クロスボーダーM&Aのハードルを超え、事業拡大──米Lukka傘下に加わったAerial Partnersの勝算【沼澤氏インタビュー】

暗号資産(仮想通貨)の会計・税務・データ管理サービスを提供するAerial Partners(エアリアルパートナーズ)は1月27日、米国企業Lukka(ルッカ)グループの傘下に入ったと発表した。動きの激しい暗号資産業界だが、米国企業が日本のスタートアップ企業をM&Aする事例は珍しい。どのような経緯で実現したのか。Lukka/Aerialは日本でどのようなビジネスを狙うのか。2017年にAerial Partnersを創業し、Lukkaグループ傘下で引き続き同社の運営を主導する取締役の沼澤健人氏に聞いた。

なぜクロスボーダーM&Aを目指したのか

──暗号資産はクロスボーダーと言われるが、クロスボーダーでのM&Aはまだレアケース。今回、どのような経緯でLukkaグループ入りが実現したのか。

沼澤氏:Lukkaは2014年創業、北米を拠点とするデジタルアセットのデータ管理企業。一方、我々の創業は遅れること約3年の2017年。基本的には会社の成り立ちはかなり近く、ここ数年、Lukkaのビジネスをひとつのベンチマークとして参考にしてきた。昨年、米国でビットコイン現物ETFが承認され、伝統的金融に暗号資産が包摂されていく流れは不可逆となるなかで、我々も日本において金融機関や上場企業が暗号資産を活用していく未来はもはや確定的と考えていた。現状、我々が提供している税務ソリューションに加えて、Lukkaが北米で提供しているような暗号資産のデータ管理ソリューション、リスク管理ソリューション、コンプライアンスソリューションを日本でも提供していきたいと考えていたところ、2024年春頃に直接コンタクトする機会があり、そこから話が始まった。

──どのような議論からスタートしたのか。

沼澤氏:互いの事業戦略に加えて、米国と日本の規制ギャップや日本市場のポテンシャルを議論した。米国と日本は、例えばGDPで見ると米国は数倍大きいが、10倍までの差はない。だが、暗号資産の取引高を見ると、約100倍の差が生まれている。このギャップを生み出しているボトルネックには、規制や規制を遵守するためのソリューションが浸透していないなど、いろいろな要因がある。だが逆に考えると、今後、先行する米国を追いかけるような道を日本も必ず通っていくはず。その時にLukkaの知見や経験、技術を活用できれば、日本の市場をより加速させ、成長を加速させることができるのではないか、そして同時に、Lukkaの顧客の多くは米国に本社を置くものの、世界的な事業を展開しており、その意味でも日本は重要な市場だという話になった。

暗号資産ビジネスに必要なインフラを整える

──具体的にはどのようなビジネスを展開していくのか。

沼澤氏:Lukkaが提供しているビジネスは大きく3つに分けられる。1つ目は我々も日本で提供している会計や税務のための取引データ管理ソリューション。2つ目は、データ提供事業。例えば、米国の大手金融機関も利用する暗号資産インデックス・プライシングデータやトラベルルールに対応するためのVASP(取引事業者)データなどだ。提供範囲は広範で、米国では現物ETFの組成にも利用されている。3つ目は、ブロックチェーン取引に関する分析や監視、フォレンジックやガバナンス評価を含むデータ分析・コンプライアンスツール。これらは特にトレーディングデスクや金融アナリストに利用されている。

1つ目は、当社の事業と重なる領域で、かつ規制と密接に関連するビジネスなので、お互いにコラボレーションして展開していく。データ提供、データ分析は、今後、我々が日本において広く展開していくことになる。 

──データ提供、データ分析は、日本ではどのような顧客層を想定しているのか。

沼澤氏:まずは暗号資産交換業。彼らは販売所や取引所を提供している以外に、いろいろな取引や投資をバックエンドで行っているので、それを支援する。あるいはトークン上場の審査プロセスに活用いただく。また直近で引き合いが増えているのは、バリデーター事業についてのリスク管理やリスク評価。日本でもさまざまなチェーンがスタートし、バリデーターとして収益を上げていくことに関心が集まっている。

──日本でも今後、暗号資産関連ビジネスが広がる可能性が見え始めており、そのために必要なツールを提供する体制を整えている。

沼澤氏:2つの観点があると思っている。1つは、今指摘いただいたように、暗号資産ネイティブな企業に加え、既存の金融機関が暗号資産事業に参入するためのインフラとなるようなソリューションを提供していくこと。もう1つは、今回、Lukkaグループに参画したことを契機に、グローバル市場で実現しているベストプラクティスを日本のマーケットに紹介していきたい。例えば今、暗号資産の取り扱いに関して、資金決済法から金融商品取引法への変更なども検討されているが、仮にそうなった際に「グローバルではこうした実例があり、こういったソリューションが不可欠」と顧客を支援できるような組織を目指したい。

Lukkaとの意外な、だが納得の共通点

〈2024年秋に行われたLukkaグループのグローバルミーティングでプレゼンテーション:Aerial Partners提供〉

──米企業とM&Aの交渉を続けていくなかで、難しかったことは。

沼澤氏:すべてが難しかったというのが正直なところ。言語の壁もあるし、日本で言えば会社法にあたる法規制がまったく違ったり、商慣習が違ったり、あるいは採用に関する考え方も違う。お互いにビジネスのさまざまな前提条件が違うなかで、同じゴールを目指していくというプロセス自体、非常に難易度が高いと感じた。

しかし、そこで重要になるのが「ビジョンをともにできるか」ということ。そこさえクリアできれば、実は他の問題はテクニカルな、瑣末なものになっていくとも感じた。

Aerial PartnersとLukkaは日本と米国で、類似サービスがまだ存在しない領域でお互い数年ビジネスを展開してきたた。今回、互いのプロダクトを紹介し合うプロセスがあったが、両社のプロダクトの機能やUI(ユーザーインターフェース)、そもそもの設計コンセプトが驚くほど一致していた。デジタルアセットのデータ管理を突き詰めて考えて行ったときに必要なことは、日米で変わらず、重なっていた。

言語も日々の業務プロセスも異なるが、本質は同じ。各国のレギュレーションに精通しているプロフェッショナルがそれぞれの国・地域にいて、ソフトウェアプロダクトとしては、同じ大きな開発基盤があり、大手金融機関からWeb3スタートアップまで、世界中どこでも使ってもらえるような大きなプラットフォームを作ることにチャレンジしていきたいと感じた。そうしたことを半年以上、コミュニケーションしてきたと思う。

──一方でLukkaサイドも日本市場に可能性を見出していたのか。

沼澤氏:実際の事業化や、ポートフォリオに暗号資産を組み込むなどの具体的なステップは実現していないものの、ほぼすべての大手金融機関が暗号資産ビジネスの展開に向けて準備を進めていることは実感していたようだ。まさに今の日本は「3〜5年前の米国」と同じ状況にあると捉えていた。その意味でLukkaは、すでに米国の大手金融機関が通ってきた道を日本の金融機関も通っていくだろうと考え、日本進出を決めたと聞いている。

我々も同じように考えていた。時間軸の予測は難しいが、暗号資産がひとつのアセットクラスとして位置づけられ、機関投資家もこのマーケットに参入し、誰もが知っている大手企業が暗号資産をビジネスに活用したり、資産として保有するようになることは間違いない。見晴らしの良いポジションでそのときを待ちたいと考えていたので、今回は非常に良い機会だった。 

「刀を研ぐ」

──言語の壁は問題にならなかったのか。

沼澤氏:まだ乗り越えている途中だ。私自身、グローバルなキャリアなどを持っているわけではなく、英語はドメスティックに勉強してきただけ。その意味では苦労したが、言語も異文化もキャッチアップする姿勢が重要だろう。Lukkaのメンバーとは、「共通のビジョンを持つことで足並みを揃え、乗り越えていこう」とも話している。それに今、生成AIの進歩で、言語のハードルは多くが取り除かれようとしている。我々はまさにそれをこの半年強の期間で実感した。デューデリジェンスのプロセスから、交渉、契約書のレビューに至るまで、生成AIのポテンシャルを最大限活用した。

昨年秋、Lukkaのグローバルメンバーが集まる機会があり、それまではテキストでしかコミュニケーションしていなかったので、私のことをネイティブスピーカーと思っていた人もいた。生成AIを活用することで、より本質的なところに時間を投資できるようになったことは、すごいことだと思う。

〈Lukkaグループのグローバルミーティング:Aerial Partners提供〉

グローバルのビジネスでは英語が必須であることは変わらないが「志をともにする」「大きな方向性を決める」といった重要なことを乗り越えるために必要な労力は、これまでよりも格段に下がっている。もちろん今後、ビジネスも言語もすべてグローバルに繋がっていけるように、挑戦を続けていかなければならないと感じている。

──LukkaがAerial PartnersのM&Aを決めた、あるいは、Aerial PartnersがLukkaグループ入りを成功させたポイントはどこにあったのか。

沼澤氏:非常に幸運だった。そのうえで、暗号資産業界、Web3業界にかかわらず、その企業にしか提供できない付加価値のあるスペシャリティ、例えば、プロダクト、チームの専門性、オペレーションエクセレンスなど、教科書的になるが「お金だけでは実現できない強み」を持つことに尽きると思う。「刀を研ぐ」と良く言っているのだが、自分たちの事業にとって最も競争力の源泉になるのは何かということ。それを見定めて、ひたすら磨き上げることに尽きる。

生成AIによって、コミュニケーションに限らず、すべての業務プロセスにおいて効率が上がったが、同時に、いろいろな作業が淘汰されるだろう。最後に残る「自分の刀」「チームの刀」は何かを常に自分に問いながらビジネスに取り組んでいきたい。

|文・インタビュー:増田隆幸
|写真:Aerial Partners