IBMが狙う仮想通貨保管ビジネス。コールドストレージに代わる選択肢提供

IBMが仮想通貨の保管(カストディ=custody)市場への参入を狙っているようだ。

その兆しとして、ニューヨークの投資会社シャトル・ホールディングス(Shuttle Holdings)は2019年3月末に、IBMのプライベートクラウドと暗号化技術を基盤としたデジタル資産の保管ソリューションのベータ版(サンプル版)をリリースする。これはIBMとシャトルが仮想通貨やトークンの保管を請け負うのではなく、2社の技術を組み合わせた保管ツールを他の企業が活用するための取り組みだ。

このサービスの潜在的ユーザーとしては、銀行や証券などを保管する企業、ファンド、家族経営の事業者、富裕層に属する投資家、取引所の運営会社などがあげられると、シャトルの最高投資責任者(CIO)のブラッド・チャン(Brad Chun)氏は述べる。

「我々のサービスは依然、限定的な状態で、一般公開できる段階ではないが、ベータ版の順番待ちリストは準備した」とチャン氏。

IBMは2月に、サンフランシスコで開いたイベント「Think 2019」でこのソリューションを紹介した。イベントに出席したIBMのCTO(最高技術責任者)兼クラウド・セキュリティ部門統括のNataraj Nagaratnam氏は、仮想通貨の保管はIBMのクラウドにとって主要な利用例であると話す。

金融界における課題とは?

「デジタル資産を考えるとき、そのデータをどう安全に扱うかという課題がある。これは金融界で働く多くの人にとって共通の課題だろう」とNagaratnam氏は言う。

IBMのクラウド・ソリューション事業に携るRohit Badlaney氏は、リリースが間近に迫るデジタル・アセット・カストディ・サービス(DACS)に対する同社の取り組みを語る。

Bedlaney氏は同社の広報担当を通じて、「DACSは業務用・広汎性の暗号化技術で、IBM LinuxONEが提供している。この最も安全性の高いプラットフォームは、IBMが選ばれる理由の一つであろう」とCoinDeskの取材で答えている。

IBMはこれまでに企業向けのプライベートブロックチェーン「ハイパーレジャー・ファブリック(Hyperledger Fabric)」を開発し、Stellerのプロトコルを管理する非営利のSteller Foundationとのパートナーシップも締結してきた。IBMがデジタル資産領域への参入を図ろうとしている証ではないだろうか。

仮想通貨の保管は以前まで、ウォレットの開発企業や取引所などの領域に属するものだった。しかし、機関投資家の資金がデジタル資産に流れ始めると、より安全な業務用途の保管サービスを開発する競争が生まれるようになった。

コールドストレージではない

多くの仮想通貨・保管企業は、コールドストレージを用いる。コールドストレージには、秘密鍵がネットワークに接続されていない端末で保管される。技術面から見ると、この方法はサイバー攻撃などの進路を少なくするための最良の策と考えれてきた。

しかし、企業は顧客とのつながりを維持し、データや資産へのアクセスを常時、可能にしておきたいと考える。加えて、最大限に安全性を担保することは不可欠だ。

そこで、IBMクラウドは新たな機能を考えだし、シャトルなどの企業が従来のウォレット・コールドストレージに比べてより安全なシステムを構築できるようにしたと、チャン氏は語る。そのソリューションは、ハードウエア・セキュリティ・モジュール(HSM)上に構築され、言ってみれば、鍵付きの箱が不正開封を防止しながらデジタル鍵を守るというものである。

「安全性と効率性は常にトレードオフの状況にあるが、我々は従来のコールドストレージを利用しない。代わりに、デジタル鍵を“データの塊”のように複数のレイヤーの中で暗号化して保存する」(チャン氏)

「Think 2019」イベントでチャン氏は、有効性と安全性を合体させることで、IBMクラウドはデジタル資産にあふれる未来に合致したソリューションになる」と、強調した。

「有効性と安全性を可能にする極めて重要なレイヤーを作り上げれば、全ての企業がデジタル資産を保管できるようになるだろう。これは仮想通貨に限ったことではなく、不動産や個人IDもそうだろう」とチャン氏。「我々はHSMだけに限らず、ソリューション全体にフォーカスをしている。仮にジェムアルト(Gemalto=アムステルダムに拠点を置く、デジタルセキュリティ企業)のHSMが我々が使っているものより優れているのであれば、喜んで彼らと話し合い、我々の開発に参画して頂けるよう働きかけたい。重要なのはクライアントのニーズだ」と続けた。

コールドストレージ vs. HSM

仮想通貨などの保管において、コールドストレージとHSMに対する見解はそれぞれ異なる。また、安全性と効率性のトレードオフの関係に対しても意見は割れる。

コールドストレージ技術では、個人は資産へのアクセスを行う際に常に関与していなければならない。それは1時間から2時間、時に48時間という時間を要することがある。一方、HSMは対照的で、全てを電子処理に依存し、それを高速で行うことができる。

デジタル資産におけるHSMソリューションを提供するのは、IBMに限らない。スイスのクリプトストレージAG(Crypto Storage AG)は、オンライン銀行のスイスクオート(Swissquote)向けにHSMソリューションをリリースできると発表している。

野村ホールディングスとレジャー(Ledger)、ジェムアルトは2018年に、パートナーシップ「コマイヌ(Komainu)」を締結し、カストディソリューションの共同開発を進めている。今後、HSMを活用した保管を主導するプレイヤーになるだろう。

イーサリアムのデザインスタジオConsensysが支援するトラストロジー(Trustology)も、HSMをベースにした仮想通貨のカストディソリューションの開発を進める。同社CEOのアレックス・バトリン(Alex Batlin)氏は、オフラインだという理由でコールドストレージを好む人はいるが、それはネットワークを人に置き換えたに過ぎないのではないだろうかと疑問を呈する。

一方、仮想通貨のコストディサービスのパイオニアで知られるビットゴー(BitGo)のCEO、マイク・ベルシェ(Mike Belshe)氏は、コールドストレージ技術がもたらす安全性を得るには、人の関与や待ち時間などは僅かな代償だろうと話す。

「鍵をオンライン上、またはオンラインすれすれのところにに置いてしまえば、ユーザーはそれに対する厳格な管理というものを失う。我々が対話を持つ顧客たちは、特にこの点に耳を傾ける」と、ベルシェ氏は話した。

翻訳:CoinDesk Japan編集部
編集:佐藤茂、浦上早苗
写真:IBM(Shutterstock)
原文:IBM Quietly Enters Crypto Custody Market With Tech Designed for Banks