不動産ST市場の拡大は2025年も続く、アセットの広がりによるST市場の変化を読み解く【デジタル証券フォーラム2024 イベントレポート・後編】

12月12日、4回目となる「デジタル証券フォーラム」が、東京・兜町にあるKABUTO ONE ホールで開催された。日本経済新聞社が主催し、共催としてCoinDesk JAPANを運営するN.Avenueが参加した。

今年のテーマは「セキュリティ・トークン 変革と成長の時」。2021年に第1号となるセキュリティ・トークン(ST)が発行されて以来、市場は大きく成長してきた。ところが、2023年のST組成金額は前年比2倍以上と大きな成長を見せた一方で、2024年は前年からの伸び率は鈍化した。

その背景には、税制の課題が明確になってきたことで、その整理に時間がかかったことが挙げられる。これはまさに変革期を迎えた24年が、来年の飛躍に向けた土壌作りの1年だったということが言えるだろう。税制改正が実現する25年は、不動産以外のアセットにもSTが広がりを見せることへの期待が高まる。

当日の模様を、前編と後編(本編)に分けてレポートする。

2024年の不動産ST市場を振り返って

パネルディスカッション「不動産STの発展と未来への展望」には、ケネディクス 代表取締役社長 宮島大祐氏、野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー長兼ウェルス・マネジメント部門マーケティング担当 池田肇氏、BOOSTRY 代表取締役 CEO 佐々木俊典氏の3氏が登壇。モデレーターをN.Avenue/CoinDesk JAPAN 代表取締役CEO 神本侑季が務めた。

最初の話題は、2024年の不動産ST市場の振り返りだ。宮島氏は、不動産STの “第一幕” が終わった年だったと語る。

[ケネディクス 代表取締役社長 宮島大祐氏]

「この3年半の間に、合計38本、3000億円の不動産STが発行された。ケネディクスとしても12本、1400億円と、住宅からホテルまで、かなりの規模で発行してきた。また、第1号案件の渋谷神南の案件も11月末に償還した。取得、運用、売却と一通りのサイクルを終えることができ、投資家の皆様に資金をお返しできたのも第一幕の終わりを感じさせるものだった」

渋谷神南の物件は、取得金額を大きく上回る金額で売却できたという。「正直、ここまでリターンが出るとは思っていなかった。コロナ禍、住宅ニーズの高まりとともに、優良立地の物件の賃料が上がったことに加え、投資家ニーズも高まった。結果として、かなりうまくいった案件となった」と宮島氏は振り返る。

この不動産STの販売を手掛けたのが、野村証券だ。日本初の案件として、思い出深いと池田氏。

[野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー長兼ウェルス・マネジメント部門マーケティング担当 池田肇氏]

「システム対応など、社内体制の整備に苦労した。デジタルとはいえ、アナログな『かかわる人の思い』のようなものが、新商品の立ち上げには必要だと強く感じた。1号案件として素晴らしい物件を出していただいたことが、次の案件へと続くきっかけになった」(池田氏)

ケネディクスが直近の12号案件として注力したのが賃貸戸建住宅シリーズ「Kolet(コレット)」を裏付けとしたSTだ。

「都心マンションの値段が上がり、賃料もそれに合わせてかなり上がっている。そのため、特に若い方々の中で、少し郊外に離れても広い家に住みたいという実需が高まっている。自信を持っておすすめできると考えた」と宮島氏は説明する。

池田氏も「我々としても、賃貸戸建の商品は初めて扱うものだった。結論から言うと、予想以上のスピードで販売できた」と続けた。

プラットフォームの開発を手掛ける立場から、佐々木氏は同案件を次のように位置づけた。

「投資家も、不動産STへの理解が深まってきており、そうした流れの中で、こうした新しい商品も許容できるようなキャパシティが増えてきたのだと思う」

もう少し視野を広げて、販売面や規制面から2024年を振り返るとどうだろうか。池田氏は、ネット販売の伸びが著しかったと語る。

「さまざまなクライテリア(投資基準)の商品を取り揃えさせていただくことで、販売面での進化も期待できると感じた。ブロックチェーンの特性を生かした、『グリーンボンド』など新たな商品も広がりつつある」(池田氏)

また、佐々木氏は、「流通の観点と投資家の参入のしやすさがセットになって、2024年は大きく進捗したと感じている」と話す。流通の面では、大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)のセカンダリーST市場が生まれたこと、そして、「確定日付」がデジタルで完結できるようになったことも大きい。また投資家の参入のしやすさの面では、ST社債が一般の社債と比べて不利にならないように制度改正されたことを挙げる。

不動産ST市場の成長の要因とは

不動産STが生まれて3年。ケネディクスは、2030年に不動産ST市場を2.5兆円規模にするという目標を掲げている。宮島氏は、「日本の金利が上昇傾向になり、個別不動産のパフォーマンスが良いことが基本的な背景にある。また、不動産STは一項有価証券の枠組みの中にあるため、分離課税が使え、証券会社の販売プラットフォームを使わせていただける。こうしたことが、第一幕がうまく進んだ要因だと思う」と述べる。

池田氏は、物件を自分で選べる不動産STの「手触り感」に触れ、「例えば、ホテルや旅館を裏付けとした不動産STを購入した後に、実際にそこに泊まってみるとったことがすでに起こっている。お客さまに新しい価値を提供できていると感じている」と語る。

佐々木氏は、“第一幕” を振り返り次のように語る。

「ひとつの型ができたと思う。その型を生かして発展していくフェーズに移ってきた。例えば、地域のアセットを地域の投資家に買ってもらうような『地産地消』があってもいい。地域のファイナンスをどう活性化するかという地域創生にもつながっていくと思う」

[BOOSTRY 代表取締役 CEO 佐々木俊典氏]

一方で、不動産ST市場がより成長していくための課題について宮島氏は、ブロックチェーンにデータが乗っている意味をもう一度捉え直し、それゆえにできるサービスが何かを考えることが課題だと話す。

池田氏は、プレイヤーの広がりを課題として挙げる。「そうした人材によって、より魅力的な商品を提供していくことが大事だ」と述べた。また、佐々木氏は、ブロックチェーン技術の特性を生かして投資家と直接つながり、より取引の自由度を高める取り組みが重要だと語る。

2025年に向けた3社の戦略

ではこうした課題に対し、2025年は、それぞれどのような戦略を推し進めていくのだろうか。

宮島氏は3つの施策を用意しているという。1つは、大量の不動産STの発行だ。現在、10案件、1500億円もの案件が進行中という。2つ目が、2025年2月にローンチ予定の「顧客ポータルアプリ」。所有するSTを一覧し、あらゆる情報が確認できるサービスを提供する。そして3つ目が、セカンダリー流通のさらなる強化だ。

「八百屋さんにいろいろな商品が並ぶように、欲しい商品がすぐそこで買える状況にしたい」(宮島氏)

池田氏は、この3年積み上げてきた顧客の声をベースに、新たな商品開発へと繋げていきたいと構想する。

「不動産STはまだ過渡期だ。デジタル通貨での決済や契約の自動化など、商品が進化する可能性はまだまだ大きい」(池田氏)

ITベンダーとして、来年もST市場の発展をサポートしたいと語るのは佐々木氏だ。佐々木氏が代表を務めるBOOSTRYはコンソーシアム型ブロックチェーン「ibet for Fin」を運営する。

「ブロックチェーンに触るプレイヤーを増やしていきたい。それが市場の発展につながると考えている」(佐々木氏)

STのアセット拡大に向けた2つの税制改正要望

続いて行われたのが「2025年、アセットの広がりでST市場はどう変わる?」と題したパネルディスカッションだ。先に講演を行ったProgmat 代表取締役 Founder and CEO 齊藤達哉氏、アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 外国法共同事業 パートナー弁護士 梅津公美氏、三菱UFJ信託銀行 フロンティア事業開発部 デジタルアセット事業室 調査役 山田拓人氏が登壇した。

モデレーターを務めたN.Avenue/CoinDesk JAPAN代表取締役CEOの神本侑季が最初に提起したのは、不動産以外のアセットのST組成における税制の論点だ。今年は、フィリップ証券が映画への出資をセキュリティ・トークン化した事例が生まれたものの、ほとんどは不動産STが占めている。しかし、税制改正が進めば、2025年は、不動産はもちろん、動産や出資持分、海外アセットなど、アセットの広がりが期待できる。

今の税制下において、不動産以外のST組成にあたりどのようなことが論点となっているのか。冒頭では、山田氏がその詳細を解説した。山田氏は、普段からデジタルアセットに関連する会計や税の論点の整理を行っており、今回の税制改正への要望作成にも深く関与している。

[三菱UFJ信託銀行 フロンティア事業開発部 デジタルアセット事業室 調査役 山田拓人氏]

上記論点を解決すべく提案された税制改正要望は大きくは2つある。それが「『元本払い戻し』にかかる課税関係の明確化」と「『純資産計上される評価・換算差額等』の留保金除外」だ。非常にテクニカルな内容で、山田氏の解説を本記事では詳しく紹介しないが、この2点の要望実現が、STの不動産以外のアセットへの広がりをもたらすとされている。

例年であれば、この時期にすでに公表されているはずの税制改正大綱だが、本イベント時には、この要望が実現されるかどうかはまだ分からない状況だった。パネルディスカッションでは、要望が通る前提で議論が進められた(「令和7年度税制改正大綱」は27日に閣議決定され、上記2つの要望への手当てがなされていることが確認された)。

齊藤氏は、この税制の論点が顕在化してきた頃を振り返って次のように語る。

[Progmat 代表取締役 Founder and CEO 齊藤達哉氏]

「税制改正実現の際には不動産STの実務変更が想定されるところ、信託各社とも従前実務を前提とした新規発行に慎重な姿勢を示す時期はあった。結果として税制改正前後の実務変更の論点を各社とも整理しながら、新規発行に向けた動きも徐々に見られるようになり、来年以降に向けて発行は加速すると思われる。さらには、他のアセットへの可能性も広がり、来年に向けて大きく飛躍する布石になったと捉えている」

改正前と改正後での各アセットの立ち位置

税制改正前と税制改正後で、各アセットの立ち位置はどのように変わるのだろうか。

「不動産ST」は、改正後も引き続き発行は可能なものの、実務が変わる。適用開始前までに、システム上の変更などの対応が必要になるだろう。

「動産ST」は、改正前は発行が難しかったが、改正後は制度上問題なく発行できるようになる。「『元本払い戻し』にかかる課税関係の明確化」によって、投資商品としてSTを組成しやすくなる。

「出資持分ST」と「海外アセットST」は、これまで発行できなかったものが、「『純資産計上される評価・換算差額等』の留保金除外」により、STを組成しやすくなる。しかし、個別案件での課題解決が必要となってくるため注意が必要だ。

動産STの例として挙げられたのが、大和証券が発行する太陽光発電のセキュリティ・トークンだ。ポイントは3つあると齊藤氏は指摘する。

「1つは、これまで話してきた税制の話。2つ目が投資家の理解を得られるかどうか。元本の取り扱いなどをしっかりと理解してもらう必要がある。そして3つ目は今年なされた規制緩和によって、発行体と同グループの証券が主幹事になれるという点だ」

他にも動産STの例としてよく取り上げられるのが航空機だが、梅津氏は、航空機をST化した場合の問題を次のように説明する。

[アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 外国法共同事業 パートナー弁護士 梅津公美氏]

「航空機は移動が多いため、海外で問題が起きた時の責任問題が発生するだろう。また海外籍の航空機の場合どのように資産を裏付けするかなども難しい。太陽光は長く利益を見込める動産としては、非常に適切だろう。他にもレンタカーやシェアサイクルなど、動産として検証対象となるものは多くあると考えられる」

出資持分STと海外アセットについて議論

次に、出資持分STについての議論となった。政府が「スタートアップ育成5か年計画」を推進している今、VCファンドの持分をST化し個人に向けて販売するという検討が官民連携で進められている。

「今回の税制改正が実現することが前提だが、VCファンドと販売を担当する証券会社の座組みさえしっかりと作れれば、2025年に実際に発行することは可能だと考えている」と齊藤氏は語る。

ただ、不動産STなどに比べると、非常にリスクの高い商品ではある。ある程度知識のある投資家に販売していくなど、販売方法の検討が必要だと梅津氏は指摘する。

そして、海外アセットに話題が移ると、ちょうどイベント当日の朝に日経新聞に掲載された記事が紹介された。Progmatが主催する「デジタルアセット共創コンソーシアム」が海外不動産を裏付け資産とするSTを2025年にも発行するという内容だ。

「海外不動産であっても『受益証券発行信託』で対応するという点は変わらない。この点は、国内のこれまでの不動産STで土台を確立してきたものだ。ただ各国で法体系が全く違ってくるので、次のアクションとしては、個別のプロジェクトごとに検討するという段階に入っている」(齊藤氏)

山田氏は、税務の観点での課題を指摘する。

「海外の現地でも課税され、日本に資金を移しても課税されるといった二重課税が生じないように、個別に検討していく必要がある。こうした点をうまく適用できるようなスキームの構築が今後求められるだろう」(山田氏)

来年に向けて、セキュリティ・トークンに期待すること

最後に来年に向けて、セキュリティ・トークンに期待することについて3人に語ってもらった。

山田氏は、プレイヤーの拡大とSTの管理業務の効率化の2点を挙げる。

「対象となるアセットが広がることで、不動産以外のプレイヤーも参加できる土壌が出来上がった。いろいろな専門性を持った方にデジタル証券業界に参入していただきたい。また、デジタル証券といいながらも、まだまだアナログな業務が多く残っている。齊藤氏に期待しているのがステーブルコインだ。現在では、資金の移動だけでもかなりの業務負荷がかかっている。来年はさらに業務を効率化して、アセット拡張へアクセルを踏んでいきたい」

梅津氏は、ST社債のさらなる広がりに期待を寄せると同時に、次の点を指摘する。

「受益証券発行信託を発行する際に、発行体と同じグループの証券会社が主幹会社になれるようになった。グループ内の資産を活用し内製化して、STを発行しようとする動きが今後も拡大していくことに期待している」

齊藤氏は、非常にワクワクしていると語り、ステーブルコインの重要性を説く。

「2025年は『ST2.0』になる。ただ、海外とのやりとりも含め、既存の送金手段は大きな障害となっている。来年はステーブルコインを活用して、さらなる効率化を具現化していきたい。それによって、様々な商品のアイデアが実現する年になるだろう」

スタートアップから見たST市場

フォーラムの最後は「新進気鋭のスタートアップが語る、ST市場の変革と成長」と題されたクロージングセッションだ。デジタル証券準備 代表取締役 CEO 山本浩平氏とHash DasH Holdings 代表取締役 實井智宏氏が登壇した。

2020年創業のデジタル証券準備は、社名にあるように、まだライセンスを持たない準備会社という位置付けだ。2025年にはライセンスを取得し、STの組成を開始する計画だという。

また、Hash DasH Holdingsは2019年に設立。証券ライセンスを持った上で、自社運営するSTのプラットフォームを通じ、証券ビジネスとシステム開発の双方のノウハウを生かしたサービスを提供する。創業時から「GK-TKスキーム」の特性を生かしたST化を軸にビジネスを展開している。

共にスタートアアップである両社だが、スタートアアップならではの勝ち筋をどのように考えているのだろうか。「大手の証券会社とは一線を画すような、中規模のアセットやユニークなアセットのST化に注力することが重要だと考えている」と實井氏。

[Hash DasH Holdings 代表取締役 實井智宏氏]

新規参入する投資家を獲得するポイントとして實井氏は、「金融商品としての信頼性を生かしながらも、少し金融商品の匂いを消し、他のサービスとの連携によって自然と参入を促す仕組みを考えることで、今の証券ビジネス領域に入っていない人を呼び込めるのではないか」と語る。

金融商品のコンビニ、マーケットプレイス構築を目指す

一方で、山本氏が将来目指しているのは、デジタル証券のマーケットプレイスを作ることだ。山本氏は「デジタル証券のメルカリをイメージしてほしい。我々は『金融商品のコンビニ』と呼んでいる」と話す。

[デジタル証券準備 代表取締役 CEO 山本浩平氏]

そのコンビニには、様々な利回りの商品が並ぶ。その中で、自分に合った商品を見つけることができるというわけだ。

「いい商品があれば、投資家が集まる。そして投資家が集まるから、さらにいい商品が並ぶ。我々がゲートキーパーとなり、しっかりと目利きした商品が並ぶので、安心して買ってもらえる」(山本氏)

とはいえ課題もある。GK-TKスキームの税制の問題だ。實井氏は「総合課税であることが課題だ」と話す。現在要望を出してはいるものの、この税制の整備にはまだ時間がかかりそうだ。

スタートアップの目線から、今後のST市場の展望をどのようにみているのだろうか。

「オルタナティブ投資の選択肢を広げたり、資金調達手段の多様化したりするなどといった取り組みが、ST市場の発展につながると考えている」と實井氏。

山本氏は、スタートアップは商品性で勝負するしかないと語る。「個人投資家が今まで体験してこなかったようなバリューを出していかなければならない。それがスタートアップのある意味いいところでもある」(山本氏)

山本氏が注目するのは、2200兆円とも言われる家計資産だ。一人ひとりの個人がまとまり、デジタル証券市場を引っ張る立役者となる未来を夢想しているという。「個人投資家の逆襲がデジタル証券によって始まるだろう。メルカリが大きくなっていったように、我々のマーケットプレイスも大きくしていきたい」と山本氏は語り、セッションを終えた。

|文:橋本史郎
|編集:CoinDesk JAPAN編集部
|撮影:多田圭佑