東京・渋谷のファッションビル109にある洋服ブランド「WEGO(ウィゴー)」。10代から20代の若い女性が行き交う店内で、いつもと違った光景が見られたのは、2019年9月21日のことだ。
この日から開かれていたのは、現実の店舗を訪れた客を“バーチャルな店員”が接客する期間限定のイベント。現実の店舗とバーチャルの店舗とをAR(拡張現実)技術でつなぎ、客が店内に入るとバーチャルな店員が出迎え、モニターやタブレット端末を介して触れ合った。宮崎県から接客したバーチャル店員もいたという。
WEGOとともに仕掛けたのは、VRコンテンツを開発する企業・ヒッキー(HIKKY)。「VADER VADER(ベイダーベイダー)」ブランドの商品を客が買えば、その3Dアイテムも付属し、現実だけでなくVRの自分(アバター)にも着せることができる。つまりリアルの自分と、バーチャルの自分(アバター)とで同じコーデを楽しめるわけだ。
あくまで対象はベイダーベイダーのアイテム。ほかのブランドの商品で、リアルとバーチャルの両方でアイテムを展開したわけではない。
今回の取り組みは、9月21-28日に開かれた世界最大級のVR展示即売会「バーチャルマーケット3」と連動したもの。 開催期間中、現実の渋谷を模して作られたバーチャルな「ネオ渋谷」が誕生し、人々はバーチャルと現実が融合した「パラリアル」な世界観を楽しんだ。
パラリアルとは、「パラレルワールド(並行世界)とリアル(現実)を合わせた“パラリアル(Para-Real)”」のこと。バーチャルマーケットを仕掛けた、ヒッキーの舟越靖代表が提唱している。
2年目で既に70万人が参加した仮想空間上の経済圏「バーチャルマーケット」
「バーチャルマーケットにはすでに経済圏ができている」
舟越氏がこう語るバーチャルマーケットは、2018年から開かれているVRの展示即売会だ。フォーブス誌は世界最大という。来場者は各ブースを回り、3Dのアバターや服、アイテムを購入できる。開催2年目にもかかわらず、世界中から70万人もの来場者を集めた。
2018年8月に開かれた第1回バーチャルマーケットの会期は1日。約80グループが出店した。19年3月の第2回は出店グループが400を超え、3日間開催。セブン&アイ ホールディングスやエイベックスも参加する12万5000人規模の巨大イベントに成長した。
そして前述のWEGOも参加した3回目が19年9月に行われ、28日までの8日間にわたって多くの人が訪れた。セブン&アイやパナソニックなど約30社が協賛し、約600ブースが出展、海外からも多数がアクセスする70万人規模のイベントとなった。
海外からのアクセスが増えた理由として、過去の参加者を通じた口コミのほか、舟越氏は「フォーブス誌が取り上げたことで、英語圏からの流入が急激に増えた」と説明。今後については「海外のクリエイターにも出展してもらい、言語にかかわりなく作品を楽しめる場にしたい」と話す。
入院中の店員もバーチャル店舗で接客できる──パラリアルは働き方も変える
パラリアルな世界は、すでに現実の生き方も変えている。
WEGOでバーチャル店員として働いた中には、長期の入院中の店員がいた。病院からVR機器を使う許可を得て、バーチャル上で店員として働くことができた。その店員は、まさか入院中に店員として働けるとは思っていなかったという。
宮崎県にいながら“渋谷”でバーチャル店員をした人もいたという。舟越氏は「バーチャルでは、現実の性別や年齢、居住地、病気などが関係ない状態で活動できる。パラリアルな世界では、そういう生き方を実現できる」とメリットを話す。
今回のイベントでは、対象ブランドがベイダーベイダーで、現実の服とバーチャルな服とを合わせた価格設定だった。
これを応用すれば、今後は「現実の服だけなら3,000円だが、バーチャルの服もあわせると4,000円で買える」といった価格設定もできるようになる。服だけではなく、そのほかの商品でも同じ仕組みを採用できる。パラリアルな価値が付与できることは、ブランドや小売店にとって商機を広げられることを意味する。
私達は既に「パラリアルな社会」に生きている
パラリアルな世界は身近になりつつある。いや、私たちはすでにパラリアルな社会に生きていると言える。
たとえばYouTubeや動画配信サービスSHOWROOMなどで配信をしているYouTuberやショールーマーたちの中には、実際に売上を生み、生計をたてている人もいる。TwitterやInstagramなどのSNSで影響力を持ち、インフルエンサーと呼ばれる人たちもパラリアルな世界で生きているといえる。
「自分はVR SNSどころかSNSや動画配信サービスを使わないし、魅力も感じない」という人もいるだろう。しかしバーチャル世界を含めたパラリアルなサービスが今後、現実の経済にも大きな影響をもたらす可能性を秘めていることは、バーチャルマーケットにセブン&アイやパナソニックなどの大手企業が参加していることからもうかがえる。
フェイスブックも20年にVR SNS「ホライゾン」を始めると発表しており、今後VR・ARサービスは今以上に増え、経済効果も拡大する可能性は高い。
バーチャルな世界では、簡単にアイテムやアバターなどがコピーできるため著作権の問題など、新たな課題も生じるだろう。だが舟越氏が示唆するように、ブロックチェーンによるID管理などの解決策も考えられている。新たに生じる課題への解決を図りながら、社会はより“パラリアル”の度合いを増していくはずだ。
文:小西雄志
編集:濱田 優
写真:CoinDesk Japan編集部、HIKKY提供