ブロックチェーン技術は2024年、投機的な利用から実用的なインフラとしての活用へと進化を遂げた。特にステーブルコインは暗号資産(仮想通貨)取引の3分の2以上を占め、時価総額2000億ドル(約30兆円、1ドル=152円換算)を突破。新興国での送金手段としても存在感を示している。
実物資産(RWA)のトークン化市場は120億ドル(約1兆8300億円)規模に成長。ブラックロック(BlackRock)など大手金融機関の参入が相次いだ。当記事では、このような発展を遂げたブロックチェーン技術について、ステーブルコイン、RWA(金融商品、不動産といった現実資産)トークン化、産業(物流・トレーサビリティ)、行政、NFTの5つの分野における具体的な国内外の活用事例を見ていく。
ステーブルコイン
2024年、ステーブルコインは暗号資産市場における存在感を拡大させた。ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)のリポートによると、2024年12月現在、暗号資産トランザクション(取引)の3分の2をステーブルコインが占めるまでに発展。取引所での決済手段からクロスボーダー送金まで、その用途は着実に広がりを見せている。
市場規模も大きく拡大した。CCDataとDefiLlamaの調査では、12月には時価総額が史上初めて2000億ドル(約30兆円)を突破。市場を牽引したのは、米ドルにペッグされたテザー(Tether)のUSDTと、サークル(Circle)のUSDCだ。
DefiLlamaのデータによると、USDTは12月までに時価総額1390億ドル(約21兆1300億円)の最高供給高を記録し、中東のアブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)での承認も獲得。USDCも410億ドル(約6兆2300億円)規模まで成長し、世界最大の取引所バイナンス(Binance)との提携を通じて、さらなる普及を目指している。
ステーブルコインの活用について特筆すべきは、新興国市場での広がりだ。チェイナリシスのデータでは、サハラ以南のアフリカからの200ドルの送金において、従来の法定通貨ベースの送金方法と比較して、ステーブルコインを使用すると約60%のコスト削減が実現できることが示されている。
こうした実用性の高さから、中南米やサブサハラ・アフリカ(アフリカ大陸のサハラ砂漠より南にある地域の総称)では、小売および金融機関向けのステーブルコイン送金が前年比40%を超える成長を記録したという。
また、年末には大きな動きがあった。リップルが米ドル連動型ステーブルコイン「RLUSD」の提供を開始。ニューヨーク金融サービス局(NYDFS)から正式承認を受け、今後、複数の取引所での取り扱いが予定されている。USDTとUSDCが独占する市場に割って入る存在になるか注目される。
投資商品としての革新も進んだ。エセナ(Ethena)のUSDeは、ビットコインとイーサリアムの無期限先物を活用して利回りを生み出す商品として、わずか1カ月で50億ドル(約7600億円)超の規模に成長。新興のDeFiプロトコルであるUsualのステーブルコインも7億ドル(約1100億円)まで上昇し、従来型の金融商品に代わる新たな選択肢として台頭を見せた。
日本のイーサリアム互換チェーンJapan Open Chain(JOC)のCo-Founderである近藤秀和氏は、7月のIVS Crypto/JBW Summitで「暗号資産業界では、もはや海外の仕事はUSDCでの取引になっており、銀行口座を使わなくてもほぼ問題がない。そんな世界がこれから来るのではなく、『もうある』ことを知ってほしい」と、グローバルな決済インフラとしてのステーブルコインの現状を語った。
日本では2023年6月に施行された改正資金決済法により、世界に先駆けてステーブルコインの法的定義が明確化され、「電子決済手段」として位置づけられた。2024年には新たな法的枠組みの下でのステーブルコイン発行が期待されたものの、その動きは準備段階に留まった。
11月に累計発行額が30億円を突破したJPYCはプリペイド型のステーブルコインであり、改正資金決済法で定められた「電子決済手段」には該当しない。JPYCは将来の発行を目指す資金移動業型ステーブルコインとの区別を明確にするため、現行のプリペイド型を「JPYC Prepaid」へと名称を変更した。
また、ソニー銀行、バイナンスジャパン、プログマら多くの企業がステーブルコイン開発に向けた取り組みを開始することを発表している。
制度面での整備も進む。11月、金融庁は「暗号資産・電子決済手段仲介業」という仮称で新制度案を金融審議会の作業部会に提示。この制度では、仲介業者が特定の暗号資産交換業者に所属し指導を受けることを条件に、暗号資産取引にのしかかる重たい規制を緩和する。本制度が認められれば、仲介業務のみを行う場合でも、暗号資産およびステーブルコインの売買・交換の媒介が可能となる。
RWAトークン化
2024年9月にバイナンス・リサーチ(Binance Research)が発表したレポートによると、実物資産(RWA:Real World Asset)トークンの市場規模は過去最大の約120億ドル(約1兆8300億円)に達した。この⾦額には、先述のステーブルコイン市場は含まれていない。
代表的な事例が、世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)による「BUIDL」の展開だ。このトークン化米国債ファンドは、イーサリアム上で取引可能で、3月の発売からわずか4か月で、トークン化国債商品としては初めて時価総額5億ドル(約760億円)を達成した。こうした機関投資家からの資金流入が、RWA市場全体を押し上げた。
一方、国内では不動産や債券を裏付け資産としたセキュリティ・トークン(ST)市場が、着実な成長を遂げている。ST基盤「ibet for Fin」をコンソーシアム形式で推進するブーストリー(BOOSTRY)が公開するマーケットデータによれば、公募ST発行総額は1470億円に達し、発行トークン数は50を超えた。特に不動産分野での活用が目立ち、レジデンス、ホテル・旅館、オフィスビルなど、多様な不動産案件のトークン化が進んでいる。
不動産以外だと、フィリップ証券が手掛ける映画『宝島』のST化が話題を呼んだ。総額13億円の映画製作費のうち約3億7000万円をトークン化し、1口10万円から投資可能な商品として一般投資家に提供した。投資対象は映画製作委員会への出資持分で、劇場配給、ビデオセル、放送権の販売等からの収益を投資リターンとする。
また、NOT A HOTEL DAOは、国内初となるRWAプロジェクトのIEO(Initial Exchange Offering)を実施。ラグジュアリーなシェア別荘の利用権をトークン化し、NOT A HOTEL COIN(NAC)として発行することで、高級不動産市場への一般投資家の参入を可能にした。
2024年のRWA市場の発展は、実験段階から実用的な金融インフラとしての段階への移行を示している。しかし、この市場の実態を詳細に見ると、RWAの成長の大半はステーブルコインが牽引していることが分かる。RWAの時価総額に対してステーブルコインが占める割合は90%を超えている。
産業(物流・トレーサビリティ)
物流分野におけるブロックチェーン技術の活用は一時期ほど話題になっていないが、着実に進展している。Global Market Insightsの市場調査によると、サプライチェーンのトレーサビリティのためのブロックチェーン市場規模は2023年に2億ドル(約300億円)を記録し、2024年から2032年にかけて年平均31.9%以上の成長が見込まれている。特にトレーサビリティ分野では、複数の大手企業による新たな取り組みが相次ぎ、導入の裾野が広がりつつある。
キリンビールは「氷結mottainaiプロジェクト」において、IBMのブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティプラットフォームを導入。果実の生産者から製造までの情報を可視化し、環境データも含めて統合的に管理。規格外果実の活用によるフードロス削減や、販売1本につき1円の農家還元を行っている
三菱ケミカルは、ブロックチェーン「Tapyrus」を活用したケミカルリサイクルの追跡システムの実証実験を実施。サプライチェーン上の複数企業間で、廃プラスチックの種類や品質情報を改ざん不可能な形で共有・管理することに成功したと発表した。 このプロジェクトは内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムの一環として進められ、デジタルプロダクトパスポート(DPP)のニーズに応える成果として評価されている。
また、KlimaDAO JAPANは、カーボンクレジット取引プラットフォーム「KlimaDAO JAPAN MARKET」を始動させた。世界初の試みとして、日本の「J-クレジット」をポリゴンブロックチェーン上でトークン化。みずほグループとオプテージの支援のもと、11社と長崎県西海市が参加し、トークン化から無効化処理までの一連のプロセスを検証。カーボンクレジット市場の流動性と透明性向上を目指し、2025年春には個人も参加可能な一般公開を予定している。
SBIトレーサビリティは、高級日本酒「獺祭」向けに、ブロックチェーンとNFCタグを組み合わせたトレーサビリティサービス「SHIMENAWA」を展開。チタン製ボトルでも読み取り可能な特殊NFCタグを開発し、製品の真贋証明から流通管理までをワンストップで実現している。
これらの事例から見えてくるのは、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティが、単なる追跡管理から、環境・社会課題の解決へと大きく進化していることだ。そして、この動きは大企業だけでなく、生産者や消費者まで巻き込んだ包括的なエコシステムへと発展しつつある。
行政
続いて、行政分野におけるブロックチェーンの活用事例を見ていく。とりわけ分散型ID(DID)の実装において、複数の画期的な取り組みが国内外で展開された。これまで実証実験レベルに留まっていた取り組みのいくつかが本格運用へと移行し、行政サービスのデジタル化における中核技術としての地位を確立し始めたものもある。
海外では、米カリフォルニア州自動車局(DMV)がアバランチチェーンで4200万枚の自動車登録証をデジタル化した。これによりDMVのアプリケーションを通じて自動車登録証の請求や移転手続きが可能となり、従来2週間を要していた車両所有権の移転手続きが数分に短縮される。
アルゼンチン・ブエノスアイレス市は、ブロックチェーンベースのデジタルID「QuarkID」を導入。現地メディアの報道によると、市民360万人を対象とし、ZKsyncが提供するEraレイヤー2ブロックチェーン上でゼロ知識証明を活用。市の公式デジタルプラットフォーム「miBa」と連携し、各種行政サービスや文書へのアクセスを可能にした。
国内では石川県加賀市が、マイナンバーカードと連携したWeb3ウォレット管理機能を持つ「e-加賀市民証NFT」の本運用を開始。これは「マイナンバーカードを活用した公的個人認証をオフチェーンで管理するWeb3ウォレット」として全国初の取り組みとなった。能登半島地震の被災者支援も含めた包括的な市民サービスのデジタル化を推進している。
民間主導の取り組みとしては、パートナーシップ証明書をブロックチェーン上で発行するファミー(Famiee)の事例がある。千葉県市川市・木更津市、宮崎県日南市など複数の自治体と協定を結び、行政サービスとの連携を実現。公的機関と民間のブロックチェーンプラットフォームの協調モデルを示した。
これらの事例は、行政分野におけるブロックチェーン技術の実装が具体的な形を見せ始めたことを示唆している。加賀市のマイナンバー連携や、ファミーと自治体の協定にみられるように、既存の行政システムとの統合が進展している。同時に、データ保護やプライバシー確保など、実運用における具体的な課題も明確になっている。
また、自民党web3PT座長だった平将明議員がデジタル大臣に就任、同時に行財政改革大臣も兼ねており、行政へのブロックチェーン活用が期待される。
NFT
2024年12月、NFT市場の象徴的なプロジェクトの一つが終焉を迎えた。現代美術家・村上隆氏とのコラボレーションNFT「CloneX」で知られるアーティファクト(RTFKT)が、2025年1月をもっての事業終了を発表した。2021年にナイキに買収され、2022年のNFT市場最盛期には個体が1億円を超える取引を記録した同プロジェクトの終了は、NFT市場が新たな局面に移行したことを示している。
CloneXのような「PFP(Picture For Profile)」と呼ばれるプロフィール画像を中心としたNFTは勢いをなくしたが、ユーティリティを絡めた取り組みが増えている。
博報堂と日本航空は「KOKYO NFT」プロジェクトを実施。北海道洞爺湖町から鹿児島県奄美市まで、6つの地域における希少価値の高い火入れ前の生酒や、伝統工芸の職人とオリジナル包丁を作る権利をNFT化。地域の関係人口創出を目的とした取り組みを展開した。
ソニー銀行は、Web3エンターテインメント領域向けアプリ「Sony Bank CONNECT」を通じて、LiSAの全国アリーナツアーと連動したNFTキャンペーンを実施。アプリとSNFTプラットフォームの連携により、オンラインとオフラインを組み合わせたファンエンゲージメントを構築した。
中でもNFT活用においては、ゲーム分野での発展が目覚ましい。アバランチ基盤のバトルロイヤルゲーム「オフ・ザ・グリッド(Off The Grid)」はエピックゲームズストア(Epic Games Store)で1位を獲得。4日間でトランザクション420万件、ウォレット数約100万、Twitch上のゲームプレイ・ストリーミング時間100万時間を記録。Web3ゲームとしての実績を築いた。
メッセージアプリのテレグラム(Telegram)では、TONゲームが流行した。「タップ・トゥ・アーン」形式のゲームが盛り上がりを見せ、「Notcoin」は2024年1月のリリースから4月のマイニングフェーズ終了までに総プレイヤー数3500万人を記録した。
一方、国内のブロックチェーンゲーム(BCG)市場では課題も顕在化している。11月にはDMM CryptoがWeb3事業「Seamoon Protocol」の中止を発表。関連ゲームの段階的なサービス終了を決定した。この影響で、「コインムスメ」は別チェーンへの移行を余儀なくされ、「神櫓-KAMIYAGURA-」も年内に予定されていたリリース計画の見直しを迫られた。
こうした状況を背景に、年末、国内ゲーム業界で新たな動きが見られた。日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は、コナミ、スクウェア・エニックス、セガなど主要ゲーム企業が参加する「ブロックチェーンゲーム部会」を設立。JCBAによると、ブロックチェーンゲームの開発には法律・税務・セキュリティなど多岐にわたる対応が必要となり、クリエイターがゲーム開発に専念できる環境が整っていないという。部会は、これらの課題への包括的な対応を目指す。
2024年のNFT市場は、投機的な取引からサービス活用へと転換した1年となった。大手企業による地域活性化やイベント連携など具体的な成果が示される一方、プロジェクト撤退も相次いだ。年末には国内主要ゲーム企業による業界団体が始動し、2025年は法制度や事業環境の整備を踏まえた新たな展開が見込まれる。
|文:栃山直樹
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