ドン・タプスコット(Don Tapscott)氏は、息子のアレックス・タプスコット(Alex Tapscott)氏との共著書『ブロックチェーン・レボリューション』など、10冊以上の著者であり、Blockchain Research Institute(BRI)のエグゼクティブ・チェアマン。
2019年、ブロックチェーン革命は行き詰まった。少なくともそれが、よくわかっている人たちの見解だ。
年末に発表されたガートナーグループのレポートは「ブロックチェーン疲れ」と記した。他の評論家も、実験プロジェクトは立ち消えになり、実際に稼働に至るものはほとんどなく、ブロックチェーンは取るに足りない技術かもしれないという見解に同意した。
経験的には、この見解は間違い。我々の研究は、10を超える業界で数百の実際のシステムが進行中であることを示している。これらの大半はイーサリアム(Ethereum)、ハイパーレジャー(Hyperledger)、コルダ(Corda)をベースとしているが、他のプラットフォームも出現してきている。
国際貿易金融はブロックチェーンへと向かっている。トレードレンズ(TradeLens)──物流におけるIBMとマースク(Maersk)の共同ブロックチェーン構想は2019年、新たな物流大手を初めて迎え入れた。
エバーレジャー(Everledger)は、ウィーチャット(WeChat)を使って、中国への違法ダイヤモンドの流入を阻止する取り組みを拡大した。
2018年だけで100億ドル(約1兆900億円)以上もの資金を調達したトークンオファリングはベンチャーキャピタルを破壊した。
デジタル通貨や経済的包摂に関連した驚くような取り組みも進行中だ。
例えば、インドのリライアンス・インダストリーズ(Reliance Industries)は、モバイル子会社「ジオ(Jio)」は3億人のユーザーを対象にした世界最大のブロックチェーンネットワークを発表した。
フェイスブック(Facebook)は、同社を一晩で世界最大のリテール銀行に変えるかもしれない仮想通貨リブラ(Libra)を発表。そして中国人民銀行は、国際的な利用を視野にいれたデジタル人民元のローンチは「ほぼ準備が整っている」と発表した。習近平国家主席は国民に対して、中国のイノベーションを加速するために、ブロックチェーンがもたらす「チャンスをつかむ」よう呼びかけた。
これらはすべて「ブロックチェーン燃え尽き症候群」ではなく、「全速力で前進」のように聞こえる。一体、何が起きているのだろうか?
1. ブロックチェーンはPRに問題がある
「ブロックチェーン」や「仮想通貨」という言葉はいまだに、悪者、犯罪者、昔ながらの詐欺に新しいテクノロジーを使う一攫千金を狙ったペテン師のイメージを呼び起こす──そして、実際に数多くの事件が起きた。一方、偏狭な内輪もめと幼稚な小競り合いは、エコシステム全体のイメージを悪くしている。
しかし規格に関しては、迅速で確かな前進が見られる。
例えば、エンタープライズ・イーサリアム・アライアンス(Enterprise Ethereum Alliance)は4月、プラットフォームにとらわれないトークン・タクソノミー・イニシアチブ(Token Taxonomy Initiative:TTI)を立ち上げた。競合するブロックチェーン・プラットフォームから参加しているTTIメンバーは、11月にトークンに基づいたビジネスモデルとネットワークのための初の共有フレームワークを発表した。
BiTA(Blockchain in Transport Alliance)のような協同プロジェクトは業界固有の進歩を遂げた。例えば、位置コンポーネントの規格や物流プロセスの追跡フレームワークなどだ。このような協力関係はこの先、重要な動きとなる。
また、デジタル商工会議所(Chamber of Digital Commerce)のような組織は、適切な規制上のバランスを取ろうと願っている政府にとって、必要不可欠な協力者であることを証明している。
我々はBlockchain Research Institute(BRI)として、ユースケース、ガバナンス、社会レベルでの協力と変化の必要性を強調することでその役割を果たしている。
米証券取引委員会(SEC)のコミッショナー、へスター・ピース(Hester Piece)氏、イングランド銀行のマーク・カーニー(Mark Carney)総裁、米商品先物取引委員会(CFTC)のクリストファー・ジャンカルロ(J.Christopher Giancarlo)元議長、民主党の大統領候補アンドリュー・ヤン(Andrew Yang)氏のような優れたリーダーたちが擁護者として現れてきた。勢いは高まっている。
2. ブロックチェーンは社会を統治する法律、規制、構造に真正面からぶつかっている。
言論と情報の自由はアメリカ憲法で守られ、オープンになっている。しかし資産となると、法律と政府のシステムのすべては、一部の強力な人々によって、閉鎖的、独占的に所有された状態に保つよう設計されている。
ブロックチェーンと仮想通貨の普及に時間がかかっていることは不思議ではない。我々の経済と社会の仕組みの基盤の多くとぶつかっている。
ジャンカルロ元CFTC議長は最近、インタビューで次のように語った。
「20世紀後半のインターネットを通じた情報のデジタル化は、表現の自由を連邦政府の介入から守るアメリカ憲法のおかげで、規制の「軽い」ゾーンで起きた。反対に、21世紀はじめの価値のデジタル化は規制の「重たい」ゾーンで起こっている。金融サービスにおける消費者の財産権など、財産権を守るためのアメリカの州と連邦政府の長年にわたる権限のためだ(銀行、信託会社、その他の金融サービス・プロバイダーは何十年もの間、州と連邦政府の規制の双方の支配下にあった)。結果として、情報のデジタル化を導いた慣行(すなわち、『許可を求めるな、許しを乞え』)が財産権のデジタル化に使われた時は、新規コイン公開(ICO)で見られたように、特に確立された法と規制上の秩序にとって挑発的なものとなる」
カナダのデジタル商工会議所とBRIが実施した幹部や起業家への調査によると、ブロックチェーンイノベーターにとって、規制は群を抜いて最も大きなハードルになっている。既存の規制は創造的破壊者よりも既存企業に有利に働く。
ブロックチェーンは、消費者と市場を守ろうとしている規制当局に新たな課題を突きつけるが、規制当局がブロックチェーンにアプローチする際の柔軟性のなさはしばしばイノベーションと成長を妨げてきた。
結果としてカナダのような大規模な経済圏は、よりフレンドリーな法域への「企業の流出」に直面している。スイスやシンガポールで見られたように、ブロックチェーンベンチャー向けに有利な状況を確立した最初の大規模な法域は、雇用や経済成長において恩恵を受けるだろう。
3. 技術はまだ未成熟
未来研究所(Institute for the Future)の故ロイ・アマラ(Roy Amara)氏の言葉を借りると、我々は短期的には新技術のインパクトを過剰評価しがちだが、長期的には過小評価する傾向にある。長期的に成功するために、ブロックチェーンは規制や既存企業の積極的な惰性を超える実装上の課題に取り組まなければならない。
相互運用性:プライベートなイントラネットが中心だった初期のインターネットのように、ブロックチェーンはサイロ状に分断されている。コスモス(Cosmos)やポルカドット(Polkadot)のようなプロジェクト、あるいはイーサリアムとハイパーレジャーのパートナーシップが、2020年上半期に相互運用可能なブロックチェーンのインターネットを実現するかもしれない。
スケーラビリティ:ほとんどのプラットフォームは、ソリューションをスケールさせるための多くの課題がある。スマートコントラクトとアプリケーション開発において支配的なプラットフォーム、イーサリアムはまだ1秒に15件のトランザクションしか処理できず、アップグレード「イスタンブール(Istanbul)」は何度も延期された。相互運用性は、ユーザーがスケールを達成するために複数のブロックチェーンを集約し、この問題を緩和する可能性がある。
ユーザビリティ:仮想通貨の売買はまだ難しい。仮想通貨エコシステムへの参加は、ほとんどのユーザーが退屈と感じるほどの証明作業を必要とする。複雑なセキュリティプロセスは普及への障壁となってきた。仮想通貨を安全に購入・保管するためのユーザーフレンドリーなプロセスを構築することは、いまだに業界にとって重大な課題。そして、家庭や企業が仮想通貨を支払いに使えるのは、マイクロソフト(Microsoft)、オーバーストック(Overstock)、バージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)など、ごくわずかだ。
セキュリティ:ジョン・オリバー(John Oliver)氏が私のチキンナゲットの例えを使って指摘したように、ブロックチェーンは伝統的なコンピューターシステムよりも安全だ。しかしそれでもハッカーは、ブロックチェーン上に構築されたアプリ、システム、ビジネスに侵入できる。2019年、致命的に中央集権化されたビジネスモデルを持っていたクアドリガCX(QuadrigaCX)という1つの取引所だけで、2億5000万ドル(約270億円)が失われた。
データの権利:インターネットユーザーは「新しい石油」と呼ばれるデータを作り出す。だがデジタル界の家主がその価値をすべて奪ってしまう。解決策は、EUの一般データ保護規則(GDRP)のような政府によるプライバシー保護や、気前の良い家主がユーザーにデータの一部へのアクセスを提供することだけではない。
我々は、ブロックチェーンにおけるアイデンティティーの自己主権によって、自分自身のデータを手に入れ、管理できるようになると信じている。ソブリン(Sovrin)のような期待できる取り組みも進行中だが、抜本的に新しいアイデンティティーのフレームワークへの道のりは遠い。
2020の最重要課題とは
企業や政府のリーダーが行動を起こさなければ、その結果は厳しいものとなる可能性がある。2020年、大きなテーマとなると思われる、グローバルなデジタル通貨をめぐる競争について考えてみよう。
まず、ビットコインのような従来型の仮想通貨が存在していた。そしてフェイスブックのような企業が登場した(他の大手IT企業はかなり遅れて参入するだろうか?)。次に現れたのは国家。中国は基軸通貨としての米ドルを置き換える第一歩として、2020年にデジタル通貨を導入しようとしている。
これは間違いなく、米連邦準備制度理事会(FRB)をデジタルドル実現へと促すだろう。他の国々もデジタル通貨を発行するようになれば、さまざまな法定通貨のバスケットから成長して、グローバルに通貨を支配する「合成覇権通貨」というイングランド銀行マーク・カーニー(Mark Carney)総裁のビジョンが実現するかもしれない。
2020年は、中央銀行、政治家、企業リーダー、そして我々全員がデジタル経済の未来を決める。西欧経済は、分散化と「価値のインターネット(Internet-of-Value)」を受け入れるチャンスがあり、そうすることでグローバル経済におけるリーダー的ポジションを維持することができる。だがリーダーには、今までにはなかったレベルの柔軟性と積極的な受け入れ姿勢が必要となる。
大胆なものはすべてそうであるように、未来は予測するものではなく、成し遂げるものだ。今はこれまで以上に、誰が未来を築いていくのかという問いが、2020年の最重要課題となっている。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Don Tapscott, Executive Chairman of the Blockchain Research
原文:Blockchain Faces Big Challenges But the Opportunity Is Enormous