中国が国家戦略としてデジタル人民元の国際化を進めようとすれば、中東産油諸国でも、共通のデジタル通貨を活用しようとする動きが強まりそうだ。1944年から75年間も続いてきた米ドルの基軸通貨体制は今後、終焉を迎えるのか?
一方、株式や債券、不動産などの有価証券をブロックチェーンなどの電子的手段を使って発行・流通させ、資金を調達する新たな手法「セキュリティ・トークン・オファリング(STO)」が注目を集めている。デジタル資産が国境を越え、ボーダーレスに取引されるエコシステムは作られていくのか。
SBIホールディングス・北尾吉孝社長に話を聞いた。
前編:SBIが手数料ゼロ戦略をしかけた2つの理由──ネット証券の大再編が始まる2020年【北尾社長インタビュー】
なぜ、日本STO協会が必要なのか?
──野村ホールディングスや三菱UFJフィナンシャル・グループは、セキュリティ・トークン(ST)の発行・流通を担うプラットフォームの研究・開発を進めている。日本STO協会・代表理事でもある北尾社長は、セキュリティ・トークン市場の未来をどう描いているのか?
北尾社長:いろいろなところがそれぞれのものを立ち上げるよりも、まずは一緒にマーケット(市場)を作っていくことを考えるべきだと思う。日本STO協会として一つになって、良い制度を作り上げていくことが大事だろうと考えている。
SBIも流通市場を作ろうと思えば作れる。しかし、それをしないで、できるだけ小異を捨て、大同につくという考え方でやるべきだと思っている。日本の資金調達市場、あるいは流通市場として、きちっと作っていくべきというのが僕の考えだ。
僕は野村総研さんにも、一緒にやるべきだと提案している。暗号資産(仮想通貨)の自主規制団体がやるべきだということもあったけれど、僕はそうは思わなかった。これはセキュリティ(証券)なのだから、別の団体を作ってやるべきだと思ったわけです。
それでは、証券業協会がやれるかと言うと、それにも疑問符がつくだろうと思う。すなわち、多くの地場証券にいたるまでの誰もが一票を持って運営している協会だが、このうちの何社がこれから潰れていくのかを考えると、別の協会を新たに作ることが必要だろうと考えるのが自然だ。
「日本にもデジタル資産・取引所を作るべき」
──今の仕組みでは、例えば企業の株が上場されるのは、証券取引所。セキュリティ・トークンにおける次世代のマーケットでは、既存の証券取引所の役割はどう変わっていくのか?
北尾:セキュリティ・トークンは、新しいプロダクトが生まれるということ。それは今までの世界とは違うものになるだろうから、それに相応しい仕組みができてくれば良いだろうと思っている。
SBIとしては今、デジタルの商品を取り扱う取引所に注目している。ドイツ・シュトゥットガルトのデジタルアセット取引所に投資をしたばかりだ。シンガポールでも現在、デジタルアセットの取引所に投資するための協議を進めている。
SBIは2019年12月、欧州でデジタルアセット事業を展開するベールゼ・シュトゥットガルト・デジタル・エクスチェンジ(Boerse Stuttgart Digital Exchange)とベールゼ・シュトゥットガルト・デジタル・ベンチャーズ(Boerse Stuttgart Digital Ventures)に出資すると発表。出資先の2社は、ドイツ第2位の証券取引所を運営するベールゼ・シュトゥットガルトのグループ会社。
北尾:日本にもデジタルに相応しい、新しい取引所を作るべきだと、僕は思っている。
ドルの基軸通貨体制を壊す動き
──フェイスブックが主導するデジタル通貨「リブラ」のホワイトペーパーが2019年6月に公表された後、中国「デジタル人民元」の開発に関するニュースが世界中を流れた。民間企業がデジタル資産の開発を進めれば、デジタル通貨の導入を真剣に始めようとする政府が存在する。デジタル人民元は世界をどう変えていくのか?
北尾:デジタル人民元が世界で流通する未来は近いだろうと思っている。中国政府は、人民元を国際通貨としてデビューさせ、ドルの基軸通貨体制を、ある意味で壊そうと動いているのだろう。実現すれば、中国と貿易をしている多くの国々には影響してくる。
そういう世界の中で、デジタル人民元をデジタル取引所で上場するべきか、すべきでないかが議論されることにもなってくるだろう。我々、企業は先手、先手でいろいろな戦略を打っておかなければならない。
僕は、SBIは、未来を見据えて、ドイツとシンガポールをターゲットにしているわけです。日本の場合、セキュリティ・トークンに関しては、金融庁がどんな規制を作っていくのかにかかっている。
フェイスブックのリブラは終わらない
──デジタル人民元が世界で流通するようになれば、中国が最大の輸出国である日本や日本企業にも影響が出てくるのでは?ドル覇権を崩壊させるインパクトがあるとされるデジタル人民元に対して、アメリカも黙って見ていることはないのでは?
北尾:ビットコインを始め、リップル(XRP)やイーサリアムなどの暗号資産は、そもそも国境のない、国際的な金融資産なんです。金融商品に似たものですね。デジタルの世界は、国際性を追求する世界です。だから、この世界では、グローバルな体制でエコシステムを築かないといけないと思っている。
フェイスブックのデジタル通貨・リブラは、その国際性を持って誕生しようとした。しばらくは静かに様子を見ていくでしょう。ただ、これで終わるとは思わないね。
「アメリカ・ファースト」主義とドル覇権崩壊の現実味
北尾:デジタル人民元が出てくれば、日本政府も企業も変わらずにはいられないでしょうね。日本と中国の経済がどう発展していくのかを考えるとき、はっきりと言えるのは、両国はより密になっていくだろうね。
その上で、中国は国家戦略である人民元の国際化を、デジタル通貨を使ってやっていこうとしているわけです。
米ドル覇権を揺るがす恐れがある中で、アメリカは黙って見ていることはないだろうけれど、これは歴史的必然なのかもしれない。アメリカは自ら、「世界の警察」としての立場を捨て、他国の事に多く関与しないで、「アメリカ・ファースト(米国第一)」で行こうという意思表示をしたのだから、あらゆることが変わっていくのだろう。
例えば、アメリカは既に、中東産油国のオイルに対する依存度をゼロに近づけていっている。一方、中東諸国は、オイルに依存する経済圏を集めて、新たなデジタル通貨を発行しようとしている。そうなれば、ドルの基軸通貨体制崩壊の現実味は、増していくのではないだろうか。
米エネルギー情報局(EIA)が2019年11月に開示した統計によると、アメリカの9月の原油・石油製品の輸出量が輸入量を上回った。ブルームバーグの報道などによれば、輸出が輸入を上回るのは75年ぶりだという。オイルの純輸出国になることで、アメリカの中東諸国に対するエネルギー依存度は大きく下がる。
インタビュー・構成:佐藤茂
撮影:多田圭佑