ブロックチェーン分析を手がけ、各国の法執行機関や規制機関と連携して、暗号資産の不正行為、犯罪行為の解明や防止に取り組むチェイナリシス(Chainalysis)。この秋、アジア地域の当局や民間企業との連携強化の一環として、日本を訪問していた共同創業者兼CEOのマイケル・グロナガー(Michael Gronager)氏に、日本のWeb3の進展をどう捉えているか、ブロックチェーン上の不正行為の現状、民間と公的機関の連携の重要性などについて聞いた。
※編集部注:日本時間5日夜、グロナガー氏が退任し、共同創業者のジョナサン・レヴィン(Jonathan Levin)氏のCEO就任が伝えられた。記事ではインタビュー当時の肩書を使用している。
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通信会社、ゲーム会社の取り組みは日本の特徴
──日本のWeb3の現状をどのように捉えているか。
グロナガー氏:関心が高まっていると思う。今、誰もが、ブロックチェーンの普及を実感できる最初の大ヒットゲームのようなものを待ち望んでいる。さまざまなレベルで取り組みが行われ、多くの実証実験(PoC)が展開されている。普及は時間の問題だ。
また、もう1つ、世界の他の地域と大きく違っていることは、通信会社、ゲーム会社が大きく関わっていることだ。他の国や地域では見られないことで、我々はその点に注目している。ゲーム会社、通信会社の関与は、かつてモバイルが普及したことと似ている。
──ステーブルコインは、そうした変化のうえで重要になるだろうか。
グロナガー氏:日本にもすでにステーブルコインが登場しているものと期待していたが、事業者と当局の調整はまだ続いているようだ。だが、これから多くのステーブルコインが登場するだろう。
我々が顧客や見込み客と話し合っている内容を踏まえると、1年後には日本には10くらいのステーブルコインが登場しているだろう。
官民の連携をサポート
──日本、および世界におけるブロックチェーン上の不正行為はどのような状況か。
グロナガー氏:最初に言っておくと、不正行為はブロックチェーン上のアクティビティであり、ブロックチェーンには国境がなく、不正行為はどこにでも存在し、どこでも起こり得る。
日本における大きな懸念事項は、スキャム(詐欺)で、特に高齢者が狙われている。手口は伝統的な金融詐欺と同じだ。指定された銀行口座に送金するよう騙されてしまう。最近では詐欺で得た日本円を暗号資産に換え、最終的に他の取引所から引き出す事例もある。金額は、 全体から見れば小さいかもしれないが、騙された本人にとっては大きな金額だ。
取引所のハッキング事件もあった。実際に何が起こったのか、国家による行為なのか、詳細はまだ明らかになっていない。
──不正行為対策には官民の連携が不可欠になると思うが、チェイナリシスはどのように取り組んでいるのか。
グロナガー氏:我々は、民間企業と公的機関の顧客を双方、抱えている。公的機関は金融におけるレフェリーであり、ルールを定め、ルールを執行する。もし彼らがテクノロジーを理解していなければ、ルールを定めることも執行することも難しい。我々が新しい市場に進出する際に重視していることは、公的機関に情報を提供し、その仕組みを理解してもらうことだ。
私が日本で初めて警察関係者と話をしたのは約10年前、マウントゴックスがハッキングされた直後だ。それ以来、日本の警察は、この分野への理解を深め、能力を向上させている。だが、他の公的機関はまだ模索している段階で、官民の連携が難しくなることがある。これは課題の1つと言えるだろう。
我々は官民の連携をサポートすることに取り組んでいる。またハッキングや不正行為が他国で発生し、それが日本にも関係する場合は、現地の法執行機関との間をつなぐサポートを行うこともある。もちろん、顧客である民間企業に対する直接的なサポートも行っている。
最新のプライバシー技術にも対応
──不正行為を防止するときに、ゼロ知識証明のような最新テクノロジーは新たなハードルとなるのか。
グロナガー氏:私が長年見てきたプライバシー技術の面白いところは、理論的には、人々がその使用方法を正しく理解し、正しく使えば、機能するということだ。だが実際には、多くの人は自分が知っている一番簡単な方法を実行する。例えば、隠蔽したい暗号資産をミキサーに送る際は、長期間、ランダムに放置し、手数料もランダムに設定すれば、うまくいくだろう。
だが通常、多くの人は最低の手数料を選択し、すぐに資金を受け取る。つまり、人間の行動とミキサーの動きに明確な相関関係が生まれることになる。
ゼロ知識証明などの登場で、確かに状況は難しくなるだろう。長い時間が必要になるが、資金の動きを特定することは可能だ。
──基本的な質問だが、ブロックチェーンは世界をより良い方向に変えるだろうか。
グロナガー氏:もちろんだ。ブロックチェーンの理念や夢は、価値の移動を100倍かそれ以上に速くすることだと思う。価値の移動が100倍速くなり、コストが100分の1になった世界を想像してほしい。
ステーブルコインはその一例だ。ステーブルコインの登場で、以前よりも速く、安く、世界中でドルを移動させることができる。海外の取引先にも、すぐに支払うことができる。そして、金融のディスラプション(創造的破壊)という観点で、ステーブルコイン業界は前例のないような成長を遂げた。
他にも、スマートコントラクトやブリッジ、DEX(分散型取引所)などは、これまで金融機関が担っていた機能やサービスを純粋なテクノロジーに置き換え、自動化している。
いずれは、マイクロペイメント(少額決済)をすべて自動化できるだろう。Wi-Fiアクセスポイントや電話料金の支払いなど、多くの決済が可能になり、サービス自体が変化する。App Storeが登場し、iTunesが登場して、音楽の聞き方や音楽産業を変えたように、少額決済が世界に広がり、あらゆる価値が簡単に交換できるようになったとしたら……。これがブロックチェーンの可能性だ。
ブロックチェーン分析は金融犯罪のDNA鑑定
──暗号資産は犯罪者のための通貨だと語る人もいるが、それでもメリットの方が大きいだろうか。
グロナガー氏:絶対に間違いない。それに、犯罪者が使わないものは、誰も使わないだろう。また犯罪行為に使われるものは、暗号資産やステーブルコインだけではない。多くの場合、現金が最も多く使われている。
さらに犯罪者が暗号資産を利用することには、プラスの側面もある。暗号資産やブロックチェーンの分析をスケールさせることができ、犯罪の解決がより簡単になる。DNA鑑定を考えて欲しい。初期は高コストだったため、大事件でしか使われなかった。しかし今では、標準的な手法になっている。暗号資産やブロックチェーンの分析は、基本的に金融犯罪のDNA鑑定だ。
──ステーブルコインのような金融以外でのユースケースも拡大し、社会のインフラになるだろうか。
グロナガー氏:いずれはそうなる。私が、ブロックチェーンが非常に有用だと確信している分野のひとつは、コンテンツの認証だ。インターネットは、この5~10年は基本的にフェイクばかりだった。誰かが、何か細工したのかさえ、わからない。生成AIの登場で今では多くのものを偽装できる。
だが数年後には、そうした状況は改善されるだろう。つまり、希少性、価値のあるコンテンツが重要になり、それを認証できる仕組みが重要になる。その仕組みを構築できる唯一の方法がブロックチェーンだ。コンテンツ認証は重要なユースケースになると考えている。
また常々言っていることだが、金融においては暗号資産はすでにインフラになっている。暗号資産取引の3分の2以上はステーブルコイン、つまりはドルの移動であり、伝統的金融にほかならない。誕生から15年あまり、暗号資産はすでに大きな成功を収めている。
|インタビュー:渡辺一樹
|文:CoinDesk JAPAN編集部
|写真:多田圭佑