2019年、仮想通貨・暗号資産、ブロックチェーンにまつわる最大の話題になると見られたフェイスブックの「リブラ」が、各国政府と規制当局からの大きな反発によって停滞する中、話題の中心に躍り出たのが中国の「デジタル人民元」だ。
CoinDesk Japanが今年取り上げたデジタル人民元のニュースから、重要なポイントを抜き出し、まとめた。2020年、日本はデジタル人民元のインパクトから無縁でいられるのだろうか(タイトル後の日付は公開日)。
習近平主席の発言でリブラから話題を奪ったデジタル人民元
リブラを中心に盛り上がっていた仮想通貨、ブロックチェーンのニュースは、10月下旬、突然、その流れが大きく変わった。
■中国トップ、ブロックチェーンの「機会をつかむ」べきと発言(10/27)
習主席は、北京で10月24日に開催された中央委員会政治局の研究会の中で、ブロックチェーン技術は中国国内で幅広い適用が可能であり、金融事業から大量輸送や貧困緩和に至るまでのテーマをリストアップしていると述べた。
中国人民銀行による2017年の決定以来、中国では仮想通貨が禁止されているが、中央銀行がデジタル人民元を開発中であり、近いうちにローンチされる可能性が高い。
■中国人民銀行の高官、商業銀行にブロックチェーン技術の導入を求める(10/29)
中国の中央銀行「中国人民銀行(PBoC)」のテクノロジー部門トップは、商業銀行にデジタルファイナンスでのブロックチェーン技術の導入を求めた。
■リブラは失敗、中国が国家デジタル通貨の元祖に:中国有力者(10/29)
元中国議会高官は中国の中央銀行が独自の国家デジタル通貨を最初に発行する可能性が高いと述べ、フェイスブック(Facebook)の仮想通貨プロジェクト「リブラ(Libra)」は失敗する運命にあると主張した。
「技術はより成熟してきており、中国の中央銀行が国家デジタル通貨を初めて発行することになる可能性が高いと考えています」
「リブラ」の対抗軸として浮上
2019年、大きな話題を集めたのはリブラだった。中国のデジタル人民元も当初は「対リブラ」の観点で語られていた。
■リブラに対抗するために「デジタル人民元を準備すべき」:中国人民銀行・前総裁(7/13)
香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(South China Morning Post)の報道によると、中国人民銀行の前総裁の周小川(Zhou Xiaochuan)氏は、今週北京で開催されたイベントで、フェイスブックのリブラは、法定通貨と交換できる「強力な」グローバル仮想通貨が生まれる可能性を示唆していると述べた。
「リブラは、従来の国際事業、および決済システムに影響を及ぼすコンセプトを発表した」
この新しいリスクが迫る中、たとえそれが中国にとって大きなリスクでなくても、中国政府は「十分な準備をし、中国元をより強い通貨にする」べきだと同氏は述べた。
■リブラは「止められないだろう」中国・仮想通貨責任者(9/24)
中国のデジタル通貨研究所(Research Institute on Digital Currency)の新しいディレクター、穆長春(Changchun Mu)氏は、2019年9月6日(現地時間)に正式就任する数日前に、オンライン教育プラットフォームに6つの講義を公表した。
「リブラを歓迎する国はないが、いずれにしても止められないだろう」と穆氏は3つ目の講義の中で述べた。
「厳格な規制を設けても、人々がリブラを購入することを完全に止めることはほとんど不可能」
「我々は自国の金融主権と通貨を守る必要がある。転ばぬ先の杖だ」と穆氏は述べた。
■Facebookリブラへの関心、中国で急上昇──検索データが示す(7/19)
中国では仮想通貨だけでなく、フェイスブック自体の使用も禁止されているが、執筆時において、中国のソーシャルメディア大手、微博(ウェイボー)では、「リブラ」が急上昇中の検索ワードとなっている。
グーグルのデータによると、「Facebook Libra(フェイスブック リブラ)」に検索ボリュームは、フェイスブックが2019年6月18日(現地時間)、リブラのホワイトペーパーを発表した頃にピークを迎えた。同データは、それらの単語の検索において、中国が第1位であることを示している。また驚くべきことに、アメリカは第14位に位置している。
デジタル通貨の研究を進めてきた中国
習主席の発言で大きな注目を集めることになった「デジタル人民元」、リブラに対抗して登場したわけではなく、中国は数年前から開発を進めてきた。
■PBoC Chief Won’t Rule Out Distributed Ledger for New State Currency(3/9)
中央銀行が支援するデジタル通貨の開発は「避けられない」と中国人民銀行の周小川総裁は述べた。
しかし、このデジタル通貨が仮想通貨の形式を取るのか、他の技術革新がこの通貨のベースとなるのかはわからないと同氏は述べた。そして、仮想通貨市場にまつわる投機的な動きにも狙いを定めている。
◎
※この記事は、CoinDesk Japan創刊直後に掲載された。当時、CoinDesk Japan編集部も中国の国家デジタル通貨の動きにそこまで注目していなかった。
■中国のデジタル人民元、極秘裏に開発進行中(9/9)
中国人民銀行のデジタル通貨リサーチラボの専任チームは現在、同行の北京中心部にある本店から離れた非公開な環境でシステムの開発を行なっている、と同行に近い人物がCoinDeskに語った。
この人物によると、チームはプロジェクトに完全に集中できるよう、初夏からこの離れた場所で仕事をしている。中国国営メディア、チャイナデイリー(China Daily)による2019年9月4日(現地時間)付の報道によれば、支払いシナリオをシミュレーションするために、「一部の企業や非政府組織」が参加する、中央銀行デジタル通貨(CBDC)向けの「閉ループ試験」が始まっている。
ローンチ日をめぐる報道も加熱
リブラが多数の反発を引き起こす一方で、デジタル人民元はリリース日をめぐる報道も加熱。政府やメディアが沈静化を図る事態となった。
■中国人民銀行、デジタル通貨のローンチに「迫る」(8/13)
中国人民銀行の決済局次官、穆長春(Mu Changchun)氏は、同行が2018年以来、デジタル人民元を実現するためのシステムの完成に向けて懸命に取り組み続けており、「完成は間近」であると述べた。2019年8月12日(現地時間)、ブルームバーグ(Bloomberg)が伝えた。
■中国人民銀、デジタル通貨を11月に発行か。アリババ、テンセント、国内銀行経由で配布を検討:Forbes報道(8/28)
匿名の情報源によると、早ければ11月11日までに発行される見込み。同日は、中国のECが1年で最も売り上げを上げる「独身の日」として知られる。
■中国人民銀行、デジタル通貨の11月発行を否定(9/24)
中国人民銀行(PBoC)は9月22日(現地時間)、11月という日付は「不正確な憶測」と語った。また、デジタル通貨プロジェクトに参加すると言われている組織についての詳細を環球時報(Global Times)は公式声明を引用して伝えた。
デジタル人民元の特徴とは?
■中国人民銀行のデジタル通貨は現金に取って代わる:バイナンス(8/30)
2019年8月28日(現地時間)付の報告書では、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行の中央銀行デジタル通貨(CBDC)が法定通貨人民元に1対1で連動し、商業銀行などの銀行やリテール市場の参加者を伴った2層構造のシステムに乗ることになる、と記されている。
中国の流通する紙幣や硬貨はM0マネーサプライとも呼ばれるが、中国人民銀行のCBDCはここを代替しようとするものであり、中央銀行や貨幣保有機関が抱える資金に取って代わろうとするものではない。
M0をCBDCで代替する実益としては、リテールにおける支払い、銀行間決済、国際送金をバイナンスは挙げている。
■中国人民銀行、デジタル通貨責任者を任命──リブラとの違いを強調:報道(9/6)
中国人民銀行のデジタル人民元は、口座およびモバイルネットワーク、もしくはインターネット無しでもユーザー間の送金が可能だと、上海証券報は穆氏の発言を引用して報じている。
ユーザーの携帯電話にウォレットが搭載されてさえいれば、相手の携帯電話に物理的に接触させることで、このデジタル通貨を相手に送金できる。おそらくこの機能は「ニア・フィールド・コミュニケーション(NFC)」によって実現される。
「たとえリブラでもこのようなことはできません」と穆氏は語っている。
上海証券報の報道によると、中国人民銀行のデジタル通貨はまた、使用に銀行口座を必要とせず「従来の銀行口座システムの管理から解放されている」と穆氏は述べている。また、システム利用時に自身のプライバシーを保護することも可能だとも同氏は示唆した。
■中国デジタル人民元は、小売り決済から:中央銀行元総裁(11/27)
経済・ビジネス系のニュースに特化した財新メディアの報道によれば、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行の元総裁、周小川(Zhou Xiaochuan)氏は、珠海市で開かれた財新横琴フォーラムにおいて、中国はデジタル人民元に関して、小売店におけるデジタル決済の利用に力を入れると発言した。
「国際的なデジタル通貨には2つの目標があります」と周氏は述べ、次のように続けた。
「1つ目は、中国が思い描いているものでもありますが、デジタル決済を開発し、国内の小売りシステムにおいてその利用を発展させるというものです。もう1つは、国際的金融機関向けの国境を超えた決済です」
■デジタル人民元、個人情報の完全管理求めず──追跡能力は保持する意向(11/13)
シンガポールでのカンファレンスで、穆長春所長は中央銀行はユーザーの個人情報の完全な管理を求めていないが、情報に関する当局のニーズを満たしていると語った。ロイターが伝えた。
「我々は国民の求めているものが、紙幣や硬貨を使うことで匿名性を維持することと理解している。(中略)我々は、それを望む人々には取引における匿名性を提供する」
「だが同時に、我々は『管理可能な匿名性』と、アンチマネーロンダリング、テロ資金供与対策(CTF)、税金問題、オンライン・ギャンブル、その他の電子犯罪行為とのバランスを維持する」
■リブラとは違う──デジタル人民元は法定通貨に裏付けられない:中国人民銀行高官(12/24)
「デジタル人民元は投機目的で使われるものではない。人民元は投機ではなく、支払いに使われている。デジタル人民元はビットコインのような投機的な性質は持たず、ステーブルコインのように通貨の価値を裏付ける通貨バスケットも必要としない」と穆所長は述べた。上海証券報(Shanghai Securities News)が伝えた。
国際金融に及ぼす影響と拭えない懸念
中国は「デジタル人民元」によって、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行する初の主要経済大国となると考えられている。
だが、その計画が明らかになるにつれて、国際金融に及ぼす影響やプライバシーに関する懸念も広がっている。
■中央銀行、ステーブルコイン、そして迫り来る通貨戦争(8/25)
圧倒的に最も重要なプレイヤーは、スタートアップでも、銀行でも、テック企業ですらない。中国政府だ。
中国が最初に動いたことに反応する形で、その他の中央銀行も後に続いている。国際貿易において、特に「一帯一路」構想の65カ国内で、デジタル人民元がより大きな役割を担う可能性に対する恐怖が部分的な理由として挙げられるだろう。
問題は、CBDCが国家による監視、特に中国から監視される恐怖を生むという点だ。中国の市民の自由に対する侵害は、香港で激しい抗議活動を招いている。企業や市民は、自国の政府、ましてや外国の政府が自分たちの出費を監視することを望まない。
■中国のデジタル通貨は欧米の銀行システムを「飛び越える」:サークルCEO(8/22)
アレール氏は、法定通貨の人民元に相当するデジタル通貨の開発において中国は先陣を切っており、直接決済を通じた欧米の支配をまもなく飛び越える可能性もあると語った。
「インターネット上で運営可能なソフトウェア上で利用できる人民元のデジタル通貨版は、中国と中国企業にとってチャンスとなり、(中略)欧米の銀行システムをバイパスすることができます」
米ドルと連動したステーブルコインを2018年にローンチしたサークルは、中国の動向を注視していると、アレール氏は語った。デジタル人民元は、より大規模な世界的金融の実態を視野に入れても理にかなっているとして、次のように語った
「人民元の国際化というより大きなコンセプト、一帯一路構想、そして貿易相手国としての中国の役割を拡大したいという望み、(中略)デジタル通貨は成長のための自然な道だと思います」
■中国共産党、ブロックチェーン上で忠誠を示す分散型アプリを公開(10/30)
中国共産党は、習近平中央委員会総書記によるブロックチェーン支持の姿勢を真剣に捉えている。
ブロックチェーン技術のもたらす「チャンスをつかむ」よう習総書記が呼びかけた驚くべき発言を受け、共産党は党員がブロックチェーン上で忠誠を示す分散型アプリ(dapp)を公開した。
2019年10月26日付の共産党の広報による記事では、直訳すると「オンチェーン初心」と呼ばれるこのdappは、党員が党への忠誠を誓い、それをブロックチェーン上に保管することを可能にし、他の人がシェア、閲覧することも可能である。
■中国からビットコインを持って逃げたプログラマー、両親はブラックリスト掲載の宣教師【匿名インタビュー】(11/4)
両親は一度、電子決済サービスのウィーチャットペイ(WeChatPay)とアリペイ(AliPay)のアカウントを削除されてしまったことがあります。しかし幸運なことに、現金、法定通貨という実際のお金を持っていたので、暮らしていくことができました。中国が100%デジタル化していたら、両親は生き延びることができなかったでしょう。
■元米政府高官がホワイトハウスに集結──デジタル人民元の影響をシミュレーション(11/29)
ドルと完全に競合するために必要なインフラを中国が築き上げるには数十年かかるだろう。だが現実世界では、各国はドル依存から離脱するためのステップをすでに踏んでいる。
一例としてロシアはすでに、中国の国際銀行間決済システム(Cross-Border Interbank Payment System:CIPS)の採用を始めたとゲンスラー氏は述べた。
アメリカ政府は金融における優位性を強化するための方策を取ることはできるが、中国のデジタル通貨の出現と他国がドルから離脱していることは、アメリカがトップではない世界へと移行していることを意味すると十分に考えられるとオサリバン氏は述べた。
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2019年前半の主役だったリブラは、その歩みをゆるめつつもリブラ協会を正式に発足させた。
一方、リブラに懸念を示した各国政府も、EUではECB(欧州中央銀行)が中央銀行デジタル通貨に取り組む姿勢を見せ、アメリカでもデジタルドルの議論が活発化しつつある。
2020年、「オリンピックイヤー」を迎える日本は、デジタル人民元と無縁でいられるのだろうか?
文:増田隆幸
編集:濱田 優
写真:Libra image via Shutterstock