暗号資産(仮想通貨)などのデジタル資産の事業基盤を国内外で固めてきたSBIホールディングスが、2025年も拡大のアクセルを踏み込む。
まずは、子会社で暗号資産取引サービスを運営するSBI VCトレードが、米ドルに連動するステーブルコイン「USDC」の取り扱いを開始する。世界で流通するステーブルコインがいよいよ日本に上陸する。
「第1四半期の早い時期には、(個人と法人が)利用できるようにしたい」と、SBI VCトレード・代表取締役社長の近藤智彦氏が取材で明らかにした。実現すれば、国内の暗号資産取引所が米ドル連動ステーブルコインを扱うのは初となる見込みだ。
USDCは米サークル(Circle Internet Financial)が発行するステーブルコインで、ブロックチェーン上で取引されるデジタルマネーだ。暗号資産の世界市場では、米ドルペッグのステーブルコインを取引に利用するケースが著しく増え、ステーブルコイン全体の時価総額は2000億ドル(約31兆円)を超える。
アフリカ、南米、東南アジア、中東では、米ドルの代わりに米ドルステーブルコインを国際送金で使う利用者が増えてきた。銀行を経由する法定通貨による従来の送金とは異なり、ステーブルコインは暗号資産レールの上で即時に取引され、手数料は格段と安い。
スマートフォンで動くウォレットアプリとインターネット接続があれば、金融システムの整備が発展途上のグローバルサウスの人たちでも簡単に利用できる。加えて、基本的な銀行サービスを受けることができない多くの国民を抱えるアフリカや南米諸国では、自国の法定通貨が慢性的に不安定の中、米ドルペッグのステーブルコインは、「銀行口座が要らない米ドル預金」として、利用者を増やしてきた。
日本で期待されるUSDCのユースケース
近藤社長は、「日本でもUSDCを利用した国際送金の需要は個人、法人ともに強くなっていくだろう」と述べた上で、「インバウンド客が買い物に利用でき、国内の消費者は越境Eコマースサービス等を通じて購入決済に利用できるようになる。また、ゲームの中で利用できる決済手段としてのユースケースが考えられる」と話す。
また、地方創生を促すために、ブロックチェーンを基盤とした、いわゆる「Web3」のアプローチで解決策を見出そうとする地方行政や地元企業は少なくない。一部の地方行政は、海外からの旅行客を含めた「関係人口」を増やし、日本国内での消費増に繋げる施策を検討している。海外ステーブルコインが日本で流通することで、世界と日本の地域経済を繋げるデジタルマネーとしての役割も期待できる。
USDCは「担保型ステーブルコイン」で、1USDC=1ドルの価値を維持するため、発行量と同等の米ドルや短期米国債をリザーブファンドに積み上げる。サークルはUSDCの流通額と、リザーブファンドで運用している米ドルや米短期国債などの内訳をタイムリーに公開している。
USDCは時価総額で世界第2位のステーブルコインで、その規模は約420億ドル(約6.6兆円)。世界最大のステーブルコインは、テザー社が発行している「USDT」で、約1380億ドル(約21.7兆円)だ。
日本では、ステーブルコインを「電子決済手段」と定め、22年に資金決済法を改正した。世界でいち早くステーブルコインの法規制を整備してきた。SBIは23年11月にサークルと包括的業務提携を結び、日本での事業設計を進めてきた。金融庁との話し合いも同時に行ってきた。
SBI VCトレードは電子決済手段等取引業(電取業)の登録を完了させた上で、同社に口座を持つ個人と法人顧客に対して、USDCの売買や入出金のサービスを行うことができる。同社は、客から預かるUSDCと同額の米ドルを保全(カストディ)する必要があるが、SBIグループの新生信託銀行がこの資金の保全を行うと、近藤社長は説明する。
「ダブル・リザーブ」、海外ステーブルコインの課題
海外の暗号資産ウォレットから受け取ったUSDCを、その個人が持つSBI VCトレードの口座に送ることは可能となるが、その際、SBI VCトレードは同量の米ドルをリザーブする必要がある。
個人がSBI VCトレードの口座にあるUSDCを円転(日本円に換金)した場合、同社はその分の米ドルをリザーブする必要はなくなるが、仮に個人がUSDCをしばらくの間口座に保管するとなると、同社は同量の法定通貨をリザーブする。
海外のステーブルコインを日本で流通する上でのビジネス上の課題の1つと言える。
サークルは米国でUSDCの裏付け資産である米ドルや、短期国債などをリザーブしているが、SBI VCトレードもまた、日本で扱うUSDCの同量の米ドルをリザーブする。近藤氏は、いわば「ダブル・リザーブ」の課題を指摘する。
「当面はダブル・リザーブを維持する方法で進めるが、解消しなければビジネスとしてはスケールしていかない。解決する術はいくつか考えている」(近藤氏)
また、電取業者が海外のステーブルコインの仲介をする場合、送金の上限額は100万円と定められている。
暗号資産ファンドで出遅れた日本、模索し続けるSBIアセット
ステーブルコインの流通量が増加した一方で、24年は米国の資産運用会社が暗号資産市場での存在感を強めた1年となった。
ブラックロックやフィデリティ、フランクリン・テンプルトンを筆頭に、米国の大手アセットマネジメントがこぞってビットコインの現物に紐づく上場投資信託(ETF)を作り、昨年1月に米国の証券市場に初めて上場させた。
これまで一部の愛好家で作られてきた暗号資産市場に、巨大な国際金融資本がファンドを通じて参入したことで、暗号資産に目もくれなかった機関投資家や個人投資家がビットコインETFを買い求めるようになった。
米国で上場されているビットコインETFの運用残高の合計は12月25日時点で、1100億ドル(約17兆円)。
日本では、米国に上場されているビットコインETFを、国内のネット証券を通じて購入することはできない。国内の資産運用会社は日本版・ビットコインETFの組成と上場を模索してきたが、「投信法(投資信託及び投資法人に関する法律)」と呼ばれる現行の法律の下では、実現は難しい。
投信法では、組成する投資信託(ファンド)の資金を投資できる資産が特定されているが、ビットコインなどの暗号資産は「特定資産」に含まれていないからだ。
「ゴールド」と「デジタルゴールド」ETFを組み入れたファンド
そこでSBIが検討しているのは、米国に上場されているビットコインETFと、インフレヘッジとして注目され続けてきたゴールド(金)に紐づくETFの双方を組み入れたファンドの組成だ。
SBIホールディングスの取締役副社長で、SBIグローバルアセットマネジメントの社長を務める朝倉 智也氏が取材で構想を明かした。
伝統的資産クラスのゴールドと、「デジタルゴールド」と呼ばれるビットコインに紐づく、それぞれのETF(証券)に投資する投資信託を作ることは可能ではないか。
「設定が可能かどうかわからないが、もし当局が承認して頂けるなら、是非とも前に進めていきたい」と朝倉氏は言う。
朝倉氏は、「暗号資産は非中央集権的な商品であり、米ドルを筆頭に通貨は中央集権的なもの。日本や米国などの国家は債券を発行してバブルを作ってきた。同時に債務は増え続けた。長い目で見たら、法定通貨の信用が失墜する可能性はゼロではない」と述べた上で、「非中央集権的なテクノロジーから生まれた暗号資産と、中央集権的で伝統的なアセットクラスを併せることは、アセットアロケーション(資産分配)の観点からすると理にかなっている」と説明する。
SBIアセットマネジメントはこれまでにも、ブラックロックやバンガード、チャールズ・シュワブなどの米資産運用会社が運営するETFを組み入れた投資信託を販売してきた。また、過去6年間、同社は暗号資産を組み入れたファンドの組成に対しても、国内の資産運用会社の中では積極的に探求してきた。
当然、日本の産業が競争力を強めながら成長していくために、ビットコインが投信法の中で特定資産に含まれるようになり、日本の資産運用会社がビットコインETFを作り、国内の証券市場を通じて販売できるようになることが理想的だと、朝倉氏は話す。
加えて、議論が再燃している暗号資産の税制も、日本でビットコインETFが生まれない要因の1つだ。
日本の法律では暗号資産取引で得られる所得は雑所得となり、税率は最大で55%の総合課税。一方、ETFを含む従来の金融資産の売買から得られるリターンは分離課税となり、一律20%だ。
現行の税制でビットコインETFが生まれると、ビットコイン現物の取引サービスと、ビットコインETFが競い合うかたちとなり、一定数の投資家は税率の低いETFに流れる可能性があると、一部の暗号資産交換業界・関係者は指摘している。
しかし、24年12月、自民党・デジタル社会推進本部の塩崎彰久議員は、与党の政調審議会で、「暗号資産を国民経済に資する資産とするための緊急提言」が承認されたことを報告した。その中で、暗号資産の取引により生じた損益に対して、20%の税率による申告分離課税の対象とする検討を行うべきと提言した。
「『国民経済に資する資産』という言葉が使われたことは、これまでになく意味が強い。米国のようなスピード感とまではいかないが、日本の当局も今まで以上に(暗号資産に)注目しており、スピードも上がっているように思える」と近藤氏は述べる。
巨大化するか、米国の暗号資産市場
米国では、大手資産運用会社がビットコインETFを売り出したことで、個人と機関投資家に対して投資機会を与えただけでなく、暗号資産業界に新しいビジネス機会を与えた。結果的に、同業界の国際競争力を高めることにもつながっている。
例えば、ブラックロックがビットコインETF「iShares Bitcoin Trust ETF(IBIT)」を運用する際、ファンドを通じて保有しているビットコイン現物の管理・保管(カストディ)業務は、米コインベース(Coinbase)が担っている。コインベースは、暗号資産取引サービスとブロックチェーンの開発を手がける企業で、2021年にナスダック市場に上場した。
22年に一時低迷したコインベースの株価は、23年から緩やかな上昇トレンドに乗った。
今月、暗号資産・支持派に転じたドナルド・トランプ氏が率いる政権運営がいよいよ始まる。米国がステーブルコインや暗号資産の法規制の整備を加速させ、同業界と市場の急成長に対する期待が強まっている。暗号資産市場は24年後半に「バブル」ともとれる好景気に沸いた。
朝倉氏は、「期待が先行している。新政権が(米国の)暗号資産の法規制を整備するにしても、それ相応の時間がかかるだろう。株式、債券などの市場は不透明感が強く、ボラタイル(変動幅が大きい)な相場がしばらくは続くだろう。一方、日本にとっては、25年はステーブルコイン・元年の年となり、デジタル資産市場がまた進化していく」と話した。
|インタビュー・文:佐藤茂
|撮影:多田圭祐