[ST最前線]セキュリティ・トークン社債が即完売──大和証券が描く未来の金融サービス像とは
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大和証券が販売を手がけたトヨタグループ初のセキュリティ・トークン(ST)債(愛称:トヨタウォレットST債)が、2月20日の販売開始直後に完売した。発行総額は10億円。1口10万円で1万口の販売だったが、反響は想定を上回ったという。
同社にとって今回のST債は、公募型としては大和証券グループ本社債に続く2件目の事例。他社グループが発行するST社債の販売は初めてであり、伝統的な金融商品を中心に取り扱ってきた同社にとっても、ブロックチェーンを活用した事業展開の新たな節目となった。
大和証券グループがST社債に取り組む目的、トヨタとの連携、現物資産(RWA)トークン化に対する展望などを同社経営企画部デジタルアセット推進室長の斉藤貴裕氏に聞いた。
トヨタST債の反響と従来の社債との違い
──トヨタウォレットST債の反響は?売れ行きは想定通りか?
斉藤氏:トヨタというネームバリューの強さもあり、顧客からの問い合わせは非常に多かった。ほとんどの支店で即日完売しており、希望者全員には行き渡らなかったほど。
100万円の購入で1万円分の特典がTOYOTA Walletに付与されることもあり、100万円程度で購入する顧客が多かった。魅力的な利回りと特典も相まって順調な販売となり、想定よりもかなり高い反響を集めた。
──ST社債とは何か。従来の社債との違いはどこにあるのか?
斉藤氏:従来の社債は「振替債」と呼ばれ、証券保管振替機構や証券会社など複数の関係機関がそれぞれのデータベースを管理・連携しながら運用している。ST社債では、これらの情報をブロックチェーン上で一元管理する。
ブロックチェーンにすべての情報を記録することで、透明性が高く、効率的な管理が可能と期待されている。ただし現状では、現金による購入や利払い、源泉徴収などの手続きなどは依然として残っており、事務的な負荷はまだ大きい。
それでも将来的には、ステーブルコイン(SC)などのデジタル通貨と連携することで、通貨レイヤーも含めてブロックチェーン上で完結可能となり、本格的なコストメリットが生まれるだろう。デジタル資産発行基盤を手がけるProgmat(プログマ)が分科会を立ち上げるなど、業界内でもST・SCの連携は2025年度の重要テーマとして認識されている。

商品設計の自由度とファンマーケティング

──投資家・発行体にとっては、どのようなメリットがあるのか?
斉藤氏: ST社債の特徴として、商品設計の自由度があげられる。たとえば、週次利払いのような、従来では制度上実現が難しかった設計も可能になる。従来の証券保管振替機構をはじめとする複数の関係機関が連携する体制では、新商品実現のために、すべての会社が現行システムに手を入れる必要が出てしまう。
しかし、ブロックチェーン基盤でデータを一元管理することができれば、柔軟な商品設計によって多様なニーズに応えることができる。コスト削減だけでなく、商品設計の自由さこそがST社債の意義と言える。
──ST社債という新しい商品に対する顧客の理解は進んでいるのか?
斉藤氏:不安を感じる声も一部あったが「不動産ST」などの言葉も徐々に浸透してきており、お客様の理解は進んでいると感じる。
今回のトヨタウォレットST債もそうだが、特典を設けることでファンマーケティングにも活用できる点がST社債の特徴だ。発行体から見れば、単なる資金調達手段に過ぎなかった従来型社債と違って、ST債は投資家との関係性を直接的に築く手段にもなる。
金融のトークン化と規制上の課題
──アメリカなどでは金融商品のトークン化が進んでいるが、どう捉えているか?
斉藤氏:海外では最近、トークン化MMF(マネーマーケットファンド)のような商品が注目されているが、現時点では主に暗号資産(仮想通貨)投資家をターゲットにしたものだと考えている。
一方、こうした商品がまだ国内で出てこないのは、対象となるターゲット層のニーズがまだ小さいからだろう。ただし、国内でも暗号資産投資家が不動産や株式、社債といった伝統資産に目を向け始めている。今後は、伝統的投資家と暗号資産投資家の境界が曖昧になり、最終的には両者が融合していくと考えている。さらにパブリックチェーンの活用によって、国境も超えた投資もより簡単になっていくだろう。
──パブリックチェーンを活用する場合、どのような課題があるのだろうか?
斉藤氏:DeFi(分散型金融)が典型例だが、法規制が適用される「名宛人」が誰であるかを明確にすることが難しいことがある。例えば、イーサリアム財団がイーサリアムの運営主体かと問われても、実際にはそうではない。
つまり、誰に対して規制をかけるかが不明確である点が大きな障壁となっている。ひとつずつ論点を整理し、減らしていく必要がある。グローバルな売買を目指すならば、パブリックチェーンの利用は避けられないが、その前提として全体像を描くことが不可欠だろう。
──ST社債発行を通じて、どのような課題が見えてきたか?
斉藤氏:すべてが新しい取り組みであり、今は課題を洗い出している段階だ。中でも、マーケティングでの個人情報の取り扱いや法制度上の許容範囲を整理する必要性が浮かび上がった。
STならではの業務フローやインフラの整備も今後の課題だ。今はまだ実証段階とも言えるが、このフェーズを乗り越えることができれば、画期的な金融商品が誕生するはずだ。
外債分野と暗号資産市場へのアプローチ

──証券会社として、今後の戦略や展望を教えてほしい。
斉藤氏:今後は、ST社債とデジタル通貨の融合を含め、さらに踏み込んだ取り組みを進めていく予定だ。自己募集案件なども登場し始めており、ST社債はこれからが本番と言えるだろう。
具体的には、2つの面から考えたい。ひとつは、個人投資家向けのマーケティングへの活用。例えば、自己募集というやり方はもちろん考えられるが、投資家を集めることには発行体側の負担も大きい。そこで、我々のような証券会社が顧客ネットワークを活用し、ST社債を販売するスキームを構築することが1つの方向性だと考えている。NFTやポイント、限定イベントといった特典を付けることも可能で、ストーリー性がある商品設計はSTならではの強みになる。
ただし、現在の販売チャネルでは、当社の顧客への販売が中心で、発行体のファンや利用者と必ずしも一致していないケースもある。インターネットの活用や発行体との連携も含め、幅広くターゲットに届く体制づくりが必要だと感じている。
もうひとつは、機関投資家向けの展開。まずは実験的な取り組みが中心となるが、外債分野には大きな可能性があると見ている。グローバルで流通する複雑な構造の商品をブロックチェーン上で扱えば、データ構成をシンプルにしつつ、商品性を拡張することができる。さらに、デジタル通貨による決済も活用すれば、コスト削減効果が見込める。
──顧客としての暗号資産投資家をどう捉えているのか?
斉藤氏:現時点では模索中だが、日本国内のアセットを海外の暗号資産投資家に販売する可能性はある。ただし、我々が暗号資産投資家層について十分理解しているとは言えないため、海外のパートナー企業との連携が鍵になる。
グローバルな売買を進めるには、パブリックチェーン上での発行を検討する場面も出てくるだろう。その際は、販売国側の法制度への対応が求められる。制度設計も含めて、慎重に進めていく必要があると考えている。
|文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
|トップ画像:斉藤貴裕氏(経営企画部デジタルアセット推進室長)と同推進室の横山尚弘氏(撮影:多田圭佑)