政府発行のビットコインでなく“クレジットカード”──中銀デジタル通貨、リブラを再考する【シカゴ大学・ピーターズ博士】

筆者であるジーナ・ピーターズ博士(Dr. Gina C Pieters)は、シカゴ大学経済学部の助教で、ケンブリッジ大学オルタナティブ・ファイナンス研究センターのリサーチフェローを務める。2015年から暗号資産(仮想通貨)の研究を行っている。

「仮想通貨」「分散型」をどう定義するか

どういうものを仮想通貨と呼ぶのか。今、より明確な定義が必要となっている。

ピアツーピア決済の分散化は、ビットコインの原動力である。しかし、分散型台帳システムにおける分散化をどう定義するかの議論は決着を見ていない。たとえば以下のように、二つの違いを考えてみよう。

「北朝鮮にいる誰かが、好きな時に使えるものなのか」(ビットコインのような非許可型を指す)および「私が使おうとした際に、中国がそれを阻止できてしまうようなものなのか」(リブラのような許可型を指す)である。

Facebookが主導するデジタル通貨・リブラ(Libra)を対象に開発が進められているカリブラ(Calibra)ウォレットについては、政府発行による身分証明書を提示したユーザーのみ、リブラのアカウント番号の付いたウォレットを取得することが可能となる。

これによって、資金洗浄防止と顧客確認の要件を満たすことになると思われる。同システムでは許可型のブロックチェーンが使われる予定で、どのプルーフシステムが使われるのかは今のところ明らかになっていない。このため、リブラはブロックチェーンを組み込むものの、完全に分散化されていないため、厳密にはその必要はないと言える。つまり、ブロックチェーンを取り除いたとしても、このプロジェクトは機能を大幅に変更せずに存続する術を持つだろう。それにもかかわらず、大抵の場合、リブラは「許可型ブロックチェーンに基づく仮想通貨」と呼ばれる。

リブラとビットコインの位置付け

フェイスブックCEO マーク・ザッカーバーグ氏(写真:Shutterstock)

仮想通貨を巡っては、このわかりにくい言葉の使い方が問題となる。2019年には大手企業が仮想通貨を本格的に調査し始めた。規制当局によるリブラに対する公聴会では、根本的には分散化せずとも持続し得るプロジェクトを指して仮想通貨と呼ぶべきか、直ちに仮想通貨業界が用語の指針を持つ必要性を浮き彫りにした。

これは許可型か、非許可型かのブロックチェーンの区別にとどまらない。プルーフ、資金調達、メンテナンスシステムといった分散化についても同様の疑問を投げかける。

言葉の上では、中央集権型の主体がブロックチェーンを用いるプロジェクトと、それと対照的にシステム内のいかなる参加者も、いかなる特定の管理者を持つことを避けられるという志向を軸に据えるプロジェクトとは、区別する必要がある。

2019年に我々はこれを区別せず、根本的に異なるにもかかわらず、リブラのようなプロジェクトと、ビットコインのようなプロジェクトを同じ「仮想通貨」として位置付けた。リブラのようなプロジェクトに加え、中央銀行デジタル通貨(CBDC)立ち上げの可能性が出てきたことから、この問題は注目されている。

中央銀行デジタル通貨は仮想通貨と呼ばれない

カナダ・トロントの金融街(Shutterstock)

各国の中央銀行は2015年にはブロックチェーンの実験を開始しており、間もなく仮想通貨を発行し始めるとの息もつかせぬ発表につながった。これらの早期の実験は仮想通貨プロジェクトとは全く異なるもので、中央銀行は(少数の既知の当事者間で多額の資金が移動する)、ホールセールバンキングに関与する従来型決済手段の潜在的な改善の一環として、ブロックチェーン(または分散型台帳技術)の使用をテストした。

このうち最も有名なプロジェクトはカナダ銀行のプロジェクト・ジャスパー(Project Jasper)だが、香港、ロシア、南アフリカの中央銀行やイングランド銀行もこの分野で実験を行っている。これまでのところ、こうしたプロジェクトは、分散型台帳技術は適合しないと結論付けたか、分散型台帳技術の利用を大幅に縮小したかのいずれかとなっている。

しかし、デジタル決済トークンを発行する可能性があるプロジェクトを開始している中央銀行もある。最初期のプロジェクトであるベネズエラのペトロ(Petro)は、政府の支援が混乱していることを考慮すると、正当性に疑問が残る。

それに続いたのはバハマ(プロジェクト・サンド・ドル:Project Sand Dollar)、中国(デジタル人民元)、スウェーデン(eクローナ:e-krona)、ウルグアイ(eペソ:e-peso)など信頼性の高いプロジェクトが名を連ねる。中央銀行は、これらのプロジェクトを一様に「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」と呼び、仮想通貨(またはステーブルコイン)とは呼ばない。

CBDCは政府発行のビットコインではなく、むしろクレジットカード

CBDCの開発で世界をリードする中国。(写真:習近平国家主席。提供:Shutterstock)

脱税の支援や非合法な決済システムを可能にすることから、分散化はCBDCにおいて望ましい性質ではないというのが中央銀行の意見の一致するところである。このため、中央銀行はデジタルマネーが現金通貨より優れている可能性があることを認識しつつも、中央銀行が設計するデジタル通貨は分散化された仮想通貨とは似たものにはならないだろう。

計画されているCBDCは「政府が発行するビットコイン」ではない。どちらかといえば「政府が発行するクレジットカード」であり、取引を追跡し、調査し、納税者の身元と結びつけることができる。

CBDCプロジェクトは、現在の中央銀行の方針と差別化するために分散化する必要性を持ち合わせていない。マイナス金利を伴う金融政策では「単純に」、すべての代替的な貨幣形態を認めないことが必要となる。中央銀行の預金口座は、デジタル決済トークンを全く必要としない。CBDCは国際通貨となるための必要条件ではない(現にユーロは国際通貨であり、米ドルは世界的に取引で用いられている)。

政府の監視で取引と納税者IDを結び付けることが目的であるのならば、許可や障壁なしに誰もが参加できる分散型CBDCは決して実施されないだろう。皮肉なことに、監視を重視したCBDCは、検知されないシステムの買い付けや現金払いを不可能にできることから、「反対派のテクノロジー」としてビットコインに勝る可能性がある。

中央集権型か分散型か、国家か民間か

2020年3月現在のリブラ協会パートナー企業(LibraのHPより)

リブラとビットコインの主な違いは、一方は中央集権的で、もう一方はそうではないというものだ。リブラとCBDCの主な違いは、一方は民間企業が発行するデジタル取引トークンで、もう一方は政府が発行しているというものだ。

デジタルマネーとしてどちらのプロジェクトタイプが最善(または最悪)かについて、あらゆる面から激しい議論が行われている。立法・行政当局はリブラについて論じた2019年に、2020年までに何を実現する必要があるのかまでは議論しなかった。より正確な区別を行う言葉が提示されなかったため、彼らにとってリブラとビットコインはどちらも「仮想通貨」である。

2020年にはさまざまな政府が次世代のCBDCのテストを実施し、ひょっとしたら発行までもが開始されるが、今のところ2020年も、この区別が行われないままとなりそうだ。

翻訳:Emi Nishida
編集:T.Minamoto、佐藤茂
写真:Gina Pieters
原文:What Is a Cryptocurrency? We Need Clearer Definitions