2019年は「ブロックチェーンと金融」というテーマが誰の目にも明らかになった年だった。フェイスブックがデジタル通貨「リブラ」計画を発表し、中国のデジタル人民元の開発が最終段階にあることなどが報じられた。日本でも改正金融商品取引法が成立し、既存の金融機関がブロックチェーンを用いたデジタル証券などへの取り組みを加速させている。
そこでCoinDesk Japanでは、「ブロックチェーンと金融」分野で先端の取り組みを行っている森・濱田松本法律事務所の増島雅和弁護士と、LayerX代表取締役CEO(最高経営責任者)の福島良典氏に対談してもらった。2回にわけて公開する。
2020年はブロックチェーンに「既存金融の価値」が乗ったと認識される
──2020年にブロックチェーン業界ではどんなことが起きると思いますか?
福島良典(以下、福島):2020年に日本のブロックチェーン業界で起こりそうなことは、「仮想通貨以外で初めてブロックチェーンの上に価値が乗ったと認識されること」だと思います。
ここ数年を振り返ると、2018年はベンチャーがブロックチェーン周りの証券ビジネスに取り組むことが多く、2019年には“堅い”と思われていた金融機関がビジネスをしはじめました。金商法が改正されて法律が明確になるメドがたち、ビジネスとして進むという雰囲気になったからでしょう。
増島雅和(以下、増島):従来、有価証券は紙に権利が乗ったもので、それを電子化するには別の法律が必要でした。今でも有価証券は原則として紙に権利がひもづいていますが、法律があるから電子的な帳簿の残高通りに、その有価証券を持っていることとして取り扱うことになっています。
2019年の金商法の改正では、セキュリティ・トークンとして「電子記録移転権利」が付け加わりました。法律にはコンピュータ・ネットワークを用いて財産的価値を移転することができるものをいうと書いてあります。
これには大きな意味があります。法律に書かれたことで、少なくともセキュリティ・トークンとして、有価証券に分類される「電子的に移転可能な財産的価値」があるということが法制度によって認知されました。実務上残る問題は、電子記録移転権利を具体的にどのように法律構成するかですが、我々は一つ、有望な法律構成をみつけて検討しています。現在、米国SECで議論されている最先端の考え方とすり合わせているところで、近々発表できるだろうと思っています。
ブロックチェーンで金融商品を発行・管理するというトピックには、2種類のことを考えている人たちがいます。1つはファンド持分など「二項有価証券」と呼ばれるもののトークン化、すなわち改正法に定義される電子記録移転権利に取り組む人と、もう1つは既存の有価証券、厳密には一項有価証券と呼ばれるものをブロックチェーンで取り扱おうとする人です。これにはたとえば社債や株式といった伝統的な有価証券の管理について、ブロックチェーンを原簿として活用する発想があります。この2つは法律の扱いとしては、大きく異なる話です。
福島:ブロックチェーンを使うメリットは何かという議論がありますが、新たに発行する有価証券の裏側はブロックチェーンでいいと思います。既存のやりかたでも、株式や債権だと保管振替制度だとか、資金決済だと全銀システムだとか、ある一定の電子化された効率的な仕組みがあるので、その減価償却分まで置き換えることは現実的ではないと思います。
非効率に管理されているオルタナティブ資産をのせるインフラが、ブロックチェーンを使う本命だと思っています。現状は、そもそも紙やexcelで管理されています。いわゆる私募REITなどもほとんどが原簿管理や決済、配当、権利行使などの共通のプロトコルを持ちません。社債を扱う例では、いろんなエンティティ(証券会社、投資家、カストディ、決済機構など)が関わっていて、複数のあいだで真正性が必要な場合が多い。また社債ではクーポンの計算に煩雑な手間がかかるので、ブロックチェーンを共通の台帳として使うことは、大きなメリットになると思います。そうしたところは早いでしょうね。
ビジネスとして採算が取れるかも大事です。ゼロベースで考えたらブロックチェーンでやったほうが良いですが、現状のさまざまなインフラの有無から考えるなら、オルタナティブ資産から入るのがビジネスとしては正しい。でもいずれは全てのインフラが、コスト合理性にはかなわないので、変わっていく方向にあると思います。
法制度への働きかけ方は、スタートアップと“同じ”
──福島さんの市場の読みを、増島先生はどう捉えていますか。
増島:スタートアップ企業が既存のビジネスに割り込んでいくためには、戦略的に動かないといけません。法律の世界も同じです。新しいテクノロジーをベースとした仕組みを法制度に入れてもらうとき、「それをいったい何に使うのか」「既存のものと何が違うのか」という問いにぶつかります。その問いにどう答えるかが非常に大事です。
スタートアップ企業が新規参入するときには、「これは既存のビジネスとは異なるターゲットを対象とするものです」と言って参入しますよね。これと同じで、新しいテクノロジーをベースとした仕組みを制度化するよう働きかけるには、既存の仕組みがカバーしていない領域を、この仕組みなら担うことができると主張していく必要があります。
今回のセキュリティ・トークンも同じです。法律はできましたが、法律自体はパズルのように作れてしまうわけで、本当の問題はこれからです。細かいルールや自主規制をデザインするにあたって、セキュリティ・トークンはどのような資本アクセスに対するニーズを満たすものと構想するのかによって、そのデザインの仕方はまったく異なってきます。
特に、二項有価証券は、法形式の転換機能を持つ信託受益権や組合型ファンドが含まれており、これをトークン化したものが電子記録移転権利になりますので、理論的にはあらゆるアセットをトークン化できてしまうわけです。
しかし、ここではじめから「全部できます」と言って仕組みを作ろうとすれば、既存のマーケットとぶつかる領域が出てきてしまいます。そうなれば、すでに力を持っている既存のプレイヤーに警戒され、下手をすればつぶされてしまう。だからこそ、「全部できます」とは言わずに、「ここだけやらせてください」と言わなければならないのです。
「この領域は既存の仕組みでは手が届かなかったですが、新たなテクノロジーを使えば、その領域にリーチすることができます。それは法律が本来期待していたことですよね」というフレーミングをしなければいけない。その際のキーワードが「ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)」です。テックイノベーションの世界では「民主化」という言葉を遣います。要するにこれまでその分野の金融サービスで対象になってこなかった層に対しても、「新たなテクノロジーを使えばそのサービスを届けることができます」というストーリーを語る必要があるのです。
その意味で、私はSTOを「資本アクセスの民主化」として位置付けています。これは、これまで資本市場にアクセスできなかった少額の資金需要に対して、インターネットを通じて資金提供者とのマッチングを図るという考え方です。
具体的に今、資本市場にとって十分に手が届いていない資金需要は、非上場のエクイティに対する資金のマッチングです。現行の金商法のもとでは、大きく2つの課題があります。第一に非上場の株式について、少額電子募集という例外的な枠組みを使わない限り、インターネットを用いた資金需要のマッチングを行うことができません。第二にファンド持分のような二項有価証券については、発行時のマッチングはある程度できるのですが、発行後に投資家同士がポートフォリオを組み替えるための仕組みをインターネット上に作ることができません。
こうした制約は、世界的に見ても有価証券法制として当然のものではありません。日本の制度の遅れが、インターネットを用いた成長資金のマッチングの可能性を妨げていると評価されるべきものです。
これまでの技術基盤では、その運用コスト面での制約から、大規模な調達しか資本のマッチングができませんでした。これをブロックチェーンが変える可能性があるのではないでしょうか、というのが提示したい論点です。
──どのような制度設計が必要になるのでしょうか。
増島:暗号資産をめぐる一連の経験を経て、安全な取引を実現するために仲介業者の存在が改めて注目されています。非上場の有価証券について、プライマリー(発行)のみならずセカンダリー(流通)の場面で、仲介業者である証券会社が積極的な役割を果たせるような制度設計が必要です。
非上場の有価証券のセカンダリー取引では、仲介業者としての証券会社だけでなく、マッチングを行う市場開設者のためのルールも新たにデザインされる必要があります。具体的には、現行のPTS(私設取引市場)のルールは、上場有価証券のみを念頭に置いたもので、かなり厳格なデザインになっています。そのため、流動性の低い非上場の有価証券に関しては、ポートフォリオ組み換えを支援するためのインターネットによるマッチングサービスを、より簡素なルールの下で運用できるようにしてほしいと提案しています。
こうした話は突飛なことではありません。現に海外では実現されています。たとえば米国では、プライマリーとセカンダリーの両方で、インターネットを介して非上場の有価証券の需給のマッチングを行うサービスを展開できます。また非上場会社の株式による大型の資金調達を証券会社が支援することは、海外では一般に行われています。
日本はいま、世界に通用するユニコーン企業を創出することを国家戦略として掲げています。それを実現するには、資本アクセスについて、インターネットを用いた様々なマッチングの方法を活用できる仕組みを作ることを含め、より柔軟な制度をデザインしていく必要があると考えています。
「日本が中央銀行マネーを発行するのは長期的には不可避ではないか」──福島氏
──2019年に話題になったステーブルコインや中央銀行デジタル通貨(CBDC)をどう見ていますか。
福島:日本は現状、直近では必要としていないので、すぐには何も変わらないと思います。実は世の中で言われているプログラマブルなマネーには2種類あります。グローバル・ステーブルコインと中央銀行マネーです。
日本では中銀マネーの議論が進むと思います。中銀マネーとは、全銀システムと日銀ネットが組み合わさったようなものです。
現状では、内国為替の仕組みが一定程度効率的にできているので、急激に変えようという考えは今は出てこないと思います。一方で、外部環境の変化(中国を含む海外送金がブロックチェーンベースの送金になる)や、PayPayやLINE Payなどの民間デジタルマネーの普及により、長期的には状況は変わると思っています。
中国がなぜ今ブロックチェーンを活用するかというと、WeChat PayやAlipayに資産がたまっていることが大きい。そこは中央銀行のコントロールからは外れているので、見えるようにしたいはずです。
増島:銀行間決済を取り扱うデジタルマネーのプロジェクトでは、ロンドンのブロックチェーン企業Fnality Internationalが検討しているUSC(Utility Settlement Coin)に注目しています。
USCとは、ドル、ユーロ、ポンド、円などの主要通貨を対象に、各国の銀行がそれぞれの中央銀行に預けている準備預金を裏付けとしたトークンを発行することで、中銀自身の発行するデジタルマネー(CBDC)に似たリスクフリーのデジタルマネーを作り出すことを目指すプロジェクトです。金融機関の間で資金決済に特化して用いることを目的にするものですが、その心は、ブロックチェーンのスマートコントラクト機能を用いたホールセールにおけるDvP(金融商品と支払いの同時履行)やPvP(外国為替決済を含む為替決済の確実性)を確保することにあります。
──お話をまとめるなら、中心にあるのは銀行間のマネーで、また、日本はブロックチェーンを使うメリットはないと?
福島:日銀が内国為替だけでブロックチェーンを使うメリットは、今はないかもしれません。でも、結局外国が合意して先に作ると思います。外国為替の領域では、そのネットワークに加わらなければ、日本だけ金融断絶が起こるリスクがある、という状況が生まれたときに初めて変わると思います。結局ブロックチェーンを使ったほうがコストメリットありますから。
──外が変わることで、日本も変わるのでしょうか?
福島:中国がSWIFT的な経済圏を作ろうとしたり、欧米の中銀がコンソーシアムを組んだりした場合に、それに加わらなければ損をするかもしれないと認識したら、日本が変わるかもしれないですね。
中央銀行がコンソーシアムを組みたい相手は海外の中央銀行です。だから必然的に中国やアメリカ、ヨーロッパが変わって、日本だけが変わっていない状況が生まれれば、「ネットワークに入らないと損する」と考えるはずです。
ブロックチェーンを活用する部分自体を、収益モデルとして見ない方がよいのではないか
増島:ブロックチェーンが浸透する順序については、福島さんとだいたい同じ考えを持っています。結局ブロックチェーンは、複数の主体で同じ価値情報を共有しようということなので、技術的な側面だけでなく常にガバナンスを確保するための仕組みが必要です。同一業界のなかでできるだけ多くの事業者が参加すると大きな価値が出るのですが、それぞれの事業者はお互いに競争相手だったりするわけですから、なかなかプロジェクトが進まない。
もう一つのモデルはアリババなどです。中心となる強い主体がイニシアチブを取って、皆がついていくというモデルで、これはサプライチェーンのようなタテの関係にブロックチェーンを使う発想です。独禁法におけるカルテル規制の考え方の影響もあり、競争相手同士の水平的な協業モデルよりも、垂直的なサプライチェーンへの応用のほうが早く浸透する構造にあると思います。
こうして考えると、ブロックチェーンを活用する部分自体を収益モデルとしては見ない方がよいのではないかと思います。皆のペイン(痛み)を、ブロックチェーンを使うことで解消しようという発想です。その上で、チェーン上のデータを使って、別の価値を創出してビジネスとする。そういう風に捉えられるともっと進むと思っています。
福島:非競争領域にブロックチェーンを使う例が分かりやすいかもしれません。たとえば中国で行われているのが、請求書のチェーンを皆で共有するものです。何に使っているかというと、チェーン上のデータ(=請求書)を1つの正しいデータとしてファクタリングするだけの仕組みです。
請求書のチェーンは、権力のある機関が作ればもしかしたら実現するかもしれないですが、日銀はやらないでしょう。でも共通のフォーマットに沿ったチェーンがあれば便利です。たとえば取引先から1万円振り込まれるという請求書をもちこまれたとして、あなたが「8000円で買い取ってください」と言われても即座には買い取らないと思います。その請求書が相手企業の合意に基づいていて発行されていて、将来振り込まれるだろうかなどの確認をしなければいけない。
しかしブロックチェーン上に請求書があれば、そのデータには真正性があるのかと問われても、お互いの署名がある請求書であることが、その場で確認できる。債権として法的拘束力もありますという状態だったら、即座に買い取れますよね。
とはいえこれを実現するには、いろんな企業、金融機関がそのチェーンに参加している必要があります。現在色々な請求書管理や会計SaaS、ERPなどがありますが、そこにあるデータがサイロ化された状態では意味をなしません。そのため、これらのサイロ化されたデータをつなぐ共通台帳としてブロックチェーンを使う。それ自体はみんなで共有した方がみんな得をするから、公共財的にそれが存在することになります。
ただし一企業がデータの所有権を失わないように、分散台帳的アーキテクチャを取るだろうと考えています。またその際、LayerXが研究しているような「秘匿化」が重要になると思っています。データだけが純粋に共有されると、必ずフリーライダーが生まれてしまうからです。
──後半につづく──
「ブロックチェーン基盤の金融はインターネットと同じ轍(てつ)は踏まない」増島弁護士・LayerX福島氏対談(後)
取材・構成:小西雄志
編集:濱田 優
撮影:多田圭佑