チャック・フリード(Chuck Fried)氏は、金融サービス業界に特化したテクノロジーコンサルティング&インテグレーション企業、TxMQの社長兼CEO。銀行のITシステムの導入、マネジメント、移行、更新を30年以上にわたって手がけ、カスタマーサービースの向上、詐欺やデータ喪失のリスク緩和をサポートしてきた。
変化への恐怖
大手銀行のIT部門の内部で多くの時間を過ごす者として、私は2つのことを伝えたい。
1つ目は、私がこれまでに出会った中で最も優秀で賢い人たちは、銀行のテクノロジー部門で働いているということ。
2つ目は、多くの銀行は技術革新については、自己満足のカルチャーを助長していることだ。
私はこうした態度はしばしば恐怖──具体的には、変化への恐怖として姿を現すと理解している。
無理もないことだ。
市場でのリーダー的なポジション、安定した成功、そして同じことの繰り返しなどが長期間続けば、圧倒的ではないにしても、成長は競争とは無縁のように感じてしまう。自己満足するようになってしまう。
自己満足は、変化への恐怖以外の何ものでもない。
銀行業界のブロックチェーンの捉え方ほど、この自己満足が顕著に現れているものはない。私はブロックチェーンが銀行のITリーダーによって、一時的な思いつきから歓迎されざる邪魔ものまで、さまざまな扱いを受ける様子を見てきた。
私の経験では、こうした態度はブロックチェーンについての情報不足の結果だ。だからこそ、私は銀行のリーダーたちにブロックチェーンについて、以下のことを伝えたい。
外部からのプレッシャー
数十年間、銀行はいわば真空の中で運営されてきた。外部からのプレッシャーはほとんどなかった。
顧客はお金を預け、ローンを借りた。預金金利とローン金利の差が銀行の営業利益だった。そのビジネスモデルは、アメリカや世界中で銀行に莫大な富を生み出した。システムはすべて完璧に機能していた──そうでなくなるまでは。
銀行の歴史の中で、わずかに生まれたイノベーションは、恐ろしほどゆっくりと進んでいる。それらは、今「フィンテック」と呼ばれるものによって促されている。
新しいテクノロジーは、主に外部企業が開発したソリューションという形で登場した。例えば、小切手の画像化は銀行内のテクノロジー部門ではなく、後に銀行に吸収された外部企業によって開発された。
つまり、我々が目にし、利用し、銀行に期待するテクノロジーのほとんどは、どこか別のところで開発され、その後に銀行が手にいれたものだ。
しかし今、銀行はますます、銀行に代わる企業や最新のフィンテックエコノミーといった競合の台頭に脅かされている。
これらの企業は、主にシリコンバレーのスタートアップカルチャーから生まれ、確立されたビジネスモデルとの継続性よりも、ディスラプション(創造的破壊)を重視している。
革新的なテクノロジー、あるいは革新的なビジネスモデル、あるいはその両方によって、彼らは大手銀行が持っていた顧客基盤を丸ごと飲み込もうとしている。
例えば、住宅ローンを見てみよう。アメリカのトップ5の銀行の住宅ローンのシェアは2019年、わずか21%だった。2011年には半分を占めていた。
「イノベーション恐怖症」を超えて
こうした展開は、銀行に過去になかった方法で変化への恐怖に向き合うことを強いている。その結果、多くの銀行は過去にないほどのスピードでイノベーションを起こすことを自らに課している。
これが、私が銀行と仕事をするときに、検討すべき多くの新しいテクノロジーの1つとして、常にブロックチェーンをあげる理由だ。
銀行はイノベーションへの恐怖を内在していることを絶対的真実として認めるべきだ。だが、そうした考え方を持っていても、ブロックチェーンは他に類を見ないほど不安を生み出す。
テクノロジーはすべて0と1の組み合わせかもしれないが、それでもブロックチェーンには銀行のITチームの頭を混乱させる何かがある。
私がこれらの懐疑的な人たちに伝えることは、彼らが自己満足に浸り、栄光に酔っている間に、ブロックチェーンの概念実証は静かに勝利を収めていることだ。
ブロックチェーンは機能している。適切なユースケースでは驚くべきほど素晴らしく機能している。
クロスボーダー決済からサプライチェーンマネジメント、デジタルアイデンティティマネジメントまで、さまざまな用途を探っているブロックチェーンスタートアップは今、多すぎて名前をあげることはできない。
著名エコノミストは近年、グローバル金融におけるさまざまな課題に対処するためのソリューションの1つとしてブロックチェーンを受け入れてきた。
結論:あなたが所属する金融機関がブロックチェーンソリューションの研究開発を行っていないなら、すでに遅れている。
ブロックチェーンの扱い方がよくわからない銀行の姿を私は見てきている。彼らは適切なユースケースがわからないので、非常に興味深いが、ブロックチェーンにはあまり適していないアイデアをしばしば提案する。
だから、ブロックチェーンができること、できないことを銀行に教えることはきわめて重要だ。
ブロックチェーン銀行
最も興味深く、大変革をもたらす可能性を秘めたユースケースは、銀行の存続に関わる最も大きな脅威であることは注目に値する。銀行は中間に位置する仲介者だ。
もし我々がこのサービスを必要とせず、取引のための「第三者」としての銀行の必要性を排除できるとしたら? 金融サービス仲介者をまったく必要とせずに、ブロックチェーンを使ってダイレクトにやり取りできるとしたら?
これがブロックチェーンの真のゴールだ。トラストレスな世界における取引可能性。ここがフィンテック企業が活躍する世界であり、銀行が足を踏み入れることを恐れている世界だ。
したがって逆説的ではあるが、ブロックチェーンは銀行にとって脅威でもありチャンスでもある。
脅威とはつまり、銀行自身の変化への抵抗は、ブロックチェーンがもたらすチャンスを見過ごす結果につながるということ──銀行がリーダーシップを取っても取らなくても、ブロックチェーンは経済を変革する。
銀行が自らの未来を確かなものにしたいのなら、変化への恐怖に立ち向かい、イノベーションがもたらす創造的破壊の成果をすべて受け入れることが不可欠。それが今、目の前に広がっているチャンスだ。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Chuck Fried
原文:Banks Have to Embrace Distributed Ledger Tech, Even if It Kills Them