2020年5月1日に施行された「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」、いわゆる改正金融商品取引法で「セキュリティ・トークン」が法的に位置づけられた。金融機関などがビジネス化に向けて動きを活発化させている「セキュリティ・トークン」とは、一体どのようなものなのだろうか。
「聞いたことはあるがうまく説明できない」という人に向けて、よく挙がる疑問を整理してみよう。まずは「セキュリティ・トークン」という言葉の意味から。
疑問1──そもそも“セキュリティ”・“トークン”とは何を意味するのか?
回答1──「セキュリティ・トークン」とは、「トークンという形でデジタル化された証券」のこと。一般には「ブロックチェーンで管理された、デジタル化された有価証券」「ブロックチェーンなどの技術を使って発行された、有価証券の性質を持ったトークン」とも理解されている。
セキュリティとは=有価証券
【解説】セキュリティ・トークンの「セキュリティ」は「有価証券」のこと。続く「トークン」にはいろいろな意味があり、定義を絞るのは難しいが、ブロックチェーンを活用して発行された暗号資産・コインのことと考えていいだろう(厳密にいえば、法律でブロックチェーンの使用は定められていない)。
ただ「トークン=暗号資産」かというと、両者は厳密には同じではない。というのも、暗号資産(仮想通貨)は発行者や管理者がいないが、トークンは企業や個人・団体が発行するためこれらが存在する──といった違いがあるからだ。
そもそも「有価証券」とは何か?
そもそも「有価証券」は、株式や国債、社債など財産的な価値のある権利をあらわす証書のこと。金融商品取引法(旧証券取引法)では、第2条1項で、国債、社債、株券、新株予約権証券など19種類が定められている。
同法第2条には2項もあり、1項にない信託受益権、合同会社の社員権など、組合契約などの出資者の権利について有価証券と“みなす“と定められている。印刷された証券がなくとも権利を有価証券とみなす規定で、「みなし有価証券」「2項有価証券」とも呼ばれる。
1項有価証券と2項有価証券の違いは、1項有価証券のほうが取り扱う際のハードルが高いこと。1項有価証券を扱う場合は、第1種金融商品取引業者の登録が必要だし、募集や開示などについての規制も厳しく定められている。
なお米国では、ある契約やトークンがセキュリティ(有価証券)にあたるかどうかを判断する基準として「Howeyテスト」(ハウイーテスト)というものが存在する。
疑問2──改正金商法でセキュリティ・トークンはどう定められているのか?
回答2──改正金融商品取引法で新たに導入されたのが「電子記録移転権利」という考え方。2項有価証券の一部をトークン化した場合に「電子記録移転権利」に位置づけられ、「1項有価証券とみなす」、1項有価証券と同様の厳しい規制が課せられることになった。
そして、この「電子記録移転権利」と、国債や社債、株券などの1項有価証券をトークン化した「トークン化された有価証券表示権利」、さらには流動性などの観点から「電子記録移転権利」から除外された「適用除外電子記録移転権利」が「電子記録移転有価証券表示権利等」とされ、改正金融商品取引法上での「セキュリティ・トークン」として定義された。整理すると以下のようになる。
改正金融商品取引法における「セキュリティ・トークン」とは、「電子記録移転有価証券表示権利等」のことであり、以下の3つが含まれる。
- トークン化された有価証券表示権利
- 電子記録移転権利
- 適用除外電子記録移転権利
【解説】改正金商法の第2条3項では、同2条2項で有価証券とみなされる権利のうち(2項有価証券)、その権利が電子情報処理組織を用いて移転できる財産的価値に表示される場合で、流通性が低いものなど一部をのぞいたものを「電子記録移転権利」として、1項有価証券にみなすと定められた。
トークン化され流動性が高まるため投資家保護が必要に
2項有価証券を「みなし1項有価証券」とする理由は、トークン化で流動性が高くなるため、規制を1項有価証券と同じくらい厳しくして投資家保護を図るためと考えていいだろう。ただ2項有価証券であっても、すべて1項有価証券とみなされるわけではない。適格機関投資家に向けて販売されるなどの場合は、みなし1項有価証券から除外される。
デジタル証券と呼ばれることも
適格機関投資家とは、いわゆるプロの投資家のことで、証券会社や投資信託委託業者、銀行、保険、投資顧問、年金資金運用基金などがあたる。金商法2条3項1号に「有価証券に対する投資に係る専門的知識及び経験を有する者として内閣府令で定める者」と定義されている。金商法上の規制が一部除外されている。
以上のように有価証券を電子的に位置づけたものがセキュリティ・トークンであるため、これは「デジタル証券」とも呼ばれることがある。なおセキュリティ・トークンは金商法の対象であり、資金決済法で定められている「暗号資産」とは別物だ。
疑問3──どんなものがトークン化の対象になりそうなのか?
回答3──現状有望視されているのは「不動産」と「社債」で、今後「株式」などについても検討されると考えられる。なお収益・キャッシュフローを生むものなら証券化の対象になり得ると言われている。
野村総研のデジタル債など既に国内では発行の事例あり
【解説】国内外で生まれている事例を見る限り、債券や不動産がまずは主流になりそうだ。野村総合研究所(NRI)は2020年3月30日、「デジタル債」と「デジタルアセット債」という2種類のセキュリティ・トークンを発行している。この社債発行には、同社と野村ホールディングスが設立した合弁会社であるBOOSTRYなどが関わっている。
また海外でセキュリティ・トークン発行の実績がある米国のSecuritizeと、不動産情報サイト大手のLIFULLが2020年3月、空き屋の活用を目的とした不動産セキュリティ・トークンの発行の実証実験を実施している。
このように、社債や不動産などを対象にした発行が活発になりそうだが、いずれ株式などについても議論が生まれると考えられる。
キャッシュフローを生むものなら対象として検討可
また、こうしたいわゆる“有価証券然とした”ものだけでなく、ファンの多いアーティストや作家、アスリート、スポーツチームなどが自らトークンを発行して次作の制作・活動資金を調達するといった事例も考えられる。セキュリティ・トークン事情に精通するシンプレクス株式会社の三浦和夫氏も、CoinDesk Japanのインタビューで「キャッシュフローを生むものなら対象にできる」と指摘している。
疑問4──セキュリティ・トークンのメリットとは?何ができるようになる?
回答4──セキュリティ・トークン発行による資金調達(STO、セキュリティ・トークン・オファリング)が可能になる。証券発行のコストが下げられ、上場(IPO)や社債発行などができない中小企業や、個人でもセキュリティ・トークンを発行できるなど、資金調達の幅が広がる。投資家にとっても法律が整備されたことで、(よく比較されたICOに比べて)安心して投資ができる。
STOとは──難易度はICO以上、IPO未満
【解説】セキュリティ・トークンの発行による資金調達(STO)は、IPOやICOと比較されることが多く、実行しやすさとしては、「ICO以上、IPO未満」と考えられている。ICOとは、イニシャル・コイン・オファリングのことで、新しいコイン(暗号資産)を新たに取引所に上場させることを指す。
一般に資金調達といえば、株式や債券の発行や、金融機関からの借り入れなどが思い浮かぶが、大企業ならともかく中小企業やスタートアップ、ベンチャー、さらには個人ではこうした資金調達は容易ではない。多くの企業が目指す上場(IPO)ともなれば何年もかけて実現するのが一般的だ。
そしてよく比較されるICOは、2018年ごろ世界中でブームになった。法規制が十分でなかったこともあり、中には資金を集めることだけを目的にした詐欺的なプロジェクトも存在。被害事例が多発したことから世界中で規制が強化されて一気に下火になった。
こうした流れを受けて登場したのがセキュリティ・トークン。その発行は、取引所に株式を上場するIPOよりもハードルは低いと考えられる。不動産をはじめ、何らかの収益を生み出す資産を持っている個人・法人なら、セキュリティ・トークンを発行することで資金調達ができる可能性があるわけだ。
しかし投資家保護を目的に法律でしっかりと規制されているため、ブームになった頃のICOよりは当然、実現のハードルは高くなっている(詳しくは疑問5を参照のこと)。
スマートコントラクトが使えてヒトの手を介さず契約が履行できる
セキュリティ・トークンでは一般にブロックチェーンが活用されるため、スマートコントラクトと呼ばれる機能が使えるようになることも大きい。これはプログラムによって契約(コントラクト)を自動的に実行できる仕組み。実行に人の手を介さないため、着実に履行されるし、コストがかからないことなどがメリットとされている。
ICOと比べてSTOはどうか?という疑問については次の項目で見てみよう。
疑問5──STOとICOの違いは?
回答5──ST(STO)は改正金商法で管理されることになり、ICOと比べて実施のハードルは上がる。その分、投資家にとっての安全性は高くなる。
【解説】トークン発行による資金調達ということで、STOはよくICO(イニシャル・コイン・オファリング)と比較される。ICOは直接規制する法律がなかったためブームとなった反面、詐欺まがいの案件も多かった。その反省からセキュリティ・トークンは改正法でしっかりと規制の対象とされた。
ICOで発行されるのはユーティリティトークン。有価証券ではない
ICOもSTOもトークン発行による資金調達という意味では同じだが、ICOで用いられていたトークンは「ユーティリティトークン」に位置づけられている。ユーティリティトークンとは、特定のサービス、システムで利用できるコイン・資産のこと。有価証券ではないため、金商法の規制対象ではなく、資金決済法の対象となる。
企業やプロジェクトなどがこのユーティリティトークンを発行することで資金調達を行う仕組みでがICO。さらに暗号資産取引所が主体となって発行体のトークンを販売するのがIEO(イニシャル・エクスチェンジ・オファリング)にあたる。
2018年にICOブーム 億り人が誕生したが詐欺プロジェクトも多数
ICOは2013年ごろから存在したが、ビットコイン価格最高値をつけた2017年ごろから増えだし、18年には暗号資産の価格が低迷する中で大きなブームとなった。
世界中で数百件のICOが誕生、18年のICO資金調達総額は2兆円にのぼるという調査もあるほどだ。有名なところではテレグラム、フォビなどがあり、テレグラムは「グラム」トークンを発行。18年に2度のICOを行って約1,800億円(17億ドル)を調達していた。日本を対象に行われたICOでは、COMSAやALIS、QASHなどが存在する。
多くのプロジェクトでは投資家が大儲けして「億り人」になったが、逆に大きな損害を被った人も少なくなかった。投資である以上、「絶対」はないものの、当初からお金を集めることだけが目的と考えられるような詐欺プロジェクトも存在した。もちろん、すべてのICOが詐欺ではないのだが、それでも被害は世界中で拡大。この流れを受けて世界中で規制が進み、ICOブームは短期のうちに収束してしまった。
こうして誕生したセキュリティ・トークンは、投資家保護を図りながら、資金調達需要にこたえる設計にすべく、金商法が明確に基準を定めたことで、安全に取引できるようになった。法規制によるハードルが明確に設けられたことで、ICOと比べれば自由かつ柔軟な発行はできなくなり、コストもかかるようになったが、その分、投資家は安心して投資先を選べるようになったといえそうだ。
文・編集:濱田 優
画像:kkssr / Shutterstock.com