payable Amount)が支払われる
と紹介している。Maturityとは、支払い期日という意味だ。
10兆円市場のファクタリング
「ファクタリング」とは、金融庁のWebサイトには、次のように記されている。
一般に「ファクタリング」とは、事業者が保有している売掛債権等を期日前に一定の手数料を徴収して買い取るサービス(事業者の資金調達の一手段)であり、法的には債権の売買(債権譲渡)契約です。
つまり、中小企業などの利用者から見れば、請求書発行から入金までの間(例えば、60日)に現金が必要な場合、お金を受け取る権利(金銭債権)をファクタリング会社に売り、現金を手にするサービスを言う。その場合、一定の手数料をファクタリング会社に支払う。メリットは、すぐに現金が手に入ることだが、デメリットは手数料がかかること。手数料は数%〜20%になるケースもあるようだ。
金融庁は、Webサイトで「しかし、近時、ファクタリングを装った高金利の貸付けを行うヤミ金融業者の存在が確認されています。また、ファクタリングとして行われる取引であっても、経済的に貸付けと同様の機能を有していると思われるようなものは、貸金業に該当するおそれがあります」と続けている。
どこかグレーな印象が残るファクタリングだが、ブロックチェーン技術を使ったトークン化は透明性を高めることにつながる。そしてファクタリング市場には、大きな可能性がある。
日本のファクタリングの市場規模は、世界中の銀行やそのファクタリング子会社が加盟する国際機関FCIのデータによると、2023年には606億2200万ユーロ(約9兆9420億円、1ユーロ=164円換算)、ほぼ10兆円規模という。
不動産を裏付けとした不動産セキュリティ・トークンでは、大和証券グループ本社常務執行役員の板屋篤氏は「日本における投資適格不動産は170兆円とされる。そのなかで証券化されているものは3割にも満たない。つまり、100兆円以上の流動化の余地がある」とCoinDesk JAPANのインタビューで語っている。
金銭債権トークン化の2つの可能性
100兆円と比べれば、10分の1の数字だが、金銭債権は少なくとも毎月、日本中で発生しており、そもそも金銭という抽象化された権利なので、ブロックチェーンで扱うことはより簡単なはずだ。
前述の成本氏に取材したところ、次のように金銭債権トークン化の可能性を語った。
「金銭債権トークン化は以前から提唱しており、2つの意味で有望と考えている。1つは、セキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)は有価証券として扱われるため、規制が重く、コストもかかってしまう。もともとトークン化とは、従来、証券化できなかったものを低コストで小口化できることがメリットだった。ならば、有価証券にあたらないものを考えたときに、金銭債権のトークン化は1つの有力なユースケースとなり得る」
現在のファクタリング・サービスは、成本氏によると金銭債権を売買しているだけで、ライセンスは不要という。今後、規制対象になる可能性はあるものの、現状は取り組みやすい分野とのことだ。
「もう1つは、ファクタリングはいわば間接金融で、ファクタリング会社は買い取り資金を銀行などから調達する必要がある。そのコストは買い取りのときの割引率に反映され、割引率が大きくなる要因となる。トークン化によって、余剰資金を持っている人と現金化したい人を直接つなげるような、直接金融的な金銭債権の売買ができると面白い。小口化も必要になるだろうから、取引が1対Nとなったときには、管理も含めてブロックチェーンのメリットを活かすことができる。さらに支払いがステーブルコインだと手間とコストをさらに減らすことができる」
日本は、中小企業が99.7%を占める(中小企業庁のデータ)。ほとんどが中小企業であり、中小企業が日本経済を支えている。さまざまな業界で多重下請けが問題視されているが、問題の1つが資金繰りだ。
下請け構造の下部に位置する中小企業にとっては「最終的には大企業が支払う債権を流通させて、資金調達したいというニーズがある。一方で、余剰資金を持っている人にとっては、金銭債権を額面の3%割引、例えば、90日後に100万円が払われる売掛債権を97万円で買うと年率では約12%の利回りになる。余剰資金は、事業会社でも個人でも構わない。双方をマッチングすることによって生まれるWin-Winのメリットは非常に大きい」と成本氏は説明する。
もちろん、金銭債権にはリスクがある。発行元に信用力がなければ、そもそも成立しない。
「結局は債務者(支払側)のリスクに収斂する。今回の実証実験は、Amazonに対する債権(=Amazonからの支払い)をトークン化してるので、信用リスクとしては限りなく低いのであろう」(成本氏)
その他にも、大手自動車メーカーと下請けの部品メーカーとの取引など、最終的な債務者(この場合は、自動車メーカー)の信用力が高い場合には、有効なビジネスモデルになり得るだろう。
ユースケース、ウォレット、ステーブルコインが三位一体で不可欠
ただし、このビジネスモデルが成立するには、トークン化だけでは足りないと成本氏は述べた。
「対象となる債権が多数あることはもちろん、ウォレットとステーブルコインが不可欠。この3つが揃って初めて普及が可能になる」
金銭債権のトークン化に限らず、ウォレット、ステーブルコイン、ユースケースが三位一体で増えていかないと、こうしたRWA(現実資産)のトークン化をはじめ、Web3/ブロックチェーンの「マスアダプションは実現しないと思っている」。
NTT Digitalの事例は、実証実験だったが、実際にこのビジネスモデルに取り組んでいる会社が存在する。東京に拠点を置く3rd Economyは2024年3月にトークン化金銭債権のマーケットプレイス「MoneyFarm」をスタートさせた。7月には、サービス開始から3カ月でGMV(流通取引総額)が1億円を突破したと発表している。
さらに金銭債権のトークン化が進み、二次流通が発生した場合には、対抗要件の問題が出てくるが、先日、ST基盤「ibet for Fin」をコンソーシアム形式で推進するBOOSTRY(ブーストリー)は、第三者対抗要件の具備をデジタル完結できる「デジタル対抗要件(確定日付)サービス」を発表している。
市場ニーズ、そしてウォレット、ステーブルコインといったテクノロジー、さらには新たなビジネスモデルに取り組む事業者が出揃い、10兆円の市場に新たな光があたる日はそう遠くなさそうだ。
|文:増田隆幸
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