LINEが400億円つぎ込む証券事業の行方──勢い増すスマホ金融の地殻変動【インタビュー】

LINEの金融事業子会社であるLINE Financialが野村ホールディングスと手を組み、2019年8月に始めたネット証券のLINE証券。新型コロナウイルスのパンデミックで世界経済が後退する4月、LINE証券は株主2社から新たに200億円の資金を調達し、手元の資金を400億円にまで拡大させた。

アメリカでは、株式の売買委託手数料ゼロで若い世代の人気を集めてきたロビンフッドが、ネット証券業界に再編の渦を巻き起こした。日本でも、スマートフォン金融を巡る業界の地殻変動は、その勢いを増している。

ネット取引で行われるすべての手数料の完全無料化を目指すSBIは、LINE証券のはるか先を走る。口座数は500万を超え、野村の531万に迫る。さらにSBIは4月、メガバンクの三井住友フィナンシャルグループとスマホ金融を中心に資本業務提携を進めることで合意、ネット証券事業をさらに広げていく。

米ロビンフッドの口座数は昨年12月、1000万を突破としたと報じられた(写真はロビンフッドのアプリと企業ロゴ:Shutterstock)

新型コロナウイルスのパンデミックが世界中の人と経済の活動を抑制し、主要株価指数は暴落。個人投資家にとっては、安値で株を取得できる千載一遇の好機と言われる一方で、LINE証券にとっては「ポスト・コロナ」を見据えたネット・スマホ金融の新たな形を作るための重要な時だ。

8400万人を超えるLINEユーザーをワクワクさせるスマホ投資サービスを、LINE証券はいかに創り上げていくのか。野村證券に10年以上勤務し、経営企画や海外事業の企画に参画し、LINE証券で取締役・執行役員を務めるイ・ウォンチョル氏にビデオ会議ツール「ZOOM」で話を聞いた。

LINEに個人投資家が殺到した3月

LINE証券で取締役・執行役員を務めるイ・ウォンチョル氏 (写真:LINE提供)

──新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、主要株式インデックスは急落した。LINE証券を利用する投資家はどう動いたのか?

イ・ウォンチョル氏:株価が大きく下落に転じた2月25日を境に、前後30営業日で比べてみると、1日平均の約定件数は約2.5倍、1日平均の稼働口座数は2倍、1日あたりの平均売買代金は4倍近く増えている。また、1日平均の入金額も3.4倍に増加した。

LINE証券には、1株/1口単位で数百円で投資ができ、口座開設も簡単にできることから、口座を開いて試しに株式投資をやってみようと考える初心者の方も多い。口座開設はしたものの残高はゼロのままというユーザーも多かった。しかし、狙っていた銘柄がこの価格で買えるならと、このタイミングで直感的に株を買ってみようと行動した人が目立ったように思う。

──年齢別に見ると、投資家の行動に違いはあるか?

イ・ウォンチョル氏:LINE証券のお客様を年齢別に見ると、20代が20%、30代が20%、40代が15%、50代が10~15%となる。開業以来、この比率は変わっていない。約定件数や売買代金の推移を見ていても、年齢の差はないように思う。

資金400億円の使い道

LINE証券のHPより

巨大なユーザー基盤を築き上げたLINEだが、LINE証券がネット証券会社のフロントランナーになるためには、激しさを増す業界の手数料ゼロ競争に耐えながら、ユニークな取引サービスを作り上げるしかない。多額とは言え、限りある資金をどう使っていくのか?

──SBIに加えて、370万超の口座を持つ楽天は、さらに口座数を増やし続けている。LINE証券が業界NO.1、2と対等に切磋琢磨できるレベルに上げるための、資金の使い道は?

イ・ウォンチョル氏:ネット証券の人気が高まり続けているとは言え、日本の証券口座の数はまだ人口の5分の一程度。コミュニケーションアプリ「LINE」を利用している8400万人のユーザーにリーチすることができるという点では、LINE証券は良いポジションにいる。

まずは、商品のラインナップ(取引できる株式銘柄や債券銘柄など)を大手証券並みに増やしていくことが最重要。現在は投資家の初心者が比較的多いが、商品をそろえて行けば投資経験者の数も増えていく。

LINE証券は5月10日から取引所取引(現物取引)をスタートする。現在、取引できる銘柄数は国内企業・ETF等をあわせて315銘柄だが、現物取引の場合、東京証券取引所に上場する約3700銘柄に増加する。現物取引は、東証が取引している9時~11時半(前場)と、12時半~15時(後場)の時間帯に取引することができる。今後、信用取引の取り扱いに向けても、準備を進めているという。

イ・ウォンチョル氏:LINEが得意とするUI・UXの開発手法を、LINE証券に展開していく。スーパーアプリ「LINE」の中で、投資というものをしっかりと浸透させていきたい。

LINEの開発者は、アプリ上でお客様が操作を行うフロントの部分を作り上げていき、証券システムの中核となるミドル、バックの部分は、野村証券から派遣された経験豊富なITスタッフや部門やNRI(野村総合研究所)が参画している。

キャッシュ1000兆円は動き出すか

LINE FinancialのHPに載る「金融が変わる。LINEが変える」のスローガン(LINE Financial HPより)。

日本銀行によると、国内の家計金融資産は2019年12月末時点で1903兆円。
政府は「貯蓄から投資へ」の流れを促す施策を打ってきたが、現金・預金の規模は1000兆円を超えた。そして、この巨大資産の多くを握るは60歳以上の高齢者。

──LINE証券は、コミュニケーションアプリ「LINE」を日本に浸透させたように、投資の流れを劇的に強めることができるのか?

イ・ウォンチョル氏:1900兆円の資産がずっとこのままということにはならない。大相続時代はやってくるだろうと考えている。その時代のためのメイン証券会社を目指している。相続した資産を元に、資産形成を行う世代に広く使われるスマホ・ネット証券になれるように、今はコツコツとやっていく。

スマホ銀行の設立に向けて準備を進めている新銀行は、LINE証券のユーザービリティを高めるという意味でも、その存在は重要になるだろう。次の時代では、多くのサービスがシームレスに展開できるスーパーアプリの上で、お金はよりシームレスに流れるようになるではないか。

誰もが、分かりやすく投資を理解できて、投資のアドバイスを受けられ、シンプルに、安全に投資ができるLINE証券にしていきたい。

LINEとみずほフィナンシャルグループは昨年5月、LINE Bank設立準備会社を設立。2020年度中の新銀行の設立を目指し、準備を進めている。

取材・文・構成:佐藤茂
写真:多田圭佑