「2021年のクリプト・サマー(暗号資産・夏の時代)とはわけが違う。マーケットが活発化するのはこれからだ」。野村ホールディングスの暗号資産子会社、レーザー・デジタル日本法人の経営を指揮する工藤秀明氏はこう話す。
ビットコインを中心に暗号資産の大口取引のオーダーが増加するなか、野村はレーザー・デジタル(Laser Digital)を通じてトレーディングと資産運用事業をさらに強化する。
野村は、国内の金融機関ではブロックチェーンで取引されるデジタル資産の事業基盤をいち早く築いてきた。レーザー・デジタルは機関投資家向けに、トレーディング、アセットマネジメント、ソリューション、ベンチャー投資の4事業を開始し、事業拡大を図っている。
「機関投資家からの引き合いが増える一方で、世界の競合との競争も強まってきている。スイス、中東、ロンドン、東京の拠点が密に連携して、トレーディングと資産運用の引き合いに応えられるようにしたい。グローバル市場は活況と言えるが、これは始まりに過ぎないだろう」
世界でいったい何が起きているのか?
12月、レーザー・デジタル・ジャパン代表取締役社長の工藤氏は東京・豊洲にある野村のオフィスで取材に応じた。
米資産運用大手の参入で激変したグローバル市場
2024年、暗号資産市場が大きな転換期を迎えたことは明らかだ。
ブラックロックやフィデリティを筆頭に、米国の大手資産運用会社がこぞってビットコインの現物に紐づく上場投資信託(ETF)を作り、ちょうど1年前に米国の証券市場に初めて上場させた。
これまで、一部の暗号資産愛好家で作られてきた暗号資産市場だったが、巨大な国際金融資本がファンドを通じて参入したことで、暗号資産にはまったく目もくれなかった機関投資家や個人投資家がビットコインETFを買い求めた。
ETFが売れれば売れるほど、それに紐づくビットコインの現物がファンドに組み入れられ、ビットコインの値を上げる。米国で上場されている11本のビットコインETFの運用残高は12月25日時点で、約1100億ドル(約17兆円)に膨れあがった。
ビットコインの価格は昨年1年間で上昇を続け、11月には暗号資産を支持するドナルド・トランプ氏が次期米国大統領に選ばれたことで、価格上昇をさらに勢いづけた。
2009年に生まれた時は「紙くず」同然の価値だったビットコインは12月、1BTCあたり10万ドルの大台を超えた。
暗号資産は2021年にも好景気に沸いた。しかし、3年前とは足元の市場は大きく異なると、工藤氏は分析する。
ステーブルコインの崩壊と隆盛
2021年当時、暗号資産のグローバル市場全体の1日当たりの取引量は3,000億~4,000億ドル(約33兆~34兆円)に達し、当時としては史上最高額を記録した。まさに「クリプト・サマー」と呼ばれるほどに活況だった。
2024年12月初旬、欧米が年末の休暇シーズンに入る直前の取引高は、一時的に5000億ドルを超え、中旬頃には1500億ドル~3500億ドルのレンジに落ち着いた。
遡って2022年5月、当時の「夏の時代」は終わりを迎えようとしていた。
「テラ・ショック」と呼ばれる事態が勃発したのだ。テラ(Terra)は、韓国のテラフォーム・ラボが開発した米ドルに連動(ペッグ)するステーブルコインのエコシステムで、1トークン=1ドルの価値を維持するためにアルゴリズムと、テラが独自に発行していた暗号資産「LUNA」が使われた。
テラのステーブルコイン「UST」のペッグが崩壊し、LUNAトークンの供給量は急増。トークンの価値がほぼゼロに暴落する事態が起きた。連鎖的な崩壊により、投資家の損失は数十億ドル規模に膨れ、暗号資産市場全体を揺さぶった。
加えて、2022年後半から始まった本格化した「暗号資産・冬の時代」は、その年の11月に起きた「FTXショック」で、その冬の気温を一気に下げることになる。
サム・バンクマン-フリード氏が設立した世界最大級の暗号資産取引所「FTX」は、財務上の不透明性が暴露され、関連企業のアラメダ・リサーチとの間で資金の不正利用が疑われたことから流動性危機に陥り、事業の運営が破綻した。FTXは同月に米国連邦破産法第11章、いわゆる「チャプター11」の適用を申請した。
結局、テラが開発したアルゴリズム型ステーブルコインの構造的な脆弱性が露わとなり、規制の議論が活発化するきっかけとなる。同時に、担保型ステーブルコインの隆盛が強まっていく。
現時点で、全てのステーブルコインの時価総額は12月25日現在、約2030億ドル(約32兆円)。そのうちの70%を占めるのがテザー・ホールディングスが発行する「USDT」で、米サークル・インターネット・グループが発行する「USDC」は2番目に大きく約20%のシェアをとっている。
どちらも米ドルに連動するステーブルコインで、担保型ステーブルコインに区分される。1ステーブルコイン=1ドルの価値を維持するために、両社ともにリザーブファンドを作り、その中で現金の米ドルや短期国債などを中心に積み上げている。
欧州、中東、アジアで増える新規の法人顧客
工藤氏は、「2021年と比べながら2024年を振り返ると、(USDTとUSDCの)ステーブルコインの急成長は機関投資家顧客からの引き合いを見ていても実感する」と述べる。中東にあるレーザー・デジタルのトレーディングデスクには、既存の法人顧客に加えて新規の顧客からの引き合いが入る。
新規の法人が暗号資産取引を始めるとき、ステーブルコインを取得して市場参入するケースが多い。ステーブルコインは、暗号資産の売買で利用する決済通貨や、暗号資産を売却した後に換金する「待機資金」として広く利用されるようになった。
工藤氏は、「増加傾向にある新規の法人顧客は、欧州や中東、アジアなど地理的には分散している」と言う。「法人顧客も今ではグローバル化している。例えば、ドバイにオフィスを構えている機関投資家は多いが、必ずしもその全てがドバイに本社を置く企業ではない。伝統的金融機関がそうであったように、欧米の金融機関の多くはアブダビにオフィスを構えてきた」
レーザー・デジタルは昨年6月、アブダビの金融当局から「FSP」と呼ばれるライセンスを取得した。FSPは「Financial Services Permission(金融サービス許可証)」の略で、アブダビが国際金融地区に指定している「アブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)」のエリア内で、従来の金融商品と暗号資産を含むデジタル資産の運用事業や、ブローカー事業を行うことのできるライセンスのことだ。
「アラブ首長国連邦(UAE)が非常にオープンな政策をとっていることもあり、数々の(暗号資産)プレイヤーがアブダビやドバイに拠点を開設するなど、動きは一層活発となった」(工藤氏)
日本とグローバル市場のギャップ
一方の日本では、国内の資産運用会社がビットコインETFの開発を模索しているものの、投資信託に関連する厳しい法律などが足かせとなり、米国で昨年に起きた「ビットコインETFブーム」は当面の間、起こる気配はない。
また、霞が関や永田町では、暗号資産所得に対する税制の議論がいまだに続いている状態だ。日本の法律では暗号資産所得は雑所得となり、税率は最大で55%の総合課税。一方、ETFを含む従来の金融資産の売買から得られるリターンは分離課税となり、一律20%だ。
金融庁は昨年、暗号資産を資金決済法で規制している今の仕組みが適切かどうかを検証するための議論を始めた。ビットコインは「決済」を目的とする手段ではなく、むしろ法人や個人が「金融商品」として取引する「資産」ではないか、といったことが議論されているという。
税制を改正する際の日本の従来プロセスを鑑みると、暗号資産所得に対する税制が突然改正されるということは考えにくい。日本の政治家と官僚が議論を続けているなか、暗号資産を筆頭にデジタル資産のグローバル市場は、変化・拡大を続けている。
工藤氏は、「レーザー・デジタルにおいても当然、グローバル事業の拡張の方が圧倒的に速い」と述べた上で、レーザー・デジタル・ジャパンが行っている業務は主にグローバル事業としての支援だと説明する。
同時に、日本でのビジネス機会の探索を進めていると、工藤氏は話す。
「(暗号資産)ETFやステーブルコインに関する議論は続いている。現時点で、多くの日本の機関投資家にとって、暗号資産を組み入れた資産運用については『検討中』ということになる。(市場が動くまでには)時間はかかるだろう。しかし次の2年,3年で、日本の市場がまったく形成されないということにはならないだろう」
昨年11月、首相の諮問機関にあたる金融審議会は作業部会を開き、ステーブルコインについての議論を行った。世界で流通量を増やしているUSDTやUSDCのように、日本円連動型ステーブルコインについては、裏付け資産として流動性の高い短期国債を認める案が浮上した。
同日に開示された作業部会の資料によると、金融庁は短期国債(満期が3カ月のもの、あるいは満期3カ月超の日本国債であっても、取得時点における残存期間が3カ月以内のもの)や、定額預金を裏付け資産に認める案を示している。
野村とレーザー・デジタルが昨年共同で行ったアンケート調査によると、回答した国内の機関投資家のうち6割以上が、暗号資産を分散投資の機会と考えており、実際に投資する場合、望ましい配分比率として運用残高の2%~5%を想定しているという。
しかし、工藤氏は「実際に国内の機関投資家が、相応の大口取引を日常的に行えるようになるには、市場環境が整備されることが条件となる。やはり、相当の時間がかかるのではないだろうか」とした上で、「世界を見渡すと米国中心に急速に市場環境が変わることが想定されるため、日本も柔軟かつ迅速に変わっていくことを期待したい」と述べた。
トランプ政権のアメリカが日本市場を揺さぶる
それでは、日本の機関投資家が動き出すきっかけとなる起爆剤とはなにか?
工藤氏は、トランプ政権の米国が暗号資産に対する規制をより明確にし、米国市場の整備が一段と進めば、暗号資産投資を真剣に考える日本の機関投資家は現れてくると予測する。
米国最大の銀行JPモルガン・チェースも、トランプ新政権下の暗号資産業界の行方を追っている。
12月、JPモルガンのリサーチチームがまとめたレポートは、米新政権の移行チームは既に暗号資産規制と、業界の発展を前向きに議論するための下地を作り終えようとしていると述べている。
例えば、トランプ氏がスコット・ベッセント氏を次期財務長官に指名したことは、JPモルガンの指摘を裏付ける事実の1つだろう。イェール大学を卒業し、著名投資家ジョージ・ソロス氏のファンドで最高投資責任者を務めたベッセント氏は、「米国第一」主義の擁護者と言われるが、米国の暗号資産市場の成長を支持する一人でもある。
現にベッセント氏は昨年7月、米フォックス・ビジネスのインタビューの中で、「(トランプ氏が)暗号資産を受け入れたことに興奮している。それが共和党の理念と非常にうまく調和していると思う。暗号資産は自由を象徴しており、暗号資産市場はこれからも存在し続ける」とコメントしている。
また、トランプ氏は次期政権に「AI・暗号資産担当長官(AI and Crypto Czar)」の新ポストを設け、デビッド・サックス氏を指名した。サックス氏は、暗号資産の管理・保管サービスのビットゴー(BitGo)や暗号資産投資のビットワイズ(Bitwise)などに出資してきたクラフト・ベンチャーズの共同創業者だ。
さらに米国では、州政府がビットコインの「国家戦略備蓄」を始めるべきと訴える議会議員が現れるようになってきた。原油や石油製品の国家備蓄は日本も行ってきたが、「デジタルゴールド」と称されるビットコインが、次世代の金融基盤を固める上で戦略的に重要と考えれば、議論に値するのかもしれない。
何はともあれ今年、米国市場が成長フェーズに乗れば、「アメリカの大手投資銀行も大きく動いてくるだろう」と工藤氏は話す。
「米国の規制と市場環境の整備が進めば、グローバル市場にも良い影響を与えると考えている。レーザー・デジタルとしても動きやすくなってくる」
|インタビュー・文:佐藤 茂
|撮影:今村 拓馬