ドル基軸体制強化を狙う米国の動きを捉え、拡大・対抗──SBI北尾氏の刺激的な40分【FIN/SUM 2025】

「FIN/SUM」のコアウィーク(3月3日〜7日)の講演のラストは、SBIホールディングス代表取締役会長兼社長・北尾吉孝氏が暗号資産のダイナミックな動き、SBIグループの暗号資産/デジタル資産への取り組み、さらには「金融・IT・メディアの融合」という新たな取り組みを発表して締めくくった。
「時間が限られているから、一気にやります」と述べて、北尾氏は40分間、語り尽くした。暗号資産の可能性、トランプ大統領が狙うドル基軸体制の強化、そしてSBIグループのWeb3エコシステム、さらにはメディアなど刺激的な内容がいっぱいだったが、個人的に最も印象的だったのは北尾氏の以下の言葉だ。
「イーロン・マスク氏は実に偉大な男だと思う。僕に彼ほどの能力があったらと思うが、残念ながら僕は僕以上ではない。今あるものを努力と勉強で増やし続けていかなければいけない」
刺激的な40分をダイジェストでお届けする。
ブロックチェーンこそが今世紀全般の最大の革新的技術
まず北尾氏は、SBIグループのこれまでの歩みと、デジタル領域への取り組みについて語った。
「創業20周年と25周年と比べると、収益のキーインジケーターは大体2、3倍に上がっている。これからの5年間で同じように3倍、4倍ぐらいに我々の企業グループをしたいと思ってアクションを取っている」
「ひとつは、海外からの収益は今、10%ぐらい。これを20%、30%に持っていきたい。もうひとつは、デジタルスペースで徹底的に事業を拡大する。新しい金融商品を市場に供給する。あるいは新しい領域、金融を核に、金融を超えるという世界を具現化させる」
北尾氏は、創業当初は「フィンテック1.0」で事業を展開してきたと語り、フィンテックのこれまでの流れを整理した。
「インターネットの上にさまざまなWebアプリケーションが並ぶ。(フィンテック1.0では)こういうことをやってきた。その途中でビッグデータ、AI、ブロックチェーンなどのさまざまな新しいテクノロジーが出てきた。グループにできるだけそれらを導入する。このタイミングがフィンテック1.5だった」
「ブロックチェーンこそが、今世紀全般の最大の革新的技術。これを徹底的に基盤にしたレイヤーの上にアプリケーションを載せないとダメ。これがフィンテック2.0の考え方だった」
「そして今や、デジタルスペース生態系『Web3』の領域に入らないといけない。もうWeb3を作り上げるさまざまなテクノロジーは、十分にいろいろなものがでてきた。もちろんこれからも進化するでしょうし、これからも新しいものができるでしょうけども、まさにのブロックチェーン、AIの技術を基礎とした分散、そしてトラストレス=管理者不在が特徴となる次世代のWeb3時代。我々は新しい生態系、デジタルスペースの生態圏を構築していき、一挙に収益力、利益を増やしていく」
国際決済システムは転換期、コンドラチェフの「第6波」が来ている
次に暗号資産のこれまでの成長、さらにはトランプ大統領就任のインパクト、トランプ大統領やイーロン・マスク氏の取り組みの意図について語った。
「デジタルテクノロジーの活用で世界は激変しつつある。私が『これから仮想通貨の大躍進が始まる!』という本を刊行したのが2018年11月。将来、これは必ず大変なマーケットになっていくだろう、大躍進していくだろうと思って書いた。2025年3月6日時点で時価総額は23兆円から136.7兆円まで拡大している。19倍だ。ビットコインとイーサリアムのみで時価総額が3303兆円。2023年末における東京証券取引所の10兆円超の企業の合計時価総額は160兆円しかない」
「国際決済システムは転換期を迎える状況になっている。『コンドラチェフの循環』は60年ごとの新しい技術革新をベースにした景気循環だが、ちょうど第6波が今、来ている。そのグッドタイミングでトランプ氏が大統領に就任した」
「トランプ大統領は1月23日に就任後すぐに『デジタル金融技術における米国のリーダーシップの強化』と題した大統領令に署名した。そして、デジタル資産市場に関する大統領作業部会を設立して、トップにPayPal創業時の幹部、デビッド・サックス氏を就任させた。サックス氏は『ホワイトハウスAI&暗号資産担当特使』にも就任した」
「大統領令の主なポイントは『検閲なしに(暗号資産を)自己管理する権利を認める』『ドル連動型ステーブルコインの発展を促進する』『米国内での中央銀行デジタル通貨は、発行・流通・使用を禁止する』ことで、ステーブルコインの果たす役割はますます重要になり、大きなものになりつつある」
「さらにトランプ大統領は、米政府の戦略備蓄として、さまざまな銘柄の暗号資産を検討すると述べ、3月6日にはビットコイン戦略準備金設立の大統領令に署名した。暗号資産についての関心が世界中で高まる状況になった」
「今回、ステーブルコイン重視が発表される前から、我々はステーブルコインをドルでやると決定して、ずっと金融庁とワークしていた。これにはSBIグループのさまざまなところが関与してこれを可能にした」
ドル基軸体制の強化を狙うアメリカ
北尾氏は、暗号資産関連のトランプ大統領、さらにはイーロン・マスク氏の取り組みは、すべてドル基軸体制の強化をもとにした、アメリカの覇権の維持・強化にあると述べた。
「米議会において重要なデジタルアセット関連法案は今審議中だ。『21世紀金融イノベーションテクノロジー法』を見て、興奮した。これでいよいよ圧倒的なうちの基盤を作れる。デジタルアセットについて包括的な規制枠組みを構築し、SECとCFTCの管轄の明確化を図る。リップルに投資して以来、幾多の訴訟案件があり、耐えに耐えて、ようやく日の目を見る状況になってきた」
「さすがに『アメリカだな』と思うのは、主要どころの長官とか、委員会の委員長は、全部実業界から来た人。実務をよくわかっている人。素晴らしい人選をトランプ大統領はしている」
「アメリカにとって最も重要なことは、ドルの基軸通貨体制を維持すること。そして生産性をデジタルテクノロジーで向上させて、業務効率化を図る。これがD.O.G.E(政府効率化省)の主要な役割であり、イーロン・マスク氏の最も得意とするエリアだ。金融の競争力は強化され、新たな金融システムに移行され、そしてデジタルアセット分野の世界におけるリーダーシップが確立される」
「今、ドルの基軸通貨体制は揺らぎ始めている。そこで、デジタルゴールドと言われるビットコインなどで、アメリカが主導権を取れるような世界を作っていく。ドルの地位を強化して、経済もブロックチェーンを活用して、財政も効率化・健全化していく」
「(イーロン・マスク氏が進める)生成AIチャットボット『GSAi』(GSA[一般調達局]向けのカスタム生成AI)の開発も、いろいろなイノベーションのひとつだが、僕はブロックチェーンの方が前半部分においてもっと重要だと思っている。孫さんにも言っている。チャットボットが出てきて、人々の関心はブロックチェーンよりも生成AIに向いているが、実際に効率化を図るとか、安全性を確保するのはブロックチェーンの技術」
「イーロン・マスク氏は実に偉大な男だと思う。僕に彼ほどの能力があったらと思うが、残念ながら僕は僕以上ではない。今あるものを努力と勉強で増やし続けていかなければいけない」
SBIグループのデジタルスペース戦略

SBIグループのデジタルスペース戦略、Web3戦略についても、北尾氏は畳み掛けるように説明した。
「SBIグループのデジタルスペース戦略、つまりデジタルスペースへの参入はこの2、3年の間に徹底的にやってきた。完成度はまだ100%とはいえない。これからも世界中の良い技術があれば、どんどん導入していく」
「SBIグループを1999年に作ったDay1から、インターネット時代の組織、優位性は、生態系、つまりビジネスエコシステムにあると考えてきた。これはデジタルスペース時代でも同じだ」
SBI VCトレード、ビットポイントの2つの暗号資産取引所を中心に、さまざまなファンクションを有機的に結合してきたとし、「日本一の暗号資産交換業者に必ずなる」「時間の問題だ」と力説した。いずれSBI証券で「いろいろな暗号資産関連商品を売っていく」と語ったことも印象的だった。
さらにステーブルコイン「USDC」の取り扱いを開始する意味について「運用はドル、あるいは短期米国債で行われる。つまりドルと兌換される。これは(ドル基軸体制の強化を狙う)トランプ大統領からすれば、もってこいの推奨案件。3月12日にベータローンチを行って、今月中にも一般顧客向けに提供したい」と語った。
IT・金融・メディアを融合し、米国の動きに対抗
40分の講演もラスト5分あまりになった頃、北尾氏は「さて、メディアです」と切り出し、おそらく満席の会場のほぼ誰もが予想していなかったメディアへの取り組みを語り始めた。
「SNS等のインターネットメディアをフル活用し、メディア・IT・金融を融合した生態系をこれから作っていく」
「もう全世代でインターネットがテレビを凌駕している。2020年を境にマスコミ4媒体の広告費をインターネット広告が上回っている。地上波テレビCMも、代理店を使うのではなく、インターネット広告と同様に発注からモニタリングまでオンラインで完結する仕組みが動いている」
「海外メディアに日本のメディアははるかに遅れを取っている。アメリカは急速にメディア、IT、金融の融合が進んでいる。デジタル金融のノウハウ・技術、AIの技術、それがメディア側の潮流と金融側の潮流をドッキングさせた」
「トランプ氏は、早いときからトランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ(Trump Media and Technology Group)を作ってソーシャルメディア・プラットフォームのトゥルース・ソーシャル(Truth Social)を作った。そして基軸通貨としてのドルを強化する、DeFi(分散型金融)の大衆化と分散型ガバナンスを実現するといってワールド・リバティ・ファイナンシャル(World Liberty Financial:WLFI)を作った」
「イーロン・マスク氏は、ツイッターを買収してXに変え、トランプ氏に協力して、DOGE(政府効率化省)のステータスを得て、そして今度はVISAと提携して、デジタル決済プラットフォームのxMoneyを作る。グズグズしていたら、Xを通じて日本の金融にどんどん入ってくる。我々も早急にイーロンに対抗できるような状況を作り上げないといけない。今どんどん動いている」
「グループレベルでの情報発信力を強化、SNSの専門チームの立ち上げ、および他社とのアライアンスの検討をどんどん進めている。金融IT領域で強みを持つSBIグループの生態系にメディアの領域を融合させる」
「地方創生にも、地方の新聞社、放送局に我々の金融コンテンツを送るとか、地方メディアをデジタライズしていくなど、いろいろなことができる。我々は現に、地域金融機関をデジタルの力で変えてきた」
「さらに、オープンアライアンス戦略のメディアプラットフォームを構築して、インフルエンサーを束ねて、1つのメディアにしていこうと思っている」
今年の「FIN/SUM」で最大のニュースのひとつは、SBIグループの暗号資産取引所SBI VCトレードが電子決済手段等取引業者の第1号認可を取得し、ステーブルコイン「USDC」の取り扱いを開始すると発表したことだったが、コアウィーク最終日に北尾氏が再び、大きな構想を明らかにした。
USDCのサービスが本格的に開始されてから、SBIグループがどのような動きを見せていくのか。ますます目が離せない。
|文・撮影:増田隆幸