日本国内にバリデーターとデータを置くことを謳う「日本発・主権型」イーサリアム完全互換レイヤー1ブロックチェーン「「Japan Smart Chain(JSC)」の開発を11月27日に千葉工業大学学長でデジタルガレージ共同創業者の伊藤穰一氏と、あと払い(Buy Now Pay Later:BNPL)サービス Paidyの創業者ラッセル・カマー氏が発表した。
冒頭の伊藤穰一氏のプレゼンテーションは、JSCの立ち上げに至った経緯のみならず、ブロックチェーンの歴史的な背景や可能性を考えるうえで興味深いものだった。ここでは伊藤氏のプレゼンテーションの全文と伊藤氏、カマー氏のプレゼンテーション後に行われたQ&Aの内容を紹介する(なお、文章はわかりやすさに配慮し、一部省略、編集している)。
レイヤーで捉えるブロックチェーンの意味
細かい話に入る前に、なぜ今これが必要かという背景を説明したい。インターネットが始めた革命とは何だったのかという話です。
重要だったのは、インターネット以前は、電話会社が足回りから交換機、サーバー、コンテンツまで全部上から下までやっていて、1つのモノポリーでした。インターネットで何が起きたかというと、この各レイヤーが分かれて、アンバンドルされた。
アンバンドルされて各レイヤーが標準化され、いろいろな競争も始まってプロトコルが生まれた。プロトコルはオープンプロトコルで、イーサネットというプロトコルで線が繋がることが標準化されて、このプロトコルをベースに3Com(スリーコム)のような会社がスイッチをつくった。TCP/IPは、イーサネットの上で走っているパケットのアドレススイッチングを標準化し、TCP/IPをもとにCisco(シスコ)がルーターを作って、世界一大きい会社になった。
TCP/IPが普及して、HTTP、つまりWebが標準化されて、その上にAmazon(アマゾン)のようないろいろなWebサービスができ、Web上で標準化された暗号化規格ができて、PayPal(ペイパル)のような電子決済が登場した。そしてブロックチェーンという、また新たなレイヤーがインターネット上に乗ってきている。
ブロックチェーンによって、爆発的に新しい機能が生まれるというのがレイヤーの文脈で捉えたブロックチェーンの位置づけになる。
会計の重要性
さらにもう少し広い話をすると、僕は会計はすごく重要だと思っている。メソポタミアで粘土板を使って会計、簿記が始まった。当時は宗教家がコントロールしている大都市があったのですが、貸し・借りとか、資産の管理が中央集権型ですができるようになり、それによって都市の規模が1万人を超えた。初めてソサイエティ(社会)がスケールできたのは、この簿記、台帳のおかげだった。
次の発展は紙とインクをベースに、複式簿記とか、統計とか、リスクの数学、これは博打から生まれたのですが、リスクの数学ができて、それで金利とか保険とか、投資や株が生まれ、さらに複式簿記によって1つの中央の台帳ではなくて、分散化して、いろいろな会社が相互乗り入れして、こっちが借りた、こっちに貸すというような今のマーケット経済のもとになった。
そして会計とともに法律も生まれた。法律と会計が面白いのは、もともと宗教から来ていることで、破るとバチがあたる。当初は簿記の最後にも「アーメン」と書いてあって、「私はこの数字が正しいと神に誓います」とある。その後、神様の代わりに国家が入り、会計士とかが入ってきた。つまり会社は、いろいろな約束事を法律で決めた契約書と、帳簿、つまりPLとBS(損益計算書と貸借対照表)で存在している。今のマーケット経済とか民主主義もそれで成立している。
次に何が起きているかというと、紙とインクからデジタルになって、さらにブロックチェーンで確認できるようになってきている。スマートコントラクトを使ってプログラムで書き込めるようになってくる。
「人間の協調のためのプロトコル」
そのプログラムをコントロールしたり、人間がわかるように解析するために今のLLM(大規模言語モデル)のようなAIがあって、それを通じて今まで存在していなかった、分散型のプログラマブルなソサイエティが生まれつつある。必ずしも良い方向とは限らなくて、このプログラマブルなソサイエティをどう良くするかは、これからの我々の課題です。
ただメソポタミアの紀元前3500年頃の人たちが今のマーケット経済などは絶対に想像できなかったのと同じで、今我々のマーケットがこれからどうなるかは想像できない。これが数千年で見た背景です。
今、もう企業や国は、ほぼプログラムです。1人がコントロールしているのではなくて、紙に書いてある政策とか、法律に基づいて動いているわけですが、これが実際にプログラムになってくる。
そしてこれはEthereum(イーサリアム)というプロトコルのアニュアルレポートに書いてあったのですが「イーサリアムは、人間の協調のためのプロトコル」。暗号資産というと投機目的だったり、ビットコインは決済中心のものですが、イーサリアムはスマートコントラクトがあるので、会計と同じようにソサイエティをプログラムしてコーディネーションするためのものということが重要で、これからは本当に民主主義、資本主義そのものの進化の根っこになるのではないかというのが大きなビジョンです。
ローカルなブロックチェーンの重要性
イーサリアムやビットコインみたいにグローバルに、しっかりしたプロトコルはたくさんある。ですが、インターネットが良い例で、パブリックインターネットはあるけども、会社の中とか家の中にはLANがあって、ローカルで信用できる人たちのネットワークと、世の中に繋げるためのネットワークが必要なのと同じで、イーサリアムやビットコインは絶対残ると思うけれど、ローカルにはローカルなチェーンがあってもいいのではないか。ローカルなチェーンの中で安全保障を考えたり、個人情報を管理する。
イーサリアムは、グローバルなコミュニティのほかに、アメリカやヨーロッパのコミュニティが強いのですが、日本で何かトラブルがあったら、信頼できる、顔が見える人たち同士で決めるべきではないか。もう1つは日本は一生懸命、Web3を進めて、いろいろな政策ができていますが、まだ用途によってはパブリックチェーンは使えないので、タイミング的に今すぐ動くためにはローカルのプロトコルが必要ではないか。
Japan Smart Chainでは英語で「Sovereignty(ソブリンティ)」と言っていますが、主権性が持てるチェーンが必要と考えた。
重要なことは、イーサリアムときわめて一致したプロトコルで、ほぼイーサリアムそのままのローカルチェーン。家の中でも、TCP/IPというインターネットプロトコルを使っているのと同じこと。プログラマーの数も、イーサリアム・バーチャル・マシン(EVM)のプログラマーは圧倒的に多いので、(イーサリアム向けの)アプリケーションがほぼそのまま動くようなローカルチェーンというのがJapan Smart Chainの設計です。
皆さんもきっと理解していると思いますが、Web3はちょっとバブルでした。バブルの前には、2018年にコインチェックがハックされて、非常に規制が厳しくなった。日本の暗号資産業界は「ペナルティボックス」に入った。その間、アメリカ、ヨーロッパは遊びまくって、そしていろいろなトラブルがあって、ついにFTXが破綻して、アメリカはもう冷えてしまった。
日本は自民党web3PTも一生懸命頑張って、いろいろ法律を変えて、日本の大企業は良くも悪くも、ゆっくりで、やりだすとなかなか止まらないので、世界中が冬になっても、どんどん作っていった。冬の間に作ることはすごく重要で、サマーのときはゴミのようなプロジェクトでも儲かってしまうので、ゴミのようなプロジェクトもあるし、本来、長期のしっかりしたセキュリティを良くしたものを作るべきプログラマーたちはみんな短期のプロジェクトに行ってしまう。
このゴミが作れない時期に作られた、いろいろなテクノロジーが日本からできてくる。来年の第1四半期ぐらいに、大企業のプロジェクトがたくさん出てくるとすると、それに向けて日本の法律に沿ったブロックチェーンができることはすごく重要です。
また今、すごく大きな波が来ている。日本は、Web2は波の後ろで一生懸命パドルしても全然追いつかなかったけれど、1周遅れのフロントランナーとして、たまたま今、波の前にいる。波が来たときに動き出すと、やってみると実はいろいろ難しくて、波から落ちないで乗り続けられるかが重要です。
冬の間にコツコツ作ったチームが、これからプロジェクトを出していく。このプロジェクトはそのための1つの重要なインフラだと思っています。
Q&A
伊藤氏のプレゼンテーションと、伊藤氏、カマー氏のプレゼンテーションのあとには、Q&Aセッションが行われた。
──「日本発のブロックチェーン」という意味では、レイヤー2だがソニーの「ソニューム」、あるいは同じようにイーサリアム互換を謳う「Japan Open Chain」がすでに存在している。それらとの戦略の違い、差別化ポイントはなにか。
伊藤氏:ターゲットが少しずつ違うと思う。ソニュームは近くで見ているのでわかるのですが、ソニーのエコシステムのアセットとか、エンターテイメントをきちっとシームレスに乗せていくことがおそらくメインで、KYCを中心としたコンプライアンスをメインにしている我々とはターゲットはかなり違うと思う。
カマー氏:マルチチェーンの世界です。いろいろな目的でさまざまなチェーンが最適化していく。日本発のプロジェクトもレイヤー1、レイヤー2、複数あり、我々も独自のアプローチを行った。我々が重点を置いているのは、規制環境におけるユースケースです。さらに未来のテクノロジーロードマップにおいても細かいところに配慮したアプローチを行っている。重要なことは、イーサリアムとの互換性ではなく、Ethereum equivalence(イーサリアム・イクイバレンス=イーサリアムと同等)であることです。
伊藤氏:補足すると、Ethereum equivalence(イーサリアム・イクイバレンス)とは、アップデートを導入していくだけでなく、我々のパッチも彼らに提供していく。11月のDevconにもチームが全部入っていて、イーサリアムコミュニティと合体してやっていく。その意味では、限りなくイーサリアムとリアルタイムでシンクロしていくことが特徴的。デベロッパーが英語と日本語が混ざると運営上大変なことはあるが、海外の特にセキュリティのところにリアルタイムに入っていくためには、かなり有効なチームだと思っている。
カマー氏:チェーンが複数あることで、マーケットが活気づく。消費者やユーザーにとって、多くの選択肢があることはポジティブなことだと思う。我々もさまざまな選択肢があるなかで、何をどうすべきか深く検討して、我々の強み、特長を発揮していきたい。
──バリデーターを日本の産業リーダーとし、データの保管場所も日本にするというのは、どのような仕組みで実現するのか。
カマー氏:地道に着実に、日本で日本のパートナーと手を組んで、日本においてインフラを構築することを我々自身で行っていく。だがもちろん、我々のチェーンは誰でも使える。これがまさに重要なこと。日本から世界に向けたもので、「日本発」の部分を強化し、提供していく。
伊藤氏:誰がバリデーターになれるかをコントロールし、チェックすることによって日本にハードウェアがあることを確認する。
──なぜ、プライベート/ローカルという結論に至ったのか、世の中の流れとしてはパブリック/グローバルであり、真逆に感じる。
伊藤氏:インターネット業界でも、ローカルエリアネットワーク(LAN)とかNAT(編集部注:ネットワークアドレス変換、プライベートIPアドレスとグローバルIPアドレスの変換を行い、LAN内部とインターネットの接続を実現する技術)は良かったのか悪かったのかが議論されている。セキュリティの問題や、アドレス数が足りなくなったためだが、会社や家にはLANがあり、LANがグローバルインターネットに接続している。
コンプライアンス面で考えると、イーサリアムはグローバルだが、アメリカがあるサービスをブラックリストに載せると、世界中がブラックリストに載せる。ブロックチェーンは分散型と言われるが、アメリカがNOなら、世界中がNOとなる。
アメリカのいろいろなルールに従って、グローバルなWeb3は動いていて、本来であれば日本のブラックリストは日本で決めれば良いはず。グローバルなアプリケーションはグローバルなシステムに入らなければならないが、日本だけでまとめようとしているときに、なぜアメリカのコンプライアンスに従わなければならないのか。ユースケースによって、日本の企業が日本の規制に従い、わざわざ海外に合わせなくてもいいようなことがあると思う。
カマー氏:アプリケーションと使用という観点では、オープンでパーミッションレス。なのでクローズドとは言いません。しかし選ばれた日本のバリデーターで構成される。さらに日本発・日本向けなので、ユーザーエクスペリエンス(UX)は日本の皆さんにとって最適なものを提供できると自負している。もちろんマルチチェーンの世界なので、他のチェーンとも相互運用できるように繋げていく。
伊藤氏:本来であれば、イーサリアムが日本対応が必要なものは日本対応できると理想的。インターネットも理想的には、IPv6にもっと早く移行して、LANが不要になるように進化するべきだった。村井純先生(編集部注:工学博士、デジタル庁顧問、日本の「インターネットの父」と呼ばれる)はそうなって欲しかったのだけれど、ただ実際には、日本がやりたいことのために、グローバルの規格を変えてはくれない。
今、もう波が来ようとしてるときに、我々のパートナーがKYCを効率よくやりたいといっても、そのためのツールがグローバルのブロックチェーンではなかなかできない。やはり理想と現実のギャップがある。本来であれば、LANはいらないし、こういう主権型チェーンもいらないのではないかと思うのですが、実際、存在することによって、今までできなかったビジネスができるようになると思う。
|取材・編集・写真:増田隆幸