JPモルガン、日本の女性社員比率が5割超──ミレニアル世代が挑む投資銀行の仕事

世界で約25万人の社員が働き、年間約4兆円の利益を稼ぐアメリカ最大の銀行、JPモルガン・チェース。その女性社員の数は、グローバル全体で5割に迫る。

東京・丸の内、JPモルガンの日本オフィスはある。このオフィスでも、女性社員の数は増加傾向だ。これまで「男社会」と言われてきた、企業のM&A(合併・買収)や大型資金調達を支援する投資銀行部門(インベストメント・バンキング=IB)においても、女性バンカーが活躍するようになった。

JPモルガン・日本オフィスで働く約1100名の社員に占める女性の割合は、2019年12月時点で51%。3年連続で半数を超えた。また、日本のバイスプレジデント(VP)以上の役職に占める女性の割合は昨年末時点で、34.4%に達した。

アメリカ企業の役職では、アソシエート(associate)に始まり、シニア・アソシエート(senior associate)、VP、ディレクター(director)、マネージング・ディレクター(managing director)と続くケースが多く見られる。

「今の投資銀行部門で、男女の差を感じたことは、ほとんどありません」と話すのは、JPモルガン・ジャパンの投資銀行部・FIG(フィナンシャル・インスティテューション・グループ)で、VPとして働く森世羅(もり・せいら)さん。

一般的に投資銀行部門の体制は、産業セクターごとに区分けされている。TMT(テレコム・メディア・テクノロジー)グループに所属すれば、テレコム(電気通信、テクノロジー)企業が顧客となり、FIGは銀行や保険会社などの金融機関を担当する。

2008年の世界金融危機を機に、大手テクノロジー企業やフィンテック・ベンチャーが金融界に続々と参入する一方、世界の多くの伝統的な銀行は厳しい事業環境に陥った。森さんはアメリカ東海岸の大学を卒業後、インベストメント・バンカーを志して、2012年に新卒でJPモルガンに入社。「銀行・冬の時代」とも言われた中、あえて投資銀行を選んだ。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」からチャイナ・ブーム、そして失われた20年

幼少期の5年間をアメリカ東部の小さな町で過ごし、高校はニューヨークのパブリックスクールに通った。当時、ペンシルバニア大学では経済学を学んだ森世羅さん。

1980年代、「ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan as Number One: Lessons for America)」は、日本的経営を高く評価した社会学者・エズラ・ヴォーゲル氏の著書で、アメリカの大学では副読本として広く使われるほど人気を集めた。

90年代初め、日本のバブル経済はその資産バブルが弾け、長い低成長時代に突入する。「失われた20年」と言われた日本経済は、2008年の世界金融危機(日本では「リーマン・ショック」で知られる)を経て、2011年の東日本大震災を経験した。長期化した低成長フェーズは、「失われた30年」と呼ばれるようになった。

森さんがペンシルベニア大学で経済学やビジネスを学んでいたのが、ちょうど2008年から2012年。教授やクラスメートとの会話の中で、頻繁に話題となったのは、リープフロッグ型・スピード成長を遂げ、世界経済に大きなインパクトを与え始めた中国企業の存在だったという。

幼少期の5年間をアメリカ東部の町で過ごし、高校はニューヨーク州のパブリックスクールに通った。当時、ペンシルベニア大学のキャンパスで見かける日本人は少なく、同じ学部に所属していた日本人はわずか数人だったと、森さんは話す。

「就活の時、自分のバックグラウンドを生かして、日本企業による海外進出や、事業拡大を支援する仕事に就きたいと思うようになりました」(森さん)

増え続ける日本企業の海外M&A

日本企業による海外企業・事業の買収は90年代以降、増加トレンドを維持してきた。2018年には、その規模は金額ベースで20兆円を超えた。(写真:Shutterstock)

森さんが入社した2012年、日本は海外M&Aブームの真っ只中。過去30年間、少子高齢化と人口減少による国内需要の鈍化を背景に、蓄え続けてきた記録的な規模の内部留保を盾に、日本企業は海外企業・事業の買収のアクセルを踏み続けてきた。

金融データのDealogicと、JPモルガンがまとめた報告書によれば、日本企業による海外企業・事業の買収、いわゆる「クロスボーダー・ディール」は90年代以降、増加トレンドを維持してきた。2018年には、その規模は金額ベースで20兆円を超えた。

また、多くの労働人口を抱え、高い経済成長率を維持する東南アジアで、日本の金融機関が現地の銀行やテクノロジー企業に投資をするケースも増えている。例えば、インドネシアとタイの地場銀行に投資してきた三菱UFJフィナンシャル・グループは今年2月、ライドシェアをコア事業にスマートフォンを介した広いビジネスを展開する、シンガポールのグラブ(Grab)への出資を決めた。

「それでも、IB(投資銀行部門)は、まだ男性が比較的に多い部署です。考え方や価値観が多様化する社会で、IBで働く社員が多様化することは自然なことではないでしょうか。これから、もっと多くの女性が、投資銀行でダイナミックな仕事ができるようになればと思っています」と森さんは言う。

テクノロジーバンク化、長期的価値…変わり続ける銀行

2008年の金融危機以降、多くの欧米の銀行は変わった。投資銀行部門から商業銀行、リテールバンキング、資産運用までを運営する巨大なJPモルガンでさえ、その変化は明らかだ。

ジェイミー・ダイモン会長兼CEO率いるJPモルガンは、1年間に1兆円を超える予算をテクノロジー関連に投資する。自ら先進的な技術の一つであるブロックチェーンをも開発し、決済や送金を含む銀行の未来を作り上げようとしている。

また、アメリカ最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」の会長でもあるダイモン氏は昨年、長きにわたり資本主義を推進してきた「株主第一主義」を廃止する内容の声明文を公開し、注目を集めた。

「株主利益」を追い求めることは、もはや企業活動の主目的ではない。企業は利益の追求と同時に社会的責任を果たすことが最も重要であると、ダイモン氏は声明文にまとめた。

「銀行は短期的利益を求めるのではなく、企業やコミュニティとの長期的な関係が、信頼と豊かさをもたらす。就活の頃にJPモルガンのIB社員から聞いたこの言葉の意味を、いま実感している気がします」と森さん。

社内外、グローバルで進める女性の活躍支援

朝、出社しながら、オーバーナイトに届いたメールをチェック。その日の「To Do List」を作り、顧客企業とのアポイントメントをとる。銀行がグローバルに張り巡らせた人材やデータリソースを使いながら、チームで話し合った内容に沿って会議の資料を作る。顧客企業を訪問すれば、1年目の社員でもプレゼンテーションを行うと話す森さん。

「人が対面で他者に相談することは、人が信頼関係を築くためにはなくならないこと。社会が完全に機械化される世界には、まだほど遠いと思いますし、だから銀行の役割もなくならないと思っています」と森さんは言う。「投資銀行部では、常に違う案件がやってきます。M&Aであれば、もちろん相手企業との交渉もあります。顧客企業と私たちとの信頼関係は、そこまでシンプルに、デジタルにできるものではないと思うのです」

人材が多様化されたオフィスは男女間のボーダーを感じさせず、クオリティの高い提案を提供することに繋がると、森さんは言う。

国際労働機関(ILO)が昨年公開した報告書によると、世界の管理職に占める女性の割合は依然として3割を下回る。日本は12%で、主要先進7カ国(G7)で最下位だ。

JPモルガンは昨年、2021年末までに女性が経営する企業に100億ドル(約1兆800億円)を融資する計画を打ち出した。また、同社は女性社員のキャリア形成を支援する「Women on the Move」と名付けられた取り組みを、社内外でグローバルに展開しており、女性が経営する事業の成長や、女性のキャリア育成を支援している。

日本オフィスでは、近隣の託児所を社員が優先的に利用できる制度や、病児保育サポートなどを整備し、働きやすい環境作りに注力している。

女性社員や女性リーダーが増えていけば、投資銀行の姿はさらに変わっていくだろう。近未来の目標は何かと尋ねると、ダイナミックなインベストメント・バンキングに没頭し続けていきたいと、森さんは答えた。

インタビュー・文・構成:佐藤茂
写真:多田圭佑