法定通貨にペッグする「ステーブルコイン」は世界中で流通するまでに拡大し、ブロックチェーン技術が生み出したキラーアプリケーションと言われるようになった。このステーブルコインがいよいよ日本に上陸する。
SBIホールディングスの子会社で、暗号資産(仮想通貨)取引サービスを運営するSBI VCトレードが、流通量で世界第2位の米ドル連動ステーブルコイン「USDC」の取扱いを始める。2025年第1四半期の早い時期の開始を目指す。
詳細記事:SBI、ステーブルコイン「USDC」のサービスを1~3月に開始へ──ビットコインETFの組み入れファンドも検討
一方、日本や米国などの先進国の金融システムを長く支えてきた銀行は、従来の預金口座に紐づく「預金トークン」と呼ばれるデジタルマネーの開発を進めている。
どちらもブロックチェーンを基盤とするデジタルマネーであるが、ステーブルコインはスタートアップ企業が主導したイノベーションであるのに対して、預金トークンは金融界が既存の銀行口座をデジタル化・トークン化したものと言える。
果たして、ステーブルコインはこれからの日本でどう利用され、国民にどんな便利さと豊かさをもたらすだろうか?
ステーブルコイン(STABLECOIN)は文字通り、法定通貨に「安定的(STABLE)」に連動するトークン(COIN)のことで、世界で暗号資産を日常的に取引する人や、グローバルサウスに住み、銀行サービスを受けることのできない人たちにとっては優れものだ。
30兆円超、世界を駆けめぐるステーブルコイン
ステーブルコインの何がすごいのか?
米ドルは世界で高い信用力を持ち、国際取引で最も利用されている基軸通貨。それと同様に、暗号資産が取引されるレールの上で最も多く利用されているステーブルコインは、米ドルに連動する「テザー(USDT)」と「USDC」の2つだ。
スマートフォンとインターネット接続さえあれば、ウォレットアプリや暗号資産取引アプリを通じて、誰でも技術的には利用することができる。
USDTの時価総額は現在約1400億ドルで、日本円に換算すると約22兆円で、USDCは約415億ドルで約6.5兆円。データ分析のDefiLamaによると、ステーブルコイン全体の時価総額は約2045億ドル(約32兆円)で、テザーが発行するUSDTは約7割を占め、世界最大のステーブルコインだ。
ちなみに、ステーブルコインを含めた暗号資産全体の時価総額は約3.2兆ドル(約500兆円)。ビットコイン(BTC)が1.88兆ドルで最大のシェアを占め、イーサリアム・ブロックチェーンのネイティブトークン「ETH」は2番目に大きく、約3990億ドル。USDTは3番目に位置する。
ステーブルコインのヘビーユーザー
1ステーブルコイン=$1の価値を保つために、テザー社と、USDCを発行する米サークル社は共にリザーブファンドを作り、その中で現金の米ドルや米国短期債などを積み上げている。テザーとサークルのホームページを見れば、両社がどれだけの米国債や現金、公社債を組み入れたMMFなどをリザーブファンドで保有しているかが分かる。
端的に言えば、ステーブルコインの価値を裏付けるものは、米国の経済力や財務力、国力を示す法定通貨の米ドルと、米国債ということになる。
現時点でステーブルコインの使いやすさを一番良く知っているのは、世界で日常的に暗号資産を取引している人たちだ。
例えば、株式や投資信託を売買するとき、多くの個人投資家は証券口座と銀行口座を使って、口座内の日本円や米ドルなどの法定通貨を元に取引を行うが、暗号資産取引やブロックチェーン上で機能する金融サービス(DeFiと呼ばれているサービス)の取引では、USDTとUSDCが基軸通貨・待機通貨としての役割を果たす。
保有している暗号資産の取引ポジションを整理して「現金化」する時は、ステーブルコインに換えて管理する。暗号資産などのトークン取引やステーブルコインの送受信は、金融界が築き上げてきた金融レールの上で行われるのではなく、暗号資産レールの上で即時処理される。
暗号資産のトレーダーに加えて、ステーブルコインの利用者が著しく増えているのが、アフリカや南米、東南アジア諸国に住み、十分な銀行サービスを受けられない人たちだ。
日本人には馴染みのないアフリカ、南米のお金事情
2050年までに著しい経済成長が期待され、世界人口の約4分の1をアフリカが占めると言われる。この大陸の経済をけん引しているケニア、ナイジェリア、南アフリカには、基本的な銀行サービスを受けられない「Unbanked(非銀行利用者層)」と、「Underbanked(銀行口座を保有しているが他の代替金融サービスに依存している層)」と呼ばれる膨大な数の人が暮らす。
中国や東南アジアの一部の国がそうであったように、国家の社会基盤を作りあげる上で、安価なスマートフォンとインターネットが普及する時間は、従来の金融システムを整備するために必要な時間よりも短い。
その結果、不安定な自国通貨をコツコツ貯めるより、米ドルに連動するステーブルコインを携帯端末のデジタルウォレットや暗号資産取引アプリで保管した方が、自らの資産を安定的に保存できると考える。ただでさえ、ケニアやナイジェリアでは自国通貨を現金の米ドルに替えることはそう簡単ではない。
さらに、ステーブルコインを利用した国際送金は、速さと簡単さ、手数料のどれをとっても、銀行を利用した従来の国際送金よりも魅力的に映るだろう。世界経済フォーラムの報告書によると、アフリカのサハラ砂漠以南の国々では、零細・中小企業が全体の95%を占め、このエリアのGDPのおよそ5割を稼ぐ。
大陸の企業活動を支える金融サービスが慢性的に不完全な状態が続いてるなか、一部の零細企業は米ドル型ステーブルコインによる決済をすでに始めている。政府や銀行主導の金融基盤の整備が遅々として進まない状況を黙って眺めていても、彼らの生活は一向に豊かにならない。
「米ドル預金サービス」はグローバルサウスの特効薬
皮肉にも、西側の金融システムを作ってきた米資産運用会社の1社であるアライアンス・バーンスタインのゴータム・チュガニ氏(リサーチ部門でデジタル資産を統括している)は、ステーブルコインをこう説明する。
「世界中の人たちに新たな米ドル預金サービスを提供している。デジタルドル(ステーブルコイン)はアメリカを超え、世界中に広まった。また、暗号資産が取引される基盤(レール)で動くステーブルコインは、最安の決済手段となった」
同時に、米ドルと米国債を担保に作られているUSDTとUSDCが米国外で流通量を増やすことで、世界経済における「米ドル覇権」をさらに強めることになるのではないだろうか。
ニューヨークにある企業が東京の企業に5,000ドルを送金する場合、送金する側は取引銀行に手数料を支払い、受金する日本側の企業も国内銀行に少なくとも2,500円程度の手数料を払う。
現在の国際送金レールの仕組みは欧米が築き上げたもので、送金者と受金者のそれぞれの情報をスイフト(SWIFT)と呼ばれるネットワークでやり取りする。国際送金をする際、その取引を中継するのがコルレス銀行と呼ばれる大手銀行で、送金取引を行うたびに手数料を受け取る。米ドルのコルレス銀行は主にシティグループとJPモルガン・チェースで、日本では三菱UFJ銀行などがあげられる。
一人当たりGDPが日本の20分の1程度で、人口は日本のほぼ倍の2億3000万人のナイジェリアでは、個人事業を営む多くの人たちにとって数千円の送金手数料は重くのしかかる。
日本でも利用拡大を想定する米サークル
金融基盤と規制が整備され、銀行サービスが広く普及している先進国の日本や米国で、ステーブルコインは2025年以降どう受け入れられ、広がっていくだろうか?
USDCを発行するサークルで、アジア太平洋地域を担当するヤム・キー・チャン氏は、「日本や米国、EU諸国においても、ステーブルコインはデジタル決済と送金を目的に広がっていく」と予想する。「決済処理コストは著しく下がり、クロスボーダー決済にかかるスピードは飛躍的に上がる。ステーブルコインは先進国の消費者と事業会社にとっても、魅力的な選択肢の1つになる」と、チャン氏は説明する。
チャン氏は米財務省でエコノミストとして働いた後にグーグルで約6年間働き、2023年にサークルに入社した人物だ。
USDCの日本での流通を始めようとしているSBI VCトレードの近藤 智彦社長も、チャン氏と同様の見方を示している。
近藤氏は、「日本でもUSDCを利用した国際送金の需要は個人、法人ともに強くなっていくだろう」と述べた上で、「インバウンド客が買い物に利用でき、国内の消費者は越境Eコマースサービス等を通じて購入決済に利用できるようになる。また、ゲームの中で利用できる決済手段としてのユースケースが考えられる」と話す。
一方、暗号資産を資産ポートフォリオに組み入れる機関投資家が欧州や中東、日本を除くアジアで増加傾向にあるなか、米ドルにペッグするステーブルコインを利用する大口需要家も増え続けている。
ブラックロックやフィデリティを筆頭に、米国の大手資産運用会社がこぞってビットコインの現物に紐づく上場投資信託(ETF)を作り、ちょうど1年前に米国の証券市場に初めて上場させた。
巨大な国際金融資本がファンドを通じて暗号資産市場に参入したことで、暗号資産にはまったく目もくれなかった機関投資家や個人投資家がビットコインETFを買い求めた。
機関投資家向けに暗号資産のトレーディングや資産運用サービスをグローバルに展開する某企業の経営幹部は、「USDTやUSDCが利用できない(日本の)市場では、暗号資産の取引を検討する一部の機関投資家でさえ動きは鈍くなるだろう。日本に大口需要家が参入できる市場を形成する上で、米ドルステーブルコインに加えて、日本円ペッグのステーブルコインも必要になってくる」と話す。
金融審議会で浮上した日本円ペッグ・ステーブルコイン案
昨年11月、金融審議会は作業部会を開き、日本円に連動するステーブルコインに関して突っ込んだ議論を行った。
そのなかで金融庁は、ステーブルコイン=日本円の価値を裏付ける担保資産に、流動性の高い日本国債を認める案を示した。
満期が3カ月の国債、あるいは満期が3カ月を超えていても、取得時点での残存期間が3カ月以内の国債を活用するのはどうか。国債と定期預金をリザーブファンドに組み入れる際、その比率の上限を50%とするべきかなど、金融庁が公開した審議会資料には同案についての討論ポイントが記載されている。
世界で30兆円を超えるまでに拡大したUSDTとUSDCの設計手法や、「MiCA」と呼ばれる欧州連合(EU)が定める暗号資産市場規制を参考にしながら、日本版ステーブルコインがどうあるべきかを「前向き」に議論する場であったと言える。
一方、ステーブルコインの誕生がもたらした「最大のリスク」、と言っても過言ではない事象が世界で見え隠れしているのも事実だ。
FTが報じたテザーを使った巨額マネーロンダリング
英フィナンシャル・タイムズ(FT)は12月16日、英国家犯罪対策庁(NCA)がロンドンやモスクワ、ドバイをまたにかけた数十億ドル(数千億円)規模のマネーロンダリングを行ってきたネットワークを摘発したと報じた。
ロシアのスパイや欧州の麻薬密売組織などが、暗号資産を使って制裁を回避するシステムを構築してきた。このネットワークが資金洗浄に使っていたのがテザーが発行する「USDT」だったという衝撃的な記事だ。
金融審議会でも当然、パブリックブロックチェーン上で国境を越えて流通するステーブルコインのリスクを指摘している。
「匿名性が高く、点々流通する電子決済手段(ステーブルコイン)については、マネーロンダリングとテロ資金供与のリスクが高く……、受託者・仲介者に送付人と受取人の情報を把握させることとし、適切に監督を行っていくことが考えられる」と部会資料には、見直しの方向性としての一案が太字で記載された。
日本では2022年に「資金決済法」という法律が改正され、ステーブルコインが「電子決済手段」の1つに位置づけられてから3年が過ぎようとしている。SBI VCトレードが計画しているUSDCの国内流通が始まれば、2025年は「ステーブルコイン元年」と呼ばれるようになるかもしれない。
法規制が未整備の金融大国・アメリカで、活発化する大企業の動き
世界最大の金融市場である米国は、ステーブルコインの法規制が未整備のままだ。暗号資産・支持派に転じたドナルド・トランプ氏が、ステーブルコインを含むデジタル資産の法整備をどう進めていくかを世界が注視している。
それでも、一部の大手企業はステーブルコインの事業開発をすでに進めてきた。
その1社が、世界で約4億3000万人が利用し、米国内では2億5000万を超えるユーザーを抱えるオンライン決済・送金サービスのペイパル・ホールディングス(PayPal)だ。
ペイパルは2023年、独自の米ドル連動ステーブルコイン「ペイパル USD(PYUSD)」を開発した。
USDTやUSDCと同様に、PYUSDは米ドル預金や米短期国債を裏付け資産とする担保型のステーブルコインで、ペイパルはまず米国内での利用を広げようとしている。発行はパクソス・トラストが担っている。
個人向けに暗号資産の取引サービスを強化してきたペイパルだが、昨年には同様のサービスを企業ユーザーが利用できるようにした。同時に、PYUSDを使った初の企業間決済を完了させた。法定通貨だけでなく、暗号資産レールの上で取引されるステーブルコインによる決済・送金市場でも、ペイパルはその存在感を強めるための準備を進めた。
PYUSDの時価総額は12月26日時点で、5億7,000万ドル(約900億円)。ペイパルの巨大なユーザー基盤を考えると、PYUSDの流通量はまだまだ伸びしろがありそうだ。
一方、クレジットカードのグローバルブランドとして知られ、決済システムを世界中の金融機関やフィンテック企業に提供するビザ(VISA)は、銀行にターゲットを置いたステーブルコイン戦略を掲げた。
ビザは今年、ステーブルコインを発行する銀行を支援するプラットフォームの運営を始める。「ビザ・トークン化資産プラットフォーム(VTAP)」と名付けられたプラットフォームを利用することで、銀行はトークンの発行と移転ができる。
現在、スペインの大手銀行、BBVA(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行)が、ビザのプラットフォームを試験運用している。今年中に、イーサリアムブロックチェーン上で一部の顧客を対象とした実用化実験を始める方針だ。
2008年、サトシ・ナカモトと名乗る人物(またはグループ)がホワイトペーパーを発表して、銀行などの仲介者を必要としないピアツーピア(P2P)の電子マネーシステム「ビットコイン」が誕生した。その後、アプリケーションの開発者が使いやすいイーサリアム・ブロックチェーンが生まれ、トークン(デジタル資産)を軸にした新たなデジタル経済システムの成長が期待されるようになった。
ステーブルコインは、現在の経済価値や国家価値を裏付ける資産(国が発行する通貨や債券)と、未来のトークン経済をつなぐ決済手段ではないだろうか。従来の社会基盤の整備プロセスを踏襲しない「リープフロッグ型」の経済成長を続ける新興国では、ステーブルコインの利用が拡大してきた。
2025年、世界経済をけん引する米国や欧州、そして日本のような先進国は、このイノベーションをどう活かすか、それともブレーキをかけるのか? 注目が集まる。
|インタビュー・文:佐藤茂
|撮影:多田圭祐