AIが「暗号資産でAIを使う」──アブダビがトークン発行を認可した日本人創業企業【コラム】

チャットGPTやグーグル・ジェミニの普及が加速するなど、AI(人工知能)が人の日常生活に影響を強めるなか、2人の日本人が中東の地で創業したAI企業が、アブダビ政府から暗号資産(仮想通貨)の発行許可を取得した。同国政府が民間企業によるトークン発行を認めるのは初だという。

アラブ首長国連邦(UAE)とアブダビ首長国の首都であるアブダビは昨年、国際金融地区に指定している「アブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)」で、ビットグリット(Bitgrit)が自社で発行するトークンの発行を認可した。トークン「BGR」の発行体は厳密には、ビットグリットが同地区で設立したビットグリットDLT財団(Bitgrit DLT Foundation)となる。

ブロックチェーン上で発行されるデジタル資産に対してオープンに対応するアブダビで、AI企業のビットグリットはいったい暗号資産を本業にどう組み入れているのか。

ビットグリットは向縄 嘉律哉(さぎなわ・かづや)氏と、デジタル広告業界に従事してきた益永 哲郎氏の二人が2017年に共同で立ち上げたスタートアップ。向縄氏はキヤノンで約7年間、知的財産や特許を専門に働いた後、ビットグリットの創業に踏み切った。

AIのためのアプリストア

〈ビットグリット共同創業者の向縄 嘉律哉氏(右)と益永 哲郎氏(左)/提供:ビットグリット〉

2人がまず始めたのは、今ではおよそ4万人のデータサイエンティストが集まるコミュニティを作ること。インドを中心に、AIの開発を支えるサイエンティストやエンジニアを中心とする人のコミュニティを形成することで、AIを進化させるための「知のハブ」、または「AIのためのアプリストア」のような「箱」を作り上げることだった。

開発者(人)やAIがこのハブに行けば、それぞれが抱えるタスクを遂行するための①データ、②アルゴリズム、③計算リソースを手に入れることができる。当然、これらをハブで取得することは無料というわけにはいかない。

そこでビットグリットが発案したのが、人とAIがハブでデータやアルゴリズム、計算リソースを暗号資産(トークン)で支払い決済ができる仕組みだ。ビットグリットが昨年に発行したBGRトークンがここで生かされる。

ビットグリットは、BGRトークンの発行でアバランチブロックチェーンの「L1」と呼ばれるサブネットによるプライベート環境のチェーンを採用。基盤ネットワークを自社で管理できる方法を選んだ。

もちろん、BGRトークンは海外の暗号資産取引所を通じて、個人や機関投資家が購入することも可能だ。

米国の資産運用会社はビットコインという目には見えないブロックチェーン技術を1つの金融資産と認め、上場投資信託(ETF)を販売するに至った。

一方で、AIは人が行う時間よりもはるかに短い時間で多くのタスクを実行するテクノロジーの結晶だ。近未来の金融市場においては、このアルゴリズムこそが、次の新たな資産クラスになるのではないか、と向縄氏は述べる。

人とAIにデジタルIDを与える

向縄氏の構想では、人とAIにそれぞれデジタルID(DID)を与え、アルゴリズムの作成や、データや計算リソースの取得などの価値や権利の移転をブロックチェーンで管理する。同氏は、今後必要となってくるDIDとウォレットを、ビットグリットの姉妹会社でシンガポールにあるデータゲートウェイ(DataGateway)で開発してきた。

2017年の創業以来、ビットグリットは基本的に創業者のブートストラップ(自己資金や内部の資源を活用してビジネスを立ち上げ、成長させること)と、日本や米国、中東の企業顧客を中心とした売上収益で事業を行ってきた。近年スタートアップのアクセラレータ(育成)事業で知られる米アルケミスト(Alchemist)や、ベンチャーキャピタルのケップル・アフリカなどから資金を調達してきたが、今後はアメリカを中心に資金調達を行う計画だ。

2024年、東京を拠点にAIを開発するサカナAI(Sakana AI)が日本で注目を集めた。複数のAIを組み合わせて、言語や画像の処理能力が高いAIを開発している。言い換えると、無数のAIとAIを競争させ、生き残った優れたAIが群れを作り、さらに優れたAIを生み出す。

一方、「ビットグリットはAIを開発する人が協業・競業することで、優れたAIを開発する人のコミュニティを軸に事業を伸ばしていきたい」と向縄氏は言う。加えて、「AIの開発(AI エージェントが必要な機能を探して使うことなども含む)にブロックチェーン上で発行されるデジタル資産を組み入れることで、AIの機能と権利が社会実装され、資金が流れやすくなる」と話す。

AIは既に暗号資産市場への参入を始めた。その1つが、「AI16z」だ。アメリカを代表するベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツは略して「a16z」で知られる一方で、AI16zはAIエージェントが主導する分散型自律組織(DAO)で、組織の投資活動やガバナンスを支える目的で独自の暗号資産「AI16Z」をソラナブロックチェーン上に発行している。

このAI16Zのトークンは昨年12月に値を上げ、時価総額は10億ドル(約1550億円)に増加しているという(CoinGeckoのデータより)。

米資産運用大手のフランクリン・テンプルトンも、AIとブロックチェーンの融合を注視している。1.6兆ドル(約250兆円)という巨大な資産を運用し、デジタル資産の事業拡大をも強化している同社は1月、AIとブロックチェーンを組み合わせた業界内の動きは強まっていくという内容の報告書をまとめた。

2025年、AIに対して強い熱視線が注がれるなか、デジタル資産に親和的なドナルド・トランプ大統領がけん引する政権運営が始まった。トランプ大統領は早速、オープンAIのサム・アルトマンCEOとソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長らをホワイトハウスに招き入れ、AI開発の巨大プロジェクトを発表させた。オープンAIとSBG、米オラクルの3社は「スターゲート」と呼ぶAIの共同開発事業を開始し、少なくとも5000億ドル(約78兆円)の資金を米国に投じるという。また、この事業にはアブダビの投資会社MGXも資金を拠出する。

AI開発とトークンエコノミーをかけ合わせた事業開発は今年、これまで以上に注目を集めることになる。

|文:佐藤 茂
|トップ画像:アラブ首長国連邦・アブダビにあるアブダビ・グローバルマーケット(提供:向縄氏)