株式と社債を発行してでもビットコインの購入を続けるメタプラネット。東京証券取引所に上場しているホテルの開発運営会社で、その名は国内外で徐々に知られるようになった。
暗号資産・支持派に転じたドナルド・トランプ氏が次期米国大統領に選ばれたことで、世界の暗号資産業界の関係者は北米の動向を注視する展開だ。同時に、時価総額で最大の暗号資産であるビットコインを買い増すメタプラネットに対しては、株式市場も注目する。
暗号資産市場に追い風が吹き始める中、メタプラネットは自らが定義づける「ビットコイン・トレジャリー企業(Bitcoin Treasury Company)」へといかに変わっていくのか?その経営を指揮するサイモン・ゲロヴィッチ氏とは何者か?
昨年2月、メタプラネットが開示した決算短信には「ビットコイン」の文字は一度たりとも出てこない。その約2カ月後の4月、同社はビットコインを資金管理戦略としての重要な準備資産に位置づけ、購入を開始すると宣言した。
ビットコインで株主の数は10倍増
「ビットコインは、価値の保存手段としてのグローバルな実用性を持つ唯一のデジタル準備通貨として際立っている」とゲロヴィッチ社長は述べ、メタプラネットの企業財務の基盤をビットコインに振り切る方針を固めた。
メタプラネットのビットコイン保有量は、6月末の141BTCから9月末には倍増。12月末時点には1,762BTCに増加し、現在の為替レート(記事執筆時点)で換算すると1億6,740万ドル(約262億円)となった。
ブラックロックやフィデリティを筆頭に、米国の大手資産運用会社がこぞってビットコインの現物に紐づく上場投資信託(ETF)を作り、昨年1月に米国の株式市場に上場させた。
これまで、一部の暗号資産愛好家で作られてきたビットコイン市場だったが、巨大な国際金融資本がファンドを通じて参入したことで、暗号資産にはまったく目もくれなかった機関投資家や個人投資家がビットコインETFを買い求めた。
ETFが売れれば売れるほど、それに紐づくビットコインの現物がファンドに組み入れられ、値を上げる。米国で上場されている11本のビットコインETFの運用残高は12月17日時点で、1200億ドル(約18兆円)に膨れあがった。
ビットコインの価格は昨年1年間で上昇を続け、11月には暗号資産を支持するトランプ氏が次期米国大統領に選ばれたことで、価格上昇をさらに勢いづけた。2009年に生まれた時は「紙くず」同然の価値だったビットコインは12月、1BTCあたり10万ドルの大台を超えた。
メタプラネットがビットコインを買い続けた同期間中、メタプラネットの株主数は約5,000人から10倍増の5万人を超えた、とゲロヴィッチ氏。2023年12月に1株160円近辺を彷徨っていたメタプラネットの株価は、1年後に3,500円を超えた。時価総額は1,200億円に達した。
日本では、国内の資産運用会社がビットコインETFの開発を模索しているものの、投資信託に関連する法律や、暗号資産取引に対する税法が足かせとなり、米国で起きた「ビットコインETFブーム」は当面の間、起こらないだろう。
しかし、ビットコインの保有量を増やし続ける国内企業の株式を購入することで、ビットコインの価格上昇がもたらすリターンを間接的に得ようと考える株式投資家は一定数存在する。
東京・五反田のホテルを「ビットコイン・ホテル」に変える
もはや驚くことではないが、暗号資産を扱う企業の経営者や幹部には、過去に投資銀行で働いてきた金融マンが多い。メタプラネットもその1社で、代表取締役社長のゲロヴィッチ氏と、最高執行責任者(Chief Operating Officer)で取締役の阿部好見氏は、ゴールドマン・サックスに勤務してきた人物だ。
両氏のほかにも、財務部門を統括する王生(いくるみ)貴久氏はモルガン・スタンレーやGEキャピタル、ヒューレット・パッカードで、財務とマーケティングの両面で専門性を高めてきた。
社外取締役のベンジャミン・ツァイ氏は、暗号資産の財務分野でも「知る人ぞ知る」人物だ。伝統金融とデジタル資産の双方のプロで、過去にはメリルリンチ日本証券でマネージング・ディレクターを務め、アライアンス・バーンスタインでは資産運用事業に従事した。
現時点で、メタプラネットの収益の源泉は、東京・五反田にある「ホテルロイヤルオーク五反田」の運営だ。昨年1月~9月期の売上高は2億5000万円で、ホテル事業がこの全額を稼ぎ出す。
ゲロヴィッチ氏は今後、3つの事業を柱にメタプラネットの企業価値拡大を図っていくと話す。
1.ビットコイン・トレジャリー・オペレーション:戦略的な資金調達を通じてビットコインの保有量を拡大し、BTCイールドを最大化することで、長期的な株主価値を創出する
2.ビットコイン教育とメディア:日本での独占ライセンスを持つ『ビットコイン・マガジン・ジャパン(Bitcoin Mazazine Japan)』を活用し、ビットコインの普及と教育を推進し、全国的な認知度を高める。
3.ホテルロイヤルオーク五反田の再構築:「ホテルロイヤルオーク五反田」を「The Bitcoin Hotel(ビットコインホテル)」として再開発し、ビットコイン教育、コミュニティ構築、交流の拠点として活用する。
ホテルの再開発計画を巡っては、「従来の不動産事業は資本集約型で、場所に依存し、継続的な投資なしにはスケーラビリティを欠く。一方、ビットコインは流動性が高く、国境を越え、スケーラブルだ。この特性は、外的要因に脆弱なビジネスモデルから、デジタルキャピタルの未来と一致するモデルへの転換を目指す我々にとって自然な選択肢となる」とゲロヴィッチ氏は述べる。
『ビットコイン・マガジン・ジャパン』開始でシナジー効果
ビットコインにウェイトを置いた経営戦略は、ホテルの再開発にとどまらない。
メタプラネットは昨年、ビットコインの専門メディアとして影響力のある『ビットコイン・マガジン(Bitcoin Magazine)』の日本版『ビットコイン・マガジン・ジャパン(Bitcoin Magazine Japan)』の独占運営権を取得した。今年前半には、日本版の運営を始める。
『ビットコイン・マガジン』は、イーサリアムの共同創業者の一人であるヴィタリック・ブテリン氏が大学在学中に記事を執筆していたメディアとしても知られる。
昨年7月、大統領選挙戦を前にテネシー州ナッシュビルで開かれたカンファレンス「Bitcoin 2024」を主催したのも、『ビットコイン・マガジン』を運営するBTC Media Incで、トランプ次期大統領が出席したことで話題となった。
ゲロヴィッチ社長は、「財務指標を超えて、ビットコインについてより多くの人たちが学べる取り組みを進めていきたい。その一環として、日本でのコミュニティ活動の基盤となる『ビットコイン・マガジン・ジャパン』をスタートさせる」と話す。
ナスダックはビットコイン投資企業をインデックスに採用
メタプラネットが注視する経営指標とは何か?
ゲロヴィッチ氏は、「BTCイールド」と呼ぶ指標をあげる。
BTCイールド(ビットコイン・イールド)の定義は、「ビットコインの保有総額と、完全希薄化発行済み普通株式数の比率の前四半期の変化率を示すもの」となる。
この指標を先行して導入しているのが、米ナスダックに上場しているマイクロストラテジー社だ。
ヴァージニア州に本社を構えるマイクロストラテジーは、企業向けにリサーチソフトウェアを開発してきたが、ビットコインの購入と保有を継続的に進めてきた事業会社として、暗号資産業界で知らない人はいないだろう。
これまで、マイケル・セイラー社長が指揮するマイクロストラテジーがビットコイン購入を発表するたびに、業界のニュースメディアが取り上げ、その名が知られるようになった。ビットコインの投資戦略を始めた2020年には、一部の株式市場関係者がその戦略に首を傾げてきたが、今となっては市場が見過ごすことのできない株式銘柄となった。
マイクロストラテジーの株価は昨年1年間で6倍以上となり、時価総額は約930億ドルに達し、ナイキ(約930億ドル)の規模に並ぶ。12月、ナスダックはマイクロストラテジー株をナスダック100指数に採用すると発表すると、市場では今年中にもインデックスの「S&P500」に採用されるとの見方が聞かれるようになった。
ビットコイン保有企業で世界トップ10入りを目指す
ビットコイン・トレジャリーズ(Bitcoin Treasuries)は、ビットコインを保有する企業やファンドのランキングが一目で分かるサイトだ。このランキングによると、43万9000BTCを保有するマイクロストラテジーが現時点でトップに君臨している。
イーロン・マスク氏のテスラ(9720BTC)が3位で、米暗号資産取引サービス大手のコインベース(9480BTC)は4位。ビットコインを長年にわたり支持してきたジャック・ドーシー氏が率いるブロック(Block=旧Square社)は、8363BTCで8位に位置する。
上位10社には米国とカナダの企業がずらりと並び、メタプラネットは現在20位だ。
果たしてメタプラネットは今年、どれほどのビットコインを買い付け、保有量を増やしていくだろうか?
「公の場で聞かれれば、『可能な限り多くのビットコインを購入したい』と答えるだろう。ただ、現在の保有量を2倍にするだけでは不十分だと考えている」とゲロヴィッチ氏は話す。
「私たちの目標は、世界でトップ10のビットコイン保有企業にランクインすること。そのためには、保有量を10,000BTC以上に増やす必要がある」
ハーバード大学で応用数学と金融を学んだ後、ゴールドマン・サックスに入社したゲロヴィッチ氏。その後、東南アジアのホテルビジネスに参入し、ホテル業とビットコイン事業を並走するメタプラネットの経営を担うまでに至った。オーストラリア政府の外交官を務めた父を持ち、日本での生活も長い。
今年、メタプラネットによるビットコインの買い付けは昨年以上に、暗号資産市場に加えて株式市場からも注目を集めるだろう。同時に、ホテル事業を再定義し、メディア事業を始めることで、メタプラネットは企業価値をさらに向上できるだろうか。ゲロヴィッチ社長の手腕が試される。
|インタビュー・文:佐藤 茂
|撮影:Yossy