なぜ米大統領候補者はデジタル通貨を無視しているのか?

アメリカ15州で民主党大統領候補の予備選挙が行われたスーパーチューズデーは、選挙戦がここまでどのように展開してきたかを振り返る良い機会だろう。

具体的には、何人の大統領候補が誰もが認識しているが触れないでいる話題に言及しているかを振り返ってみよう。

すなわち、何人の候補者が、北京、フェイスブック本社、そして世界中でDeFi(分散型金融)コミュニティが拠点を置いている場所から生まれてくるデジタル通貨と新たな金融構想によって、グローバル金融システムがまもなく劇的にディスラプト(創造的破壊)される真の可能性について検討しただろうか?

通貨に関するこうした抜本的な新しいアイデアは、次期大統領の4年の任期にわたって、アメリカの世界経済覇権を脅かす可能性がある。もちろん、誰かは緊急対応プランを持っているだろう。持ってない?

調べてみよう。

大統領候補のデジタル通貨への関心は?

まず、何人の候補者が、この1年間の討論会と主要メディアのインタビューの中で、見方によってはすでに世界最大の経済大国となっている中国がデジタル通貨を発行する予定であることに言及しただろうか?

答えは、ゼロ。

では、何人の候補者が、次のような政策課題に取り組む姿勢を持っているだろうか?

●外国企業がアメリカの銀行による仲介ではなく、デジタル通貨を使って海外貿易契約の決済を行うことから生まれるウォール街の危機

●こうしたアメリカの銀行がもはや執行機関として機能できず、アメリカの規制当局が北朝鮮、イラン、ロシア、その他のならず者国家に制裁を科すことに苦労する

●デジタル貿易決済によって、外国の中央銀行がボラティリティのヘッジとして準備資産を保有する必要がなくなるために、米国債の価値が急落したときに起こる社会保障口座の破綻

答えは、ゼロ、ゼロ、そしてゼロだ。

CoinDeskの記者ベンジャミン・パワーズは、大統領選挙特集「ポスト-トラスト選挙」と呼ぶシリーズの一環として、こうした質問を候補者やそのスタッフにぶつけている。

デジタル通貨についてベンジャミンは「候補者は目に見えて口を閉ざしている」と述べている。

「ブルームバーグ氏は政策計画の骨子は持っており、サンダーズ陣営はデジタル通貨がより迅速でピアツーピアの取引を支える可能性を認識していると述べた。しかし概ね、他の分野と比べると静かな状態だ」

デジタル通貨は一般受けしない

それでもサウスカロライナ州で支持者と話をするなかで、ベンジャミンは多くの人々がこの急速に変化するテクノロジーについて十分な情報を持っており、候補者はデジタル通貨について語るべきと考えていることを突き止めた。

しかし支持者たちは、北朝鮮の核兵器開発をどのように抑止するかという討論会での質問に対する、ジョー・バイデン氏からの次の返答のようなものを受け取り続けている。

「核兵器開発を中止させるために北朝鮮に圧力をかけるよう、中国に圧力をかける」

アメリカが外国政府に「圧力」をかける際、その主要な非軍事的兵器は、アメリカの金融システムへのアクセスを制限すると脅すことだ。

しかし、ローレンス・サマーズ元財務長官が指揮したハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究者によるシミュレーションで明らかになった通り、デジタル通貨テクノロジーは北朝鮮に制裁を科すアメリカ政府の能力を妨げる可能性が高い。

バイデン氏の回答は無理もない。ブレトン・ウッズ協定の2年前に生まれた人物にとって、アメリカが世界経済における番人としての独自の役割を失う世界を想像することは難しい。

低金利や、米ドルの「途方もない特権」が持つメリットが当たり前となっているいかなる年齢のアメリカ人にとって、それらが存在しない世界を想像することは不安なもの。デジタル通貨がアメリカで一般受けしないことは不思議ではない。

ドル覇権は続くか?

だが、はっきりさせておこう。候補者たちの対戦相手もデジタル通貨の展望を熟考していない。

いまや仮想通貨業界では悪名高い、ビットコインへの嫌悪を示した2019年の一連のツイートの中でトランプ大統領は以下のように述べた。

「アメリカには本当の通貨は1つしかない。そしてそれは今までになく強力で、信頼でき頼り甲斐がある。世界のいかなる場所においても、最も支配的な通貨であり、これからも常にそうであり続ける。それはアメリカドルと呼ばれている!」

だが、国際的金融システムを専門にする歴史家のバリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)氏の著作が示す通り、準備通貨としての地位は決して永遠には続かない。最終的にその地位が促進する不均衡は限界点に達する。

今、調査ではアメリカの指導力に対する海外からの信頼は過去最低水準にあることが示され、新型コロナウイルスのような世界経済への脅威が不気味に迫り、新しいデジタル通貨テクノロジーを使ってユーザーはドルを使わずに済むなか、変化のきっかけが迫ってきている。

通貨テクノロジーにおける国際的な勢力争いを感じ取っている中央銀行はひときわ、緊張感を持って注目している。

世界の経済生産の90%をカバーする66の中央銀行を対象とした国際決済銀行(BIS:Bank of International Settlements)の最近の調査によると、対象となった中央銀行の80%はデジタル通貨プロジェクトに取り組んでおり、10%は3年以内の発行を計画している。

イングランド銀行(Bank of England)をまもなく退任するマーク・カーニー総裁は、国際金融システムにおけるドルの中心的役割に取って代わる新しい「デジタル覇権通貨」の検討を世界の指導者たちに呼びかけた。

そして2月初旬には、FRB(連邦準備理事会)のジェローム・パウエル議長は、リブラ(Libra)と中国のデジタル人民元はドルに及ぼすその「体系的なリスク」によって、FRBに「本当に火をつけた」と認めた。

問題は、いつ政治家のお尻に同じような火がつくのかだ。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock
原文:Why Aren’t the Candidates Talking About Digital Currency?