ハイパーレジャー(Hyperledger)──リナックス・ファウンデーション(Linux Foundation)が支援するオープンソース・ブロックチェーン・アライアンス──は、中国の人民解放軍にもサービスを提供する北京の企業に新しい認定プログラムへの参加を許可している。
5社のみの認定サービスプロバイダー
現在、5つの企業のみが「ハイパーレジャー認定サービスプロバイダー(Hyperledger Certified Service Providers:HCSP)」として認められており、ブロックチェーン技術を検討している企業にサポート、コンサルティング、トレーニング、プロフェッショナルサービスを提供できる。インストール、設定、トラブルシューティングなども提供可能とハイパレジャーは述べた。
3社はアメリカ企業で、IBM、アクセンチュア、チェーンヤード(Chainyard)、一方、2社は中国企業で以前はアリババ(Alibaba)のアリペイ(Alipay)として知られていたアント・ファイナンシャル(Ant Financial)と、北京ピアセーフ・テクノロジー(Beijing Peersafe Technology)だ。
ハイパーレジャーの発表の4カ月前、ピアセーフは民間と軍事の双方に利用できる技術に投資している「Shanghai Civil Military Integration Development Fund」からシリーズCのラウンドで資金を調達した。
同ファンドが投資したことによって、ピアセーフは軍や政府機関とより深いコネクションを生むことができるパートナーシップを十分に活用してきた。
2014年に設立され、ブロックチェーン特許については3大企業の1つ(2019年6月時点で承認が14件、申請中が55件)であるピアセーフは、政府向けを含め、中国全土でブロックチェーン・ベースのプラットフォーム向けにインフラを提供している。
ピアセーフは、政府発行の3つの認可をすべて持つ唯一の中国企業と主張している。すなわち、商業暗号化商品カテゴリー認可証(Commercial Cryptography Product Category Certificate)、公安省向け情報セキュリティー商品販売許可証(Sales Permit of Information Security Products for the Ministry of Public Security)、そして中央政府機関向けソフトウエア・サプライヤー(Software Supplier for Central Government Agencies)だ。
しかしこれまでは、軍事面への関与はあまり行われていなかった。
新しい認定プログラムによってピアセーフは、物流追跡プラットフォームや安全な情報システムといったアプリケーション開発の基盤となることを目的としたブロックチェーン技術「ハイパーレジャー・ファブリック(Hyperledger Fabric)」への参加が認められた。
軍事でのユースケース
ピアセーフは中国の4大国営銀行の1つである中国建設銀行のために、2018年1月のローンチ以来、530億ドル(約5兆8000億円)を超える取引量を誇るブロックチェーン・ベースの貿易金融プラットフォームの改良をサポートした。
だが、同社の中国向けの最大のアプリケーションは、政府による軍の管理を強化するものだった。
ピアセーフはすでに、中国警察が信頼できるノードを通じて監視システムの映像やデータを安全に転送するための支援を行い、また政府向けに暗号化通信サービスも提供している。
軍の公式メディアである「解放軍報(PLA Daily)」は、軍の運営と国防を強化するためにブロックチェーン技術を活用する計画を詳細に報じた。
2019年11月に発表されたレポートによると、中国の人民解放軍は機密情報や通信の保護、軍事訓練の成績評価、兵站の監視にブロックチェーン技術を利用する。
例えば、システムを使うと、各兵士のIDおよび訓練のタイムスタンプとともに射撃訓練の記録を自動的にブロックチェーン上に提出し、結果の信頼性を高めることができる。
IBMとサムスンのブロックチェーン・ベースのロジスティクス・プラットフォームに触れつつ、解放軍報は、軍はブロックチェーン・ベースのプラットフォーム上でロジスティクスをより低いコストで、よりうまく管理することもできると報じた。
スマートコントラクト・プロトコルは「技術的な信頼性」と異なる部門の人間が上層部の許可を受けることなく協働できる安全なピア・ツー・ピア(P2P)通信を構築できると解放軍報は記した。
グローバルに進行している軍事ブロックチェーン・プロジェクトに加わる形で、ピアセーフの軍や治安組織との提携は、ブロックチェーンを使ったアプリケーションが開発され、ユースケースに応用されるにつれて、深まっていくだろう。
中国の「軍民融合」政策
ピアセーフに投資をしたプライベート・エクイティファンドは、70億ドル(約7600億円)を超える運用資産を持つ国営投資企業「上海国盛集団(Shanghai Guosheng Group)」の一部。
上海国盛集団は2017年にファンドを設立。習近平国家主席が「中央軍民融合発展委員会」を設置、そのトップに就任して軍民の技術統合を推し進める中でのことだ。
中央軍民融合発展委員会の目的の1つは、国防と軍の情報セキュリティーサービスに利用できる技術を見つけ出すことにある。
「習国家主席による人民解放軍の改革:中国軍改革の評価」と題された米国防大学(National Defense University)のレポートには次のように記されている。
「中国が人民解放軍改革の核となる要素として軍民統合(Civil-Military Integrations:CMI)を推進していることは、主に現代のテクノロジー主導の戦争を考えた結果である」
同レポートは、中国が近年、経済成長の鈍化に苦しむ中、軍民統合は中国の軍事予算を削減する可能性があると示唆した。
6月、上海国盛グループが投資を発表した際に、ピアセーフのティン・ヤン(Ting Yan)CEOは「異なる分野における既存のユースケースと業界内における特別な能力によって、ピアセーフは軍事・治安業界に進出するための確固とした基盤を築いた」と述べた。
「ファンドはピアセーフに、軍や国営企業向けのユースケースを含めて、幅広いリソースをもたらす」とヤン氏。
「ピアセーフとファンドは共通のブランド効果、技術、流通ネットワーク、顧客基盤から恩恵を受けることができる」
暗号技術で保護された軍用トナーカートリッジ
中国の人民解放軍を通じてピアセーフに開かれたブロックチェーン分野の可能性は、暗号技術を使ったプリンターのトナーカートリッジの例で証明されている。この事例は中国で初の採算が取れるブロックチェーン開発企業となり得る企業統合につながった。
プリンター向けトナーカートリッジ製造を手がけるHengjiu Technologyは、見過ごされがちなバックドアとなりうるトナーカートリッジを経由して盗聴を目的としたバグが入り込むことを防ぐために長年、軍とパートナーシップを結んできた。
深セン証券取引所に提出された株式移転通知書類によると、Hengjiu Technologyは、軍と他の政府治安組織に10年にわたってサービスを提供している情報セキュリティー・暗号技術企業のMinbo Information Technologyの71%の株式を取得するために2000万ドル(約21億7000万円)を費やし、そのために多額の借り入れを行った。
軍と政府は情報セキュリティー業界にとって推進力となるとMinboは最近の年次報告書に記した。
2016年の年次報告書の中でMinboは、兵器の品質管理プラットフォームを構築する認可を受けたと記した。そして2017年の年次報告書によると、福建省の国家保密局(National Administration for Protection of State Secrets)から、コンピューターや紙ベースのメディアの修理、破棄の認可を受けた。
中国メディアの報道によると、Minboはより高いレベルの機密情報を含む、政府および軍のプロジェクトに参加するための申請を行っており、国家暗号管理局(State Cryptography Administration)などの政府機関からすでに最高レベルの認証を受けている。
申請書類の中でMinboは、今後6年で純利益2800万ドル(約30億円)以上、2019年には少なくとも200万ドル(2億2000万円)を目指すと記した。中国メディアの報道によると、軍との契約によって利益が伸びるため、同社はブロックチェーン業界の中でこのような額の利益を上げる最初の企業になる可能性がある。
ブロックチェーン軍拡競争
ブロックチェーンの軍事利用は声高には議論されていない。だが中国以外にもすでに広がっている。アメリカとロシアも、軍の能力を高めるためにブロックチェーン技術に目を光らせている。
米国防省の研究部門である国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency:DARPA)は7月、通信と職員データの安全のためにブロックチェーンを使った実験を開始したと述べた。
DARPAは、分散型台帳の数多くのチャンネルを通じて、職員がどこからでも追跡可能なメッセージを送信したり、トランザクションを処理できる、より効率的で安全なプラットフォームの構築を目指している。
アプリケーションは、各部門と本部の間の通信を円滑化したり、情報官と国防省間の情報の送信を行うなど、さまざまな方法で利用されることになるとDARPAは述べた。
DARPAはまた、ブロックチェーン技術を活用してハッキング不可能なコードの開発にも取り組んでいる。ブロックチェーン技術はデータベースに侵入しようとするハッカーの情報を提供することができる。
ブロックチェーン・ソフトウエア企業コンセンシス(ConsenSys)が3月に投稿したブログによると、ロシア国防省はサイバーセキュリティー攻撃を弱体化し、軍事行動を支援するためにブロックチェーン技術を活用する方法を調査する研究ラボを立ち上げた。
このラボの優先事項の1つは、重要なデータベースや武器システムへのサイバー攻撃を検知し、防御するための情報システムの開発にあるとブログはロシアの日刊紙イズベスチヤ(Izvestia)を引用して指摘した。
ブログは、アメリカや他の西側諸国の軍に対して、中国とロシアの軍におけるブロックチェーン採用の高まりを警告した。
「我々の重要な兵器システムと国家安全保障資産の将来の安全のためには、ブロックチェーンを使っていない防御システムへのサイバー攻撃を知らせる危機的な状況を待つのではなく、今行動することが不可欠」
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock
原文:Chinese Army’s Blockchain Provider Approved for New Hyperledger Certification Program