ファイナンス✕マーケティング──セキュリティ・トークンの新しい事例が「数カ月以内に登場」【イベントレポート】

セキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)は2020年5月、改正金融商品取引法で規制が整備されて以来、不動産STを中心に市場が拡大。発行累計額は2024年末時点で1500億円近くにのぼり、2025年は3400億円程度に達するとの予測もある。暗号資産(仮想通貨)とは異なる、ブロックチェーンのもうひとつのユースケースとして、その広がりがますます期待されている。

日本セキュリティトークン協会(JSTA)は1月24日、社債、ファン・マーケティング連携、映画などのコンテンツファンドなど、不動産にとどまらないSTの可能性を議論するイベント「STが革新する顧客との新たな繋がり~資金調達 × ロイヤルティマーケティング~」を開催した。

イベントには、グローバルにトークン化技術を提供するSecuritizeの日本法人Securitize Japanの責任者である小林英至氏、STやNFTなどデジタルアセットに精通したTMI総合法律事務所パートナー弁護士の成本治男氏が登壇。同協会監事の能登谷寛氏がモデレーターを務めた。なお、小林氏、成本氏の両名は同協会理事を務めている。

「ファイナンス✕マーケティング」が浸透

イベントはまず、小林氏がこれまでに発行されたSTのさまざまな事例を紹介した。

STのメリットとしては、従来、個人では投資が難しかった大型案件を小口化し、少額投資を可能にすることがあげられるが、さらにブロックチェーンを使っていることを活かし、購入者にクーポンなどの特典をNFTとして発行したり、購入者とダイレクトにコミュニケーションする取り組みが進んでいると指摘。自社製品を特典として購入者に送付した社債は「SNSで大きな反響があった」と述べた。

また、映画の製作委員会への投資を実現したSTについては、単なるリターン目的ではなく、購入者が「作品に参加する」ことを実現。「セキュリティ・トークンは単なる資金調達方法ではなく、ファイナンスにマーケティングを融合させて使う方法が浸透し、今年は数カ月以内にさまざまな事例が登場する」と指摘した。

続いて成本氏は、西伊豆にありダイバーに人気の宿泊施設「ネイチャーイン大瀬館」が社債STを自社募集した事例を紹介した。

「実証実験的な意味合いもあるが」と断りつつ、自己募集であればライセンスは不要、つまり証券会社に頼らず、低コストで発行が可能。かつ、インターネットを使って、広く購入者を募集しても、発行総額を1億円未満に抑えるなどの工夫をすれば、有価証券届出書が不要で、開示にかかる手間やコストを省略することができると説明。規模は限られるものの社債STの「新たな活用例になると考えている」と述べた。

さらに改正金融商品取引法が定めるST、つまり「電子記録移転有価証券表示権利等」ではないが、売掛金などの金銭債権のトークン化にも大きな可能性があると指摘した。

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顧客とダイレクトにつながる

その後は、能登谷氏が会場からの質問を取り上げ、小林氏、成本氏がそれぞれ回答していった。参加者のなかには、社債STの発行を視野に入れている企業の担当者も多かったようで、実務に根ざした具体的な質問が多かった。

例えば、丸井グループは社債STの発行を積極的に行っているが、会場からは「1億円規模の社債STの募集は、企業が通常行う資金調達から考えると規模が小さい。どのようなロジックで実現しているのか」との質問が寄せられた。

小林氏は「時間軸」という言葉を使って、「(丸井グループが)見ている世界はかなりの将来にわたっている」と指摘。金額は小さいが「購入者(投資家)の数は多く、数万人にのぼっている」と述べ、「丸井のカードで、丸井の社債が直接買えるとなると、カードに入る人が増えるかもしれない」「証券会社に手数料を払う方法と、自分たちで行い、顧客と直接つながることができる方法のどちらが良いか」と続けた。

成本氏も「これからは、企業が直接個人とつながることの重要性、価値が大きくなるのではないか」、「ネイチャーイン大瀬館のケースでは、資金調達だけではなく、当事者意識を持ったコミュニティを作りたいという思いがあったのではないか」と述べた。

顧客の「囲い込み」は不可能

またイベントのテーマである「ロイヤルティマーケティング」、あるいはファンマーケティングに関しては、「顧客を囲い込む」という話が良く出るが「そんなことは不可能」という議論が興味深かった。

自分たちのことを1人の個人として考えた場合、「特定の企業に囲い込まれている意識はないはず」と小林氏は述べ、オープンなプラットフォームの上で、顧客にとって有益なサービスや商品を提供していくことが最も重要ではないかと指摘した。

これに関連して成本氏は、草津の温泉旅館をST化した事例に触れ、ファンマーケティング的な要素を意識した案件ではなかったが、取り扱った証券会社の中で、このSTが「一番売れたのは群馬の支店」だったことを紹介。こうした事例を踏まえると「いろいろな方向からのアプローチがあるのではないか」と述べた。

2025年は国内でステーブルコインの登場が期待されており、セキュリティ・トークンの決済にステーブルコインが利用できるようになれば、その可能性はさらに広がる。NFTもバブル的な盛り上がりが崩壊して、「オワコン」と呼ばれた時期を過ぎ、リアルビジネスでの活用が進んでいる。

米国でのトランプ新政権の誕生を受けて、暗号資産市場は盛り上がりを見せているが、日本のセキュリティ・トークン市場は着実な歩みを進めている。

|文・写真:増田隆幸