各国政府はいま、医療の専門家と医師が望む通りの指令を出している。食料品と医薬品の買い物以外には家を出ないこと。外出する場合は他者と6フィート(約1.8m)の距離を保つこと。そして、決して握手をしないことだ。
それに照らせば、紙幣をやり取りするのはどうなのだろうか。カラフルな布と紙でできた、紙幣という価値の保管手段は、常に人の手が直接的に触れ、あらゆる場所で大量の未知の病原菌を集め、おそらくは拡散しているのではないか。
紙幣に付着した菌の中にSARS-CoV-2(新型コロナウイルスの医学名)が含まれる可能性が、人から人への現金の受け渡しを止めるよう各国を駆り立てた。ドイツのメルケル首相は、同国での現金を用いる習慣を破り、最近になって食料品店での支払いにカードを使用させ、レジ係との直接の接触を制限した。
米国でも、人々が自宅に退避する中で注文が殺到している食品配達サービス会社のドアダッシュ(DoorDash)やグラブハブ(GrubHub)をはじめ、企業が「非接触型」サービスを宣伝し始めている。顧客に注文の品を手渡しするのではなく、配達担当者が玄関前に商品を置いていくのだ。
各国政府は一段と踏み込んだ対応を見せている。感染が最初に広まった中国では、中央銀行が汚染の可能性がある紙幣の消毒を指示し、14日間にわたる封鎖後には、新しい紙幣のみを流通させた。韓国も同様の対策を講じたと報じられている。
しかし、COVID-19を食い止める闘いにおいて、これらの取り組みがどれほど有効なのか、そもそも必要なのかはいまだにはっきりしていない。研究者らはこのウイルスが物体の表面にとどまり、拡散し得ると考えているが、通貨を介して伝染するのかはまだ分かっていない。
FRB(連邦準備制度理事会)はCoinDeskに対して、現金によるウイルスの伝染を過度には懸念していないと述べた。
広報担当者は、汚染の可能性がある紙幣の廃棄をFRBが検討しているかという質問に対して「現状では、米疾病予防管理センター(Centers for Disease Control:CDC)は、COVID-19は主に人と人との接触を通じて広がると判断している」と答えた。しかし、紙幣を廃棄しないとしても、清潔な紙幣の「緊急時用在庫」の準備は整っており、判断が変わった場合に備えて「CDCと密に連絡を取り合って」いる。
1枚の紙幣に3千の細菌?!
科学的な結論が出ない中、銀行は感染の恐怖に対処するため、様々な策を講じている。消費者に対し、自宅に紙幣をため込まないよう要請しているのもその一環だ。
米コロラド銀行協会(Colorado Bankers Association:CBA)は2020年3月18日(現地時間)付のプレスリリースの中で、消費者に対して現金を銀行に保管するよう訴えかけた。
「1枚の紙幣には、3000もの様々な細菌が存在する可能性もあり、1000回以上も受け渡しが行われている」とCBAは述べ、「感染に対する堅実な防衛策」として銀行預金を称賛した。
対照的に、連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation:FDIC)と通貨監督庁(Office of the Comptroller of the Currency)は金融機関に対し、COVID-19への対応に関し地域との連携を奨励し、その一環としてATMの1日の引き出し上限額を増やすよう求めた。
FDICは「適切な管理監督が伴えば、こうした取り組みが地域と金融システムの長期的利益に適うと認識している」と述べた。
FDICはそれでも、米国民に対して、保有する現金の大部分を銀行に預けておくよう奨励している。3月18日付のプレスリリースでは「FDICが保証する銀行は、お金を保管する場所として最も安全であり続ける」と消費者に念を押した。
FDICのジェレナ・マクウィリアムズ(Jelena MacWilliams)会長は、幅広くシェアされた3月24日付の動画の中で、「最も避けるべきことは、銀行より他の場所の方が安全と考えて、今お金を引き出すこと」と述べた。同会長はさらに、マットレスにお金を詰めて保管するのは「多くの人にとって良い結果をもたらさなかった」と警告した。
「コロナ危機は、銀行危機ではない」
公衆衛生上の懸念に加え、これらの銀行は取り付け騒ぎの可能性にも先回りして対処しようとしている。銀行の破綻を恐れてパニックに陥った消費者が大挙して預金を引き出した世界恐慌に幾つかの点で匹敵する、経済の低迷を引き起こすおそれが、COVID-19にはある。
しかしコロナ危機は、銀行危機ではないと、レイモンド・ジェームズ(Raymond James)の元最高投資責任者、ジェフリー・サウト(Jeffrey Saut)氏は指摘する。銀行はCOVID-19の影響を受けていないため、消費者が口座を清算する理由はないと、サウト氏は述べた。
実際、前回の世界的な金融危機に比べて、アメリカの銀行は健全である。FDICのデータによれば、全米でFDICが保証するすべての金融機関のレバレッジ比率は、2019年12月31日(データが出ている最も直近の日付)時点で9.66%だった。この数字は、リーマン・ブラザーズ破綻から2週間後の2008年9月30日と比べて7.81%高い。レバレッジ比率が高ければ高いほど、損失に耐えるために銀行が保有する資金が多いことを意味する。
物理的な現金、金融資産としての現金
さらにシステムとして見た際に、投資家は銀行に信頼と預金を寄せていると、IMF(世界通貨基金)の通貨・資本市場部門でディレクターを務めるトビアス・エイドリアン(Tobias Adrian)氏は語る。
「物理的なモノとしての現金は現在、汚染されている可能性があるが、金融資産としての現金はいまだに、安全なオプションである」とエイドリアン氏は述べた。
世界的な株価急落によって、投資家はより安全な資産へ避難したが、現金は間違いなくそうした資産の1つであると同氏は指摘する。「銀行預金は、デジタル通貨と同じように、より安全な資産の形態である」
それでも、消費者は少額の現金を引き出すための行列をなし始めているようだ。缶詰とトイレットペーパーをすでに備蓄した消費者は、ATMに繰り返し出向き、実物の現金備蓄を増やしていると報じられている。
彼らは銀行システムへの信頼を特に失っているという訳ではない。むしろ、現金、缶詰、食料品、医薬品、あらゆるもののため込みを行なっている者たちは、より広く、社会の日常生活が破綻することに反応して、何も信じられなくなっているのだと、社会学者のアンドレアス・フォーカーズ(Andreas Folkers)氏は述べた。同氏はドイツのギーセン大学社会学研究所(University of Giessen’s Institute of Sociology)の研究者である。
「正常な状態や、将来的な見込みが崩壊すると、無形で目に見えない社会における信頼の源が、失われることになる」と、同氏は述べた。
「これは間違いなく、人々が有事の際に、物質的で目に見えるモノにしがみつく理由の1つである。人への信頼や物事の状態に対する信頼への依存なしに、しがみつくことができるからだ」とフォーカーズ氏は指摘した。
有事には、お金が実際に何らかの脅威にさらされていると考える理由があってもなくても、銀行に置くより手元に置くお金の方が、信頼し易いということのようだ。
翻訳:山口晶子
編集:T. Minamoto
写真:Shutterstock
原文:While Some Hoard Dollar Bills, Others Envision Germy Cash’s Quick Demise