「正気か? 中央銀行が毎日のように“偽物のドル”を数兆も印刷して金融緩和しているのになぜ貯金するのか? “敗者”には何ももたらさないゼロ金利政策の最中、なぜ貯金するのか? 貯めるなら、神のお金である金(ゴールド)か、人々のお金であるビットコインだ」──。
世界中で売れているベストセラー『金持ち父さん貧乏父さん』で知られるロバート・キヨサキ氏が4月、ツイッターでこうつぶやき、ビットコインの価値を説いた。
Lesson 5. SAVE MONEY:RU NUTS? Why save money when QE FED counterfeiting is printing trillions of fake dollars-$82 billion a month to $125 billion a day? Why save when ZIRP, zero interest policy pays losers zero? Save gold-god’s money or Bitcoin-people’s money.
via https://twitter.com/theRealKiyosaki
コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。経済・金融への影響は甚大だ。キヨサキ氏の住むアメリカでは死者がついに1万人を超えている。日本でもついに全国7都府県を対象に緊急事態宣言が発令された。
だがこうした未曾有の事態の中でも、その先の将来への備えをしっかり続けることも大切だ。キヨサキ氏の名前と「金持ち父さん」シリーズのことは、投資家であれば知らない人はいないだろう。だが熱心な読者はさておき、「実は読んでいなくてよく知らない」という人も多いだろう。このタイミングでもポートフォリオにビットコインを持つことの重要性を説くキヨサキ氏とはどういう人物なのか。なぜ同書がここまで世界中で支持されているのだろうか。
開発したボードゲームの宣伝目的だった?『金持ち父さん 貧乏父さん』
ロバート・キヨサキ氏は1947年、米国ハワイ生まれの日系人だ。従軍経験の後、いくつかの企業を起こすが40代でビジネスの一線から引退。キャッシュフローボードゲームを考案したという。1997年、後に大ベストセラーとなる『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』を米国で発売した。日本版は2000年に発売されている(筑摩書房)。一説によると、ゲームのプロモーション目的で依頼されたことが執筆の理由だという。
読んだことがないという人でも、『金持ち父さん 貧乏父さん』という言葉は聞いたことはあるだろう。これまでに50ヵ国以上の言語に翻訳され、100以上の国で発売されている同書は、キヨサキ氏が「まったく違うタイプの2人の人物の影響を受けて構築した経済論」だ。
その2人とはどんな人物なのだろうか。1人は高学歴だが収入が不安定な“貧乏父さん”。そして13歳のとき学校を中退した億万長者の“金持ち父さん”だ。その2人のお金の関する考え方や哲学の違いを比較しながら、お金を増やすために必要な考え方、原理原則を解き明かしていく。2人のモデルは実在の人物で、“貧乏父さん”がキヨサキ氏の父、“金持ち父さん”は彼の親友の父とされている。
このシリーズは同書一冊だけではなく、『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント : 経済的自由があなたのものになる』『金持ち父さんの起業する前に読む本: ビッグビジネスで成功するための10のレッスン』『金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法』などいくつも出版されている。シリーズ全体の発行部数は4000部に上るという。なぜそこまでキヨサキ氏が説く哲学・思想が支持されているのだろうか。
シンプルで分かりやすいお金の真理「お金の流れの読み方を学び、お金を生む資産を持て」
シリーズ第一作『金持ち父さん 貧乏父さん』。リーマンショック後の2013年に改定版が発行されたが、冒頭に「6つの教え」が掲載されている。ここに重要なポイントをしっかりまとめられている。その6つは以下のとおりだ。
第一の教え 金持ちはお金のためには働かない
『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』(筑摩書房)より
第二の教え お金の流れの読み方を学ぶ
第三の教え 自分のビジネスを持つ
第四の教え 会社を作って節税する
第五の教え 金持ちはお金を作り出す
第六の教え お金のためではなく学ぶために働く
キヨサキ氏は20年以上にわたって著作活動をしており、このシリーズも何冊も出ているし、さらに講演などでもその思想・考え方を披露しているが、氏が重視する考え方、その要諦はここにまとめられているといっていいだろう。もっと思い切ってまとめれば、「お金を生み出す資産を持て」と説いているのだ。
その考え方が広く支持されている理由は何だろうか。まず単純にエンターテインメント作品として面白いということがあるだろう。そして、分かりやすく納得できる論理構成で、突き詰めればいくつかの項目にまとめてしまえることから、「真理をついている」と多くの人に考えられているからだろう。さらにキヨサキ氏自身、不動産投資などで資産を増やした“金持ち父さん”だという点も説得材料と言えそうだ。
あっちゃんもYouTubeで絶賛、ただ批判的な意見も
著名人にもキヨサキ氏のファンは存在する。
「めちゃくちゃ面白かった。お金に関してちゃんと勉強しないってことが、いかに辛く惨めな人生の始まりかということを叩きつけてくれる」──。
これは“あっちゃん”こと、芸人・タレントの中田敦彦さんの感想だ。中田さんは2020年2月、自身のYouTubeチャンネル・中田大学で本シリーズを取り上げている。3本の動画にシリーズ『金持ち父さん貧乏父さん』、『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』など4冊のエッセンスを凝縮、熱のこもった授業を展開している。1時間足らずで4冊分がざっくりつかめることもあって、人気を集めている。1本目の動画は4月上旬現在、100万再生を超えている。
ただ手放しで礼賛する人ばかりでは決してない。
本書は金持ちと貧乏の2人の男性を対比させながら、物語のように話は進められていくが、お金の話、生き方の話ということもあって教訓めいた描写・指摘も多い。中にはマルチビジネス商法や自己啓発セミナーになぞらえて批判する人も少なくない。
また「金持ち父さん」になること自体に価値を見いださない人も存在するわけで、そうした人たちからすれば、愛読者の考え方には同調できないのも当然だろう。
否定的な意見もあるものの、キヨサキ氏がこれだけのベストセラーシリーズを育てたことは評価されてしかるべきことと言える。そんな氏がこのコロナ相場の中でビットコインの重要性を指摘したことの意味は小さくない。
衝動的な投げ売りや楽観的な見通しで大きく売買するのは危険
ところでキヨサキ氏はこの相場をどう見ているのだろうか。公式サイトのブログには、その断片がうかがえる記事がいくつかある。
まず3月2日に掲載された「株式市場の大暴落をどう見るか」という記事では、「一番やってはいけないことは、持っている株をさらなる下落におびえて衝動的に投げ売りしたり、楽観的な見通しで大きく売買してしまうことかもしれない」と指摘している。
その上で、「これから景気がどう動くのかを自分である程度予測して、長期的に何を目指すのか、もし自分の予測がはずれたときにはどうするかをシミュレーションしたうえで行動することが必要だろう」として、長期の目線で考え、行動することの重要性を説いている。
そして「バーゲンセールに駆け込むかどうか」という記事を3月16日に公開している。おりしもダウ30種工業平均が歴史的な下落を見せ、サーキットブレーカーが発動された3月9日から数日後というタイミングだ。
この記事では「ファンダメンタルをチェックして、その企業が本来もっていると思われる実力よりも下がっていると確認できたら、この際、買いたかった銘柄を安く買っておくのもいい」と呼びかけている。
その一方で、「結果として株価が数か月後数年かけて水準を戻したとしても、一定期間は買った時点よりも株価が下がり、含み損が膨らむ可能性がある」と述べた上で、「心理的な圧迫にその期間じっと耐えて、株価が回復しさらに伸びていくまで待てるかどうか、ここにひとつのハードルがある」と主張している。
ただ同時に「コロナウィルス感染拡大が収まらずに長引いて経済にも大きなダメージをもたらしたとしたら、企業もそのダメージを受けて株価がさらに下がってしまう可能性もある」と長期化に対する懸念も示している。
これらのブログの記事は決して長くなく、また本数も多くないこともあり、氏が今の相場をどうみているかをこれだけで判断するのは難しい。しかし、『金持ち父さん 貧乏父さん』シリーズを既に読んだ人であれば、こうした記事の端々に、氏の思想・哲学を読み取るのかもしれない。
ゴールを設定して現状を把握するのは資産形成の第一歩
キヨサキ氏はまたブログに「『金持ち父さん貧乏父さん』を読んで金持ちになりたいと思ったら」という記事を掲載。読み流しただけでは身につかないとしてノートを作るようアドバイスしている。ノートには印象に残ったことや感想を書きとめたうえで、現状の財務諸表を書くこと、自分の最終的な目標、その目標に到達するために何をしようと思っているかを書こうと提案している。
この方法は誰もが認める効果的な資産運用・資産形成の始め方と言えるだろう。
ただやみくもに「お金を増やしたい」ではなく、最終的なゴール・目標を具体的に設定すること。そうしなければ、途中で厳しい状況に陥った時、続けられなくなった時に、ぶれたり止めたりしてしまう。
そして最初に現状を把握することも大切だ。目標があっても現状が分からなければ、その差分の埋め方が分かるはずもない。
人間は忘れやすい。だからこそノートなどにしっかりと書きとめ、目標や現状、その時点までの軌跡を時おり見返しながら、続けていくことが必要だ。読書をして心が動かされても、その高揚感を長く保つのは難しいし、ノートを作るといった行動に移すことも簡単ではない。悲しいかな、それが事実であることは、ここまでベストセラーになりながらも、読者のすべてが金持ち父さんになれていないことからもうかがえる。
『金持ち父さん 貧乏父さん』やブログに書かれたキヨサキ氏の考え方の一端を紹介したが、筆者は何もキヨサキ氏の熱心な読者ではないし、「金持ち父さん」を絶賛する気はない。さらにいえばビットコインを勧めているからといってビットコインを持とうと勧めるつもりでもない。
ただ世界中で長きに渡って支持されたベストセラーシリーズを生み出した氏の哲学・思想には、納得できる部分が少なくない。未読であればこの機会に読んでみてもいいだろう。
コロナウイルス感染が拡大し、相場は大きく傷んでいる。大きく株価は下落したが、誰もが「これで底をつけた」と自信を持って言えるほどの状態ではない。まだまだ下がる可能性はある。
だが資産形成・運用は続けることが大切だ。投資期間を長くとったほうがリスクが抑えられる。だからこの相場の最中でも、その後のことを考えて行動すべきだ。とはいえ、何もこの相場のなかで株の売買を続けることを勧めているのではない。たとえば一時的に現金にして荒波が過ぎ去るのを待つのも戦略だろう。
しかし相場が落ち着いたら始めようと考えているなら、それはすなわち「価格が高くなったら買おう」ということではないだろうか。未曾有の出来事、有事の中では、経験値のある投資家でさえ近視眼的になってしまう。だが、いつまでもこの相場が続くわけではない。このタイミングでキヨサキ氏がゴールドとビットコインの重要性を説いたことの意味を考えて、しっかりとコロナ後にも思考をめぐらせておくべきではないだろうか。
文:濱田 優
画像:Motortion Films, Rido / Shutterstock.com