ビットコインを支える「ハッシュキャッシュ」誕生の経緯とは【アダム・バック氏インタビュー前編】

10月、米ケーブルTV局HBOがビットコインの生みの親「サトシ・ナカモト」の正体に迫るドキュメンタリーを放映したことで、サトシ・ナカモトは誰なのか? という議論が再び注目を集めた。過去、ビットコイン開発の初期に関わった人物を中心に、数名が「サトシ・ナカモト」と名指しされた。

ブロックチェーン開発企業で、ビットコインレイヤー2「Liquid Network(リキッドネットワーク)」を手がけるBlockstream(ブロックストリーム)の創業者アダム・バック(Adam Back)氏もその1人だ。バック氏が90年代後半にスパムメール防止のために開発した「ハッシュキャッシュ(Hashcash)」は、ビットコインの基盤技術であるプルーフ・オブ・ワーク(PoW)メカニズムに活用されている。

2024年の締めくくりに、アダム・バック氏へのインタビューを2日にわたってお届けする。

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──あなたはビットコインのエコシステムに深く関わっている。一方で今、暗号資産(仮想通貨)全体を見ると数多くのアルトコイン、最近ではミームコインが登場している。現状をどう見ているか。

バック氏:インターネットに似ていると思う。インターネットを支えているのはTCP/IPで、すべてが1つの同じレイヤー上で動いている。世界中にはさまざまなネットワーク機器メーカーがあり、多くの製品を作っているが、すべて同じTCP/IPを使用している。

私の見解では、ビットコインは「お金のインターネット」の標準レイヤーであり、プロトコルだ。一方、アルトコインはギャンブルや投機的な要素が強い。カジノや宝くじのようなものとしか思えない。

本格的な投資家たちがどう考えているかを見ればわかるだろう。彼らはビットコインを投資資産と見なし、他のコインは本格的なものではなく、ミームコインやギャンブルだと考えるだろう。だが本物ではないとわかっていながら、ゲームやカジノで遊びたい人もいる。私はビットコインや電子マネーのポジティブで本格的な影響力に興味を持っている。

──イーサリアムにはNFTやステーブルコインなどのユースケースがあり、キラーアプリが存在すると主張する人もいる。

バック氏:USDTなどのステーブルコインは、ユースケースに粘着性がないと考えている。多くの人は今、ステーブルコインを取引での送金に使っているだけだ。より安価な手段を選択し、送金している。

今、トロン(Tron)ブロックチェーン上のUSDTのトランザクションが増えているが、数カ月以内には、おそらく別のネットワークに変わっているだろう。NFTにも懐疑的だ。作品を支援したり、購入することには、一定の価値があると思うが。

[9月に開催されたBITCOIN TOKYOに登壇したバック氏/撮影:CoinDesk JAPAN]

──ビットコインでもNFTのようなアプリケーションやNFTなどの取引は盛んになるだろうか。

バック氏:すでに何年も前から複数のプロジェクトが存在しているが、ビットコインユーザーは本格的なアプリケーションに関心があるため、さほど人気は広がらないだろう。

ビットコインはレイヤード・アーキテクチャ(階層型構造)として、きわめて整っている。実際、正しいアーキテクチャだと思う。インターネットやGSM(携帯電話のネットワーク)もそうだ。ほとんどの重要なネットワークはレイヤード・アーキテクチャを採用している。つまり、広く普及し、広く使用されているネットワークはすべて、ネットワーク理論の基本的な理由から階層型に設計されている。

ビットコインでは、異なるユースケースに対応するレイヤー2のイノベーションと目的に合わせた特化が進んでいる。1つ目は、ライトニング(Lightning)だ。それに加えて、リキッド(Liquid)があり、さらに今では、プライバシーに特化したレイヤー2や、次世代ライトニングと呼ばれるものもある。レイヤー2は、さまざまなユースケースに合わせて開発されている。

──つまり、ビットコインにはすべてが揃っているが、さまざまなレイヤー2の進展を待たなければならないのだろうか。

バック氏:ビットコインのプロトコル自体に手を加えるには、コンセンサスが必要だ。エコシステム全体、つまりユーザー、取引所、マイナーがソフトウェアをアップグレードしなければならない。かなり複雑なことになる。

だが、レイヤー2ならより実装しやすい。レイヤー2に新しいアイデアを持つ人なら誰でも、アイデアを実装できる。ビットコインレイヤー2を構築する新しい方法を模索する人もいる。活発な研究とイノベーションが行われている。

ブロックチェーンはそもそも取引(トランザクション)向けに設計され、最適化されている。非取引的なユースケース、特に大量のデータを伴うNFTなどには、特にビットコインは不適切なアーキテクチャであり、非効率的になる。ビットコインのトランザクションを見ればわかるが、取引に必要な、最もコンパクトで最小限の情報のみが含まれているように最適化されている。

暗号技術への興味のきっかけ

──暗号技術の研究だけでなく、キャリアの初期にはデイトレードを行っていたと聞いたことがある。

バック氏:コンピュータサイエンスを学んだが、16歳から18歳にかけては経済学も学んでおり、自由市場理論における経済や、自分の資産を管理する方法などについて理解しようと考えた。

オンライン証券のイー・トレード(E*Trade)で取引を始め、さまざまな株を買った。もちろん、初期には間違いを犯したり、短期売買も行った。だが、時間が経つにつれて、バリュー投資家になり、デイトレーダーではなくなった。つまり、企業と企業が作る製品について理解したいと考えるようになった。「製品は不況になっても需要があるものだろうか」「5年後にも需要があるか」というような考え方だ。

長期的な投資というマインドセットは、ビットコイン投資を考えるときにも有利になる。ビットコインはボラティリティが高く、最初の取引経験がビットコインだと取引の基本を学ぶことは難しい。ほとんどの人にとっては、ビットコインをバリュー株と同じように取引するのが良いだろう。

これは、歴史的にもビットコイン市場に参加する安全な方法だと証明されている。いわゆる、ドルコスト平均法であり、長期保有だ。そうでなければ、感情的な、ジェットコースターのような意思決定プロセスに陥ってしまう。ドルコスト平均法で長期保有し、ボラティリティについて考えないで済むようにするのが良いだろう。

──暗号技術に興味を持った理由は?

バック氏:大学に入る前から、コンピューターセキュリティに興味があった。ネットワークや暗号化プロトコルが権力のバランスをどのように変化させ、物理的な世界におけるプライバシーを取り戻すことができるかについて考えた。現金決済ではプライバシーが守られるが、オンラインではプライバシーを失ってしまう。テクノロジーを使ってプライバシーを回復させることは非常に面白いと感じた。「サイファーパンク」(国家による暗号技術の規制に反対する運動)にも興味があった。

興味深いプロトコルの1つは、電子マネーだ。電子マネーを使えば、プライバシーを確保しながら、インターネット上で決済できる。だが電子キャッシュシステムの設計はきわめて難しく、初期のシステムは集中型であり、そのせいで失敗した。

分散型電子キャッシュシステムの設計は、技術的にさらに困難で、私をはじめ多くの人が取り組んだが、すべてを解決するソリューションを見つけることはできなかった。そんなときにサトシが『ビットコイン: P2P電子通貨システム』を発表した。

──サトシの論文で言及され、ビットコインマイニングにも活用されている「ハッシュキャッシュ」という名前はどのようにして生まれたのか?

バック氏:電子メールのプライバシーを確保するリメーラーを運用していたが、多くの人がリメーラーでスパムメールを送るようになった。通常、スパムメールは送信者のIPアドレスやメールアドレスをブロックするが、リメーラーなので送信者は特定できない。

私は何が真の問題かを考え、原因は電子メールが無料なことにあると考えた。もしメール送信にコストがかかれば、スパムメールはなくなるだろう。だから「メールを受け取るためには、受信者が送信者から料金を受け取るようにすればよいのではないか」と考えた。だが当時、スケーラブルな電子キャッシュの構築に成功した者はおらず、電子キャッシュはハードルが高いので、キャッシュの代替案を作ることにした。それがハッシュキャッシュ(Hashcash)だ。

ハッシュキャッシュはいわば、切手のようなもので、生成には作業が必要になるが、受信者は消費可能な価値として受け取るわけではないので、キャッシュとしての特性は備えていない。だが、メール送信にコストがかかることになり、スパムメールを減らすことができる。ある意味、キャッシュの代替物なので「ハッシュキャッシュ」と名付けた。

※後編は明日公開予定。ビットコインとの関わりについて、さらに聞いています。

|インタビュー:渡辺一樹
|文:CoinDesk JAPAN編集部
|写真:多田圭佑