一橋大学名誉教授で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏は、ブロックチェーン関連の著書が多い経済学者として知られる。野口氏は「ブロックチェーン技術の普及で、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)さえ危い」と説く。新時代を生き抜く企業の必須要件とは?
ブロックチェーンは革命的な汎用技術だ
社会に広く使われる技術を指す「GPT(General Purpose Technology)」という概念がある。「ジャネラルパーパス・テクノロジー(汎用技術)」の略であり、電気やITがその代表だ。そして、ビットコインの登場によって話題となったブロックチェーン技術もまた、電気やITのように、あらゆることに利用可能といえる。
たとえば、電気の登場で何が起こったか。産業革命の立役者でもある蒸気に取って代わり、工場、公共施設、家庭など、さまざまな場所で、あらゆる用途に使用されることになった。
ITの登場もまた社会に劇的な変化をもたらした。インターネットによって人類は地球的な規模で情報を低いコストで伝えることが可能になったのだ。ただし、インターネットは情報を送ることは可能にしたが、経済的な価値は送ることができなかった。なぜなら、デジタル情報は簡単に改ざんできるため、インターネットで経済的な価値を送受信するには、あまりに危険だったからだ。
世界中の人々がアマゾンなどのECを使う場合にクレジットカードの番号を送っているではないかと言われるだろうが、アマゾンに経済的な価値を送ることができるのは、人々がアマゾンを信用しているからだ。アマゾンではなく、聞いたこともないサイトでクレジットカード番号を聞かれたとして、あなたは躊躇なく入力することができるだろうか。
しかし、ブロックチェーンは、改ざん不能なデジタル情報を記録することを可能にした。答えがないと言われていたビザンチン将軍問題をプルーフ・オブ・ワーク(PoW:Proof-of-Work)によって解決したからだ。ビザンチン将軍問題とは、信頼できない仲間と一緒に信頼が必要な共同作業ができるかという問いであり、事実、ビットコインのマイニング、記録する作業に参加するのは、どこの誰かもわからないPCである。なかには悪者がたくさんいるかもしれない。それにもかかわらず、成り立っている。
つまり、インターネットは情報を安く伝えることを可能にしたという点で革新的なGPTだが、ブロックチェーンはインターネットで実現しなかった「経済的な価値を送る」ことを可能にしたという意味で革命的なGPTなのだ。
「書き換えられない」のが本質
ブロックチェーンと並んで近年目覚ましい技術革新が行なわれているAI(Artificial Intelligence:人工知能)もまたGPTだ。たとえば、パターン認識能力は自動運転には重要。飲食店でも重要な技術となり得るだろう。
PoWを導入したために、革新的な仕組みをブロックチェーンは提供している。それは「文書の存在証明」、プルーフ・オブ・イグジステンス(PoE:Proof of the Existence)と呼ばれるものだ。これは、ある文書が過去のある時点でたしかに存在していたことを証明するサービスだ。
たとえば、「祖父が20年前こういう遺言書を作りました」ということを証明すること。日本では公証役場の公証人によって公正証書を作り、「この文書はたしにかにこのときに存在しています」と証明してもらうことになっている。しかし、今はブロックチェーンによって公証役場の仕事を代替することが可能である。なぜなら、一度書き込まれた情報は書き換えられないからだ。
このところ日本では公文書の書き換え問題が発生している。たとえば、財務省は森友学園問題に関する公文書改ざんを認めたが、もし、すべての公文書をブロックチェーンに記録していれば、あのような事件は発生しなかっただろう。実際、すでにエストニアはブロックチェーン技術を導入し、国の記録を管理している。ジョージ・オーウェルの『一九八四』には「現在において権力を握っている人間は過去を書き換える」という趣旨のことが書かれているが、エストニアにおいてそれはできないということだ。
エストニアだけではなく、イギリスの公文書管理機関ナショナルアーカイブもまた、公文書の正確性を証明するため、ブロックチェーン技術を用いる実験の検討を始めた。日本では「電子化すれば書き換えられない」というおかしな議論が行なわれているが、電子化するから書き換えられるのであって、ブロックチェーン技術導入を急がなければ、世界に遅れをとることになる。
PoWを用いれば、「書き換えられない」。ブロックチェーン技術の革新性について「分散的な処理ができるため、書き換えられるない」という説明がされることがあるが、これでは順序が逆である。正しくは「書き換えられないために、分散的な処理が可能になった」のであり、この「書き換えられない」という特徴が、ブロックチェーン技術の本質である。
2018年、仮想通貨取引所でいくつかの事故が発生した。しかし、ブロックチェーンの本質である「書き換えられない」という点については、攻撃で無効化されたわけではないということを理解しておく必要がある。そして「書き換えられない」という強固な特徴を有しているブロックチェーン技術は、ビットコインなどの仮想通貨、銀行、保険、証券などの金融サービスだけでなく、他の産業にも応用可能なGPTなのだ。
新時代に企業が生き残る条件とは?
経済産業省は「ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査」で5つのユースケースと社会のへのインパクトとしてまとめている。
1、価値の流通・ポイント化/プラットフォームのインフラ化
2、権利証明行為の非中央集権化の実現
3、遊休資産ゼロ・高効率シェアリングの実現
4、オープン・高効率・高信頼なサプライチェーンの実現
5、プロセス・取引の全自動化・効率化の実現
1はビットコインなどの仮想通貨、2は文書証明などですでに実現していることであるが、5つのユースケースからもブロックチェーンがあらゆる産業に革新をもたらすGPTであることがわかる。
そして、産業に応用する際、企業が電気を発明するのではなく、ただ利用しているように、PoWを使ったバブリックブロックチェーンを企業は自ら発明する必要はない。提供されているサービスを利用すればいいのだ。それはビットコインの利用者が自らPoWに参加していないのと同じであり、自らの事業に役に立つサービスであれば、取り入れればよいという話だ。
たとえば、IBMがブロックチェーンを活用した「ADEPT」という概念実証を「自律型洗濯機」で開始した。洗濯機自らメンテナンス、洗剤などの消耗品の注文を行なうというものだ。各企業はIBMなどが開発するサービスを自社の課題・強みと照らし合わせ、導入していくことになるだろう。
かつてアメリカではエクソンモービルやGMが主要な企業であったが、ITの技術を駆使したGAFAの登場によって、世の中が大きく変わった。それと同じようなことがブロックチェーンの登場によっても起こる。たとえば、シェアリングエコノミーでは、現在、ウーバー(Uber)やエアービーアンドビー(Airbnb)が支配的だが、これらは中央集権的な仕組みで成り立っている。銀行や中央銀行が運営しているマネーと同じで、コストが高い。しかし、もしブロックチェーン技術で無人化できれば、状況は大きく変わるだろう。
ブロックチェーンとAIを組み合わせるとどのような企業が生まれるだろうか。経営者も労働者も存在しない会社が生まれるというと驚くかもしれないが、技術的には可能だ。ウーバーは運転手を必要としている点で無人化を達成できていない。それはビットコインについても同じで、ピア・トゥ・ピア(P2P:Peer to Peer)でPoWの作業をしているマイナーたちが必要だという点で、労働者を必要としている。
しかし、事業を自動化することができれば、管理者である経営者は不要になり、AIで運転を自動化することによって、労働者も不要となる。つまり、企業そのものを自動化することで、完全に無人の企業体が完成することになる。
想像するのが難しい読者もいるかもしれない。しかし、そうした世界では、今隆盛を誇っているGAFAですら危うい。これから出てくるブロックチェーンの新しい産業によって、世界の構造が根本から変わる可能性は十分にある。