ドラッグや銃器、児童ポルノなどの違法コンテンツが、ビットコインを利用してダークウェブで売買されるケースが増えている。一方、ビットコインの取引データを分析して、暗号資産を扱う企業向けに、マネーロンダリングやテロ資金供与の対策手段を提供するスタートアップは、世界規模でその事業を拡大させている。
ニューヨークに拠点を置くチェイナリシス(Chainalysis)、サンフランシスコ生まれのサイファートレース(CipherTrace)、ロンドンのエリプティック(Elliptic)は、ビットコインなどの仮想通貨の取引データを分析する代表的な企業だ。
2019年7月、東京・五反田に世界3強ライバルを追いかけるかたちで、バセット(Basset)が誕生した。10億円以上の資金を調達し、事業のスケーリングを加速させる米英ライバルを前に、バセットはどう立ち向かっていくのか?
竹井悠人CEOの半生
バセットの経営を司るのは竹井悠人氏、31歳。小学6年生の頃からプログラミングに没頭し、高校生になるとマイクロソフトが主催する学生向け・技術コンテスト「Imagine Cup」の世界大会に出場した。東京大学に進学すると、コンピュータ・サイエンスを学び、Googleでインターンとしてデータ処理の仕事をした。
暗号学とセキュリティに対する研究意欲が強かったと語る竹井氏は、2016年に仮想通貨取引所の国内大手で、ブロックチェーンを開発するビットフライヤー(bitFlyer)に入社。暗号資産の領域で、取引の公正性と安全性の重要性を実感した。
「ビットコインが生まれてから、その取引は5億〜10億件にまで膨らんできている。ブロックチェーン上の膨大な取引データを短時間で分析できれば、多くのことに活用できる」と、竹井氏は話す。
「お金のイノベーションと言われるビットコインにとって、日本は世界でも大きなマーケット。バセットがこの大きな国内市場で、信頼性の高い取引追跡ソリューションを提供できれば、バセットの存在の意義も高まっていく」と竹井氏。
アジアで強いバセットになる
バセットは早ければ年内にも、ビットコインを対象にしたAML(マネロン対策)・CFT(テロ資金供与防止)ソリューションの販売を開始する。同社は2020年夏までに、イーサリアムや他の仮想通貨に対応するサービスのローンチを計画している。
ビットコインの取引は今後、アジア主要国を中心に増加してくるだろうと、竹井氏は予想する。アジア系言語での取引分析・追跡ソリューションのニーズは、さらに高まっていくだろうと、竹井氏。
高速にブロックチェーンからあらゆる取引を検索できるデータベースと、AI(人工知能)を用いた最先端のデータ分析が、バセットの強みだ。今後は各国の事情に合わせてこの分析エンジンがカスタマイズされていくという。
バセットを共同創業した一人が、カナダ・バンクーバー島で生まれ育ち、ビットフライヤーで竹井氏と出会ったウォルレーブン・綾(Aya Walraven)氏、33歳。ビットコインに魅せられて8年、日本での生活は6年になる。
バンクーバー島生まれの共同創業者
子供の頃は、バンクーバー島で鮭釣りやキャンプと、“オフライン”の生活を続けてきたが、今ではビットコインユーザーに向けたオンラインサービスのUXやデザインに夢中だ。
「バセットの名前は、『Blockchain』と『Asset』の文字をかけ合わせてあるが、その由来は狩猟犬のバセット種。見えにくいものを嗅ぎ分けられるサービスを開発したいという思いが込められている」とウォルレーブン氏は流暢な日本語で話す。
10月、世界最大規模の児童ポルノサイト「Welcome To Video」を運営していた韓国人の男が、起訴された。その後、違法なコンテンツを投稿・購入したとして、30カ国以上の国で約340人が一斉に逮捕された。コンテンツの売買ではビットコインが使われた。
世界最大級・児童ポルノサイト事件
国内外で報じられたこの事件では、バセットが追う米チェイナリシスが、米国税庁(IRS)犯罪調査チームに協力を依頼された。三菱UFJフィナンシャルグループの三菱UFJイノベーション・パートナーズが今年4月に、チェイナリシスへの出資を明らかにし、日本国内における同社の注目を集めたが、この事件の捜査協力でチェイナリシスの名はさらに広まったかたちだ。
バセットは9月、500 Startups Japanの創業チームが立ち上げたベンチャーキャピタルの「コーラルキャピタル(Coral Capital)」から5000万円を調達。プロダクトの市場投入に向けて、急ピッチで開発作業を進めている。現在、バセットには、データサイエンティストやプログラマーなど、約10名のスタッフが働いている。
五反田のオフィスには、デスクとイス、会議用のテーブルセット、ホワイトボード、テレビと、必要最低限のモノが置かれている。その多くは、ウォルレーブン氏がクレイグスリスト(Craigslist=サンフランシスコのCraigslist Incが始めたローカル情報を交換するコミュニティサイト)を使って、中古品を探しては、買い揃えたものだ。
バセットは2020年、さらなる資金調達を検討しながら、社員数を倍増させる計画だ。
竹井氏は、「欧米には先を走る競合がいる中、僕たちはクライアント候補企業へのヒアリングをしながら、プロダクトのクオリティを上げていきたい」とした上で、「まずは、しっかりと日本語、中国語、韓国語に対応したプロダクトを作り上げていきたい」と話した。
バセットはビットコイン取引を追跡する“ハウンドドッグ”として走り出そうとしている。果たしてアジアの暗号資産市場からの注目を集められるだろうか。
取材・文・写真:佐藤茂