ビットコインを支えるプルーフ・オブ・ワーク(PoW)メカニズムに活用されている「ハッシュキャッシュ」を開発したアダム・バック氏。ハッシュキャッシュ誕生の経緯はインタビュー前編でお伝えした。
後編では、ビットコインの生みの親「サトシ・ナカモト」ではないか、と名前があげられることもあるバック氏に、2008年から知っていたが「しばらくは様子を見ていた」というビットコインとの関わり、ビットコインの今後・将来性について聞いた。
アダム・バック(Adam Back)氏:ブロックチェーン開発企業で、ビットコインレイヤー2「Liquid Network(リキッドネットワーク)」を手がけるBlockstream(ブロックストリーム)の創業者。
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──2008年にサトシとやりとりし、ビットコインは誕生のタイミングから知っていたにもかかわらず、あなたは2013年までマイニングを始めなかった。
バック氏:うまく立ち上がるかどうか確信が持てなかった。この種のアプリケーションは、ソーシャルネットワークのようなものだ。継続的に熱狂的なユーザーを確保する必要がある。そうすると自然と成長し、やがて価格がつく。だが、ビットコインには価格すら存在しない時期もあった。ただ趣味としてビットコインで遊んでいる人たちがいた。だから、うまく立ち上がるかどうか様子を見ようと思った。
しばらく様子を見ていると、たまにビットコインが話題になり、価格が1ドルになった。それがスタートだったかもしれない。そして、100ドルになった。いよいよ離陸したと考える時がきた。私はビットコインを手に入れ、積極的に参加して多くを学び、プログラムの改善に役立てようと考えた。
──ビットコインのマイニングを始めたとき、どんなことを感じたか。
バック氏:まずGPUで行い、その後ASIC(特定用途向け集積回路、ここではマイニング専用マシンを意味する)が登場したので、それを使った。 ハードウェアを購入して動かし、お金を生み出すことができるという新しい行動であり、興味深い行動だと感じた。とてもクールで新しい、斬新だった。おそらく、人々が自分でマイニングできることが、ビットコインの価値を押し上げる要因のひとつになっただろう。人々は、自分で作り上げたものに価値を見出す。
ビットコインの場合、愛好家たちがドライバをインストールし、適切なグラフィックカードを購入し、ソフトウェアを設定するために努力を傾けた。うまく機能させるために知恵を出し合った。彼らはビットコインとマイニングレートに価値をもたらし、最終的にビットコインを大きく成長させた。
──ビットコインの今のような進化を予想していたか。
バック氏:予想していなかった。普及が継続するかわからなかったし、規制リスクに対する認識も高まっていた。また当時、ビットコインを知っていたり、関心を持っている人はそれほど多くなかった。
だが、今でははるかに広がっている。ETF発行企業や大手金融機関がビットコイン関連のプロダクトやサービスを提供しており、規制リスクは後退したと思う。上場企業や国がビットコインを購入したり、マイニングを行うようにもなっている。ビットコインは多少メインストリートなものになり、個人に普及している。
だが、貯蓄の一部として本格的にビットコインを所有している人や、新興国市場で取引に利用している人の割合から考えると、まだ初期段階にあると思う。
──しかし、ネットワークとしては信じられないほど安定している。
バック氏:効率性、安定性、堅牢性を向上させるために多くの人たちが取り組んできた。堅牢性は分散化から恩恵を受けており、たとえ個々のサービスがクラッシュしても、ネットワーク自体は非常に高い信頼性を保つことができる。初期の頃はバグが多く、効率も低かったが、ソフトウェア、エンジニアリング、プロトコルの効率性の面では、間違いなく大幅に改善してきた。
51%攻撃(悪意をもったマイナーがネットワークのハッシュレート=計算能力の51%以上を確保することで、ネットワークを不正操作する攻撃)はもはや事実上不可能だ。ネットワークの規模が大きく、マイニング機器への投資額は莫大なものになる。仮にどこかの国が試みようとしても、十分な機器の調達は難しいだろう。それだけの設備を揃えるなら、マイニングで利益を上げることができ、リスクを冒す必要はない。
ビットコインの将来・可能性
──ビットコインの将来について、どのように考えているか。
バック氏:まだ改善の余地があると考えている。スケーラビリティ、ユーザビリティ、さまざまなタイプのユーザーや投資家のアクセシビリティなどだ。ETFに対する1つの見方として、テクノロジーに詳しくない人や、証券会社を通じた投資に慣れている人に、よりアクセスしやすい手段を提供したことがあげられる。そうした人たちは、証券会社やファイナンシャルアドバイザーに電話して、「ビットコインを購入したい」と言うだけで済む。
こうした取引は、第三者を信頼することになるが、一般的な人たちにとっては安全に取引できる方法だ。財務や税金の処理もシンプルになる。
だがビットコインの基本的な価値は、ビットコインを使って取引できることにあることを忘れてはならない。資産クラスと捉えてビットコインに投資する人だけではなく、ビットコインを取引に使う人は欠かせない。なぜなら、それが基本的な価値を生み出しているからだ。
もちろん、国によって利用パターンは異なる。自国通貨が安定している先進国では、ほとんどの人は銀行口座を持ち、デビットカード、クレジットカード、プリペイドカード、スマートフォン決済アプリなどを利用しているため、決済の代替手段に対するニーズは高くない。ビットコインは貯蓄や投資、投機に利用される傾向が強い。
一方、自国通貨が不安定な新興国市場は、貯蓄手段が少なく、現金経済が主流となっている。銀行口座を持っている人は少なく、国境を超えて送金を受け取ったり、個人としてグローバル経済に参加することは難しい。
だがビットコインは、グローバル経済への参入障壁を下げることができる。スマートフォンでアプリを利用し、サービスを提供したり、オンラインで商品を販売するだけで、国際的な競争に参加できる。より多くの人たちをグローバル経済に結びつけることが可能になる。
──ビットコインはマイニングの環境への影響が批判されることもあるが。
まず、金(ゴールド)の例を考えてみよう。金は希少で、数グラムの金を見つけるために大量のお金をかけて、何トンもの岩石を掘り出している。だが重要なことは、社会が経済的繁栄のために金を必要としていることだ。つまり、政治的に管理された法定通貨よりもハードマネー(金など、希少で供給量が限られているもの)の方が優れているということだ。そして、ハードマネーには必ず生産コストがかかる。
その観点から見ると、ビットコインも同じだ。ビットコインにも生産コストが必要だ。コストは避けられないと思う。
さらにビットコインマイニングには、電力需要の新しい形態を生み出す可能性がある。例えば、自動車メーカーなど、多くの産業が電気を大量に使用している。自動車工場の立地は、従業員やサプライヤーが存在する場所でなければならないが、ビットコインマイニングは違う。どこでも可能だ。安価な電力がある場所なら、どこにでも移動できる。電力を輸送することは難しく、世界中の遠隔地には利用されないままの電力資源が眠っている。
また発電された電力が無駄になっているケースも多い。なぜなら、発電所は連続的な稼働が不可欠だが、需要は変動する。そのため、専門企業にコストを支払って、余剰電力を処分してもらうことになる。
ビットコインは電力網の安定化に貢献でき、最終的には電気をより安くすることができる。ビットコインマイニングは、常に安価な電力源を求めている。世界中をリサーチして、最も安価な電力源を探しており、国や企業が新たな電力プロジェクトを手がけることをサポートできる。特に、再生可能エネルギーの普及にとって、ビットコインはプラスな存在だと思う。
今後、ゼロエミッションの発電所をさらに増やすことは、きわめて重要になるだろう。将来的なオートメーションなどの発展に、電力は不可欠だからだ。テクノロジーはさらに進歩し、社会はより豊かになると考えている。
※前編「ビットコインを支える「ハッシュキャッシュ」誕生の経緯とは【アダム・バック氏インタビュー前編】」はこちら。
|インタビュー:渡辺一樹
|文:CoinDesk JAPAN編集部
|写真:多田圭佑