消えない「都市消滅」の危機感、加賀市のWeb3戦略と地方再生のリアル【コラム】

少子高齢化による人口構造の変化が国内の多くの地方都市に重くのしかかる。

例えば、一時は「消滅可能性都市」に指定された北陸の小都市は、AIやビッグデータ、ブロックチェーンを積極的に取り入れたスマートシティ構想を急ピッチに進めている。世界と地方をデジタルで繋ぎ、「関係人口」を増やすことでデジタル経済の規模拡大を図るが、一筋縄ではいかない課題がある。

延伸した北陸新幹線で東京から乗り継ぎなしの約3時間。金沢駅を越えると、まもなく加賀市の玄関口、加賀温泉駅が見えてくる。人口約62,000人。磁器の九谷焼や山代温泉、山中温泉、片山津温泉で知られる小都市は人口減少に歯止めがかからず、2014年に消滅可能性都市に指定された。

新型コロナウイルス(Covid-19)のパンデミックにより観光業が打撃を受けていた21年、東京エレクトロンやソニーで半導体の開発に没頭してきたエンジニア、山内 智史(やまうち・さとし)氏が、加賀市の「最高デジタル責任者(特定任期付き職員)」に抜擢された。24年1月、能登半島地震が石川県を襲い、加賀市は新たな危機に直面した。

任期は最長で5年。「賑わいを取り戻したい」という思いで走り続けた3年が過ぎた。

観光業をアップデートして、観光業依存から脱する

〈加賀市イノベーションセンターで、インタビューに応じる最高デジタル責任者の山内 智史氏/撮影:筆者〉

加賀市の人口は、日本のバブル経済が終わろうとしていた90年に過去最多の80,720人を記録して以来、減少の一途をたどってきた。15歳~64歳の生産年齢人口は21年時点で、約34,000人。90年の55,000人から4割減った。豊富な観光資源から観光依存型の都市を連想するが、加賀市の産業構造を紐解いてみると、製造業が圧倒的な稼ぎ頭で全従業者数の3割を占める。

山内氏は、「デジタル空間を通じて海外の日本ファンを惹きつけることで、観光業は新しい商品を開発することが可能だ。業界全体がさらに進化、発展できる」と述べた上で、こう付け加える。

「観光業への依存度が高くなり過ぎてはいけない。(宮元 陸)加賀市長が強調する人材育成に重きを置き、モノづくりの要である製造業を中心に産業構造をアップデートする必要があるのではないか。これを可能にするために、AIやビッグデータ、ブロックチェーンといったものが存在感を消して、滑らかに社会基盤の背骨になっていくべきだろう」。

山内氏率いるイノベーション推進部はまず、誰もがバーチャルの加賀市民になれる「e-加賀市民証(電子市民証)」を、NFT(ブロックチェーン上で発行される非代替性トークン)で発行する取り組みを始めた。e-加賀市民の数は24年3月のサービス開始から現在までに1,100人に達したが、目標は100万人だ。

仕事(Work)と休暇(Vacation)を組み合わせた言葉で、通常の職場とは異なる場所で仕事をする「ワーケーション」と呼ばれる働き方があるが、加賀市内のホテルでワーケーションを目的に宿泊できるチケット(NFT)も、e-加賀市民証の販売サイトで売り出した。

増えないトークン化商品

〈e-加賀市民のホームページ〉

宿泊チケットを使ってチェックインを行う際は、ホテルのフロントデスクでe-加賀市民のサイトにログインし、「マイページ」からQRコードを読み込む。外部ウォレットに宿泊チケットを保存して、ウォレットとサービスサイトを連結させるような煩(わずら)わしさを排除し、シンプルで使いやすいUXを意識したと、山内氏は話す。

e-加賀市民を魅了し続けるには、ワーケーション用の宿泊チケットだけでは十分ではない。都市が関係人口を増やすには、民間企業が新たなデジタル商品やサービスを開発し続ける必要がある。同時に、それを後押しする行政の支援は不可欠だ。

特に、モノやサービス、文化資源と、ブロックチェーンで発行するトークンを結びつけたデジタル商品の開発は、地方都市で営んできた多くの中小・零細企業にとってはハードルが高い。

ましてや、トークンは種類が豊富だ。ビットコイン・ブロックチェーンやイーサリアム・ブロックチェーンには、独自トークン(暗号資産)のビットコイン(BTC)やイーサ(ETH)が存在する一方で、金融機関は不動産や社債などの金融商品や資産のトークン化を始めた。また、米ドルや米国債を積み上げた準備金に紐づいたトークンは、ステーブルコインと呼ばれ、自国通貨が不安定なグローバルサウスの国々では、米ドルの代わりに利用する人の数が増えてきた。

トークンで形成される新たなデジタル経済は、「トークンエコノミー」や「トークン経済」と呼ばれる。一方で、政府自民党が国家戦略の1つに据えている「Web3」は、「第3世代のインターネット」のことで、プラットフォーマーを介さずに個人と個人が人種と国境を越えて繫がり、多くのサービスを利用できる世界だ。

日本がトークン経済やWeb3で国力を強めていこうとするなら、国と地方行政はより積極的にこの分野における多くの実験的なプロジェクトを進め、納税者のトークン経済についてのリテラシーを早急に向上させる必要があるだろう。

納税者である小都市の市民がトークンに関する知識が乏しいなかで、トークンを巧みに使いこなしてきた諸外国のデジタルネイティブが加賀市のデジタル経済圏に流れ込んだとしても、加賀市の「デジタルGDP」拡大とはならないのではないか。

古びた病院がスタートアップの育成施設に生まれ変わる

〈病院をフルリフォームして造られた加賀市イノベーションセンターの内部/撮影:筆者〉

町が賑わいを取り戻すためには、商いが盛んにならなければならない。

国家戦略特区の加賀市は、デジタル空間に「Web3課」を開設し、e-加賀市民がワンストップで開業の手続きを行うサービスを始めた。企業の登記や税務、社会保険などの申請手続きをオンラインで進めることができる。

スタートアップに投資を行った個人投資家が税制上の優遇を受けられる「エンジェル税制」や、スタートアップに適用される減税措置が適用される一方で、海外の起業家が加賀市で起業する際、「スタートアップピザ」を利用すれば、在留資格は最大1年6カ月まで延長することができる。

山内氏は、使われなくなった市内の病院を、スタートアップが特定の期間入居できるイノベーションセンターに生まれ変わらせた。賃料は無料で、入居企業は月々数千円程度の光熱費を払うだけ。

イノベーションセンターには、3Dプリンターや動画撮影ができるスタジオ、カンファレンスルーム、コワーキングスペースを完備し、スタートアップの創業者やエンジニアにとって働きやすい環境を整えた。

それでも、海外の優秀なエンジニアの流入人口が急激に増加するまでには至っていない。

山内氏が率いるイノベーション推進部にも大きな課題がある。この部署でWeb3戦略に稼働できる人材は限られており、「人手不足が慢性的な悩み」と、山内氏は言う。また、e-加賀市民の制度を整備する際、国からの補助金でイニシャルコストの一部を賄えたが、この制度を継続させるために必要なランニングコストを補う補助金は存在しない。

デジタルノマド争奪戦?

地方創生の文脈で地方自治体の職員と話をすると、必ずと言ってよいほど「関係人口の増加」と「デジタルノマド(遊牧民)の誘致」の2つのキーワードが聞こえてくる。加賀市も例外ではない。

移民・移住のコンサルティングサービスを展開する「ニューランド・チェース(Newland Chase)」が昨年まとめた報告書によると、世界を旅するデジタルノマドは推定3500万人で、彼らの活動がもたらす経済的価値は年間で7,870億ドル(約120兆円)にのぼる。

国はデジタルノマド人材の誘致を目的に、「デジタルノマド ビザ」と呼ばれる在留資格を発行している。対象となるのは、日本にビザなしで入国できる国の国籍を持ち、年収1,000万円以上を稼ぐ人材や、海外企業との雇用契約を持ちながら、日本でIT技術を使って働くことができる外国人だ。

デジタルノマドが日本に滞在できる期間は最長6カ月。国は彼らの消費活動とイノベーションの創出を期待するが、賑わいを取り戻そうと奔走する小都市を訪れると、乗り越える壁の高さを実感する。

Web3アプローチで疲弊した社会インフラを再建できるのか

〈加賀市イノベーションセンターの壁に貼り付けられたポスター。「消滅可能性都市の、逆転劇。起こしたくないか。」の文字/撮影:筆者〉

日本酒、温泉、九谷焼、加賀料理などの文化資産をトークン化することで、例えば、世界の富裕層に直接「時価」で販売できる手法を探求する一方で、ブロックチェーン技術と市民の活動の双方を活用して、老朽化した社会インフラを再建する事業提案を加賀市に持ち込む企業もある。

地下に張り巡らされている水道管が敷設からおよそ半世紀が過ぎ、膨大な予算を必要とする水道インフラの再建が大きな社会課題となっているなか、「DePIN(ディーピン)」と呼ばれる方法が注目されている。DePINは、「Decentralized Physical Infrastructure Network」の略語で、ブロックチェーンを活用して、インフラ設備を分散的に管理・運営する概念のこと。

例えば、市民が町に点在する無数のマンホールをスマートフォンで撮影して、その写真データを特定の管理者に送ることで、マンホールの品質状況が把握できる。写真データを提供した市民には報酬(トークン)が与えられるといった仕組みだ。

地方創生をWeb3のアプローチで進めていくために、ブロックチェーンを基盤にしたアプリケーションや新しい組織運営などが日本各地で試されてきたが、「キラーユースケース」や「キラーアプリ」と呼ばれるような大成功を収めた事例はまだ報告されていない。

群馬県では分散型自律組織(DAO)を組成して、ぶどうの栽培とワイン醸造の産業を拡大するプロジェクトが立ち上がった。四国・瀬戸内では、同じくDAOを使って、古民家の新たな利用価値を探求する事業が始まっている。

DAOは、ブロックチェーンが基盤となる組織の運営形態で、特定の代表者が存在せず、参加者全員によって運営される。

加賀市・最高デジタル責任者としての山内氏の任期は残り2年。

「ブロックチェーンに限らず、AIや他の先進技術を積極活用して、画期的なビジネスが生まれやすい町にし、加賀市の取り組みがデファクト・スタンダード(標準として定められていないが、広く普及させることで事実上の標準として扱われるもの)になるようにしていきたい」と山内氏は述べた。

|インタビュー・文・撮影:佐藤 茂
|トップ画像:加賀市の山代温泉にある共同浴場・古総湯(撮影:筆者)