アニメのコンテンツを活用したアイテムやグッズ、アートの販売・流通管理にブロックチェーンを活用する動きが進んでいる。2020年5月現在、世界で人気のIP「攻殻機動隊」の新作アートワークをブロックチェーンを使った仕組みで共同保有するプロジェクトが行われているほか、アニメ業界で長らく活躍した人物がブロックチェーンのスタートアップを共同創業したことが報じられている。
ブロックチェーンの特徴を活かすことで、ファンがより楽しめるようになるだけでなく、コンテンツ制作環境の改善も期待されている。
「攻殻機動隊」新作のアートワークを共同保有できるプロジェクト
Netflixが独占配信中のオリジナル「攻殻機動隊 SAC_2045」とは
現在、アートワークの共同保有の募集が行われているのアニメが「攻殻機動隊 SAC_2045」(神山健治、黄瀬和哉共同監督)だ。人気シリーズの新作で、2020年4月23日から、Netflixが世界中に独占配信している。
このシリーズの原作は、1989年に発表されたマンガ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』(士郎正宗著)。これまでに映画やTVアニメだけでなく、ハリウッドでも実写映画化されている(ルパート・サンダース監督『ゴースト・イン・ザ・シェル』、2017年)。まさに日本を代表するIP(知的財産)と言って差し支えない。
それぞれストーリーはオリジナルだが、主人公など基本的なキャラクターや設定などはほぼ共通のこのシリーズが世界を魅了している理由、特徴はいくつもある。
たとえば脳とネットワークを直接つなぐ「電脳化」や身体の一部をサイボーグ化する「義体化」といった近未来的な技術が登場すること。移民や汚職など現存する社会問題を未来に置き換えた、大人の観賞に耐えうるリアリティに富んだ設定も挙げられよう。さらには、ゴーストの存在や身体をサイボーグ化する行為を通じて「生とは何か」といった普遍的なテーマについても考えさせるあたりが、日本に限らず世界中で高い人気を誇っている理由だろう。
実施はAnique、フォロワー180万人のアーティストが手掛けたアートワークが対象
その「攻殻機動隊 SAC_2045」のアートワークの共同プロジェクトを実施している企業がAnique(アニーク)だ。2019年3月に設立されたスタートアップで、ミッションとして「作品とファンとの間にある永遠のつながりを、特別な儀式をもって証明すること」を掲げている。
これまでにも「進撃の巨人」「STEINS;GATE」「けものフレンズ」など人気アニメ・マンガのデジタルアートなどを流通させている。
今回、共同保有の対象となっているのは、「攻殻機動隊 SAC_2045」キャラクター原案を担当したイリヤ・クブシノブ氏によるアートワークだ。クブシノブ氏はロシア出身、インスタフォロワー180万人の人気アーティスト。同氏がキャラクター設定を務めることが発表された当時は、原作ファンのみならずアート好きの間でも話題となった。
クブシノブ氏が手掛けたキャラクターが描かれたアートワークの共同所有権が手に入るほか、絵画(額装絵)、Tシャツ、スマホケースなどが販売されるこのプロジェクトの肝となっているのが、ブロックチェーンだ。
プロジェクトに申し込んでパートナーになると、66桁のブロックチェーントランザクションIDが付与される。このIDは固有で他に同じものは2つとない、“ユニーク”なものだ。さらに販売されるアートワークには、申込者のIDがあしらわれるため、「まったく同じアイテムは他にはない」ことになる。所有権は代替不可能なトークン(ノンファンジブルトークン、NFT)で管理され、申し込み者(パートナー)の名前を記載したデジタル証明書も発行される。
プロジェクトの申し込み6月22日(月)21:00までで、権利の購入には1500円かかるほか、額装絵が欲しい場合は別に5万円、Tシャツが欲しい場合は7000円、スマホケースは5000円などとなっている(いずれも税別)。
Anique代表の中村太一氏は以前、CoinDesk Japanの取材に対して、「Netflix、Amazonプライム・ビデオなど動画サービスを通じて、日本のアニメやマンガに親しむ世界のファンは増えている」とする一方、「その海外ニーズに応えることができるプロダクトはまだまだ少ない。 ブロックチェーン技術を使えば、デジタルでも“世界に一つ”しか存在しないアートワークを創ることができる」と述べている。
なぜブロックチェーンを使うといいのか
こうしたアイテムの管理にブロックチェーンを活用することの意味は何だろうか。
まず複製可能なデジタルコンテンツに、唯一性をもたせられるという点がある。フィギュアや額装絵、スマホケースといったリアルなアイテムと異なり、デジタルコンテンツはコピーしやすい。コピーとは基本的に同じものを生み出す“複製”だ。
だがブロックチェーンで管理することで、同じように見えるデジタルアートであっても、それぞれが唯一無二であることを証明できる。第三者が勝手に作ったコピーコンテンツではない、本物であることの証明にもなる。
また流通を管理できるため、制作者の支援につなげられるというメリットもある。デジタルアートが販売されると、売り上げは手数料などを除いてクリエーターに還元されるものだが、それはあくまでプライマリーマーケットの話。いわゆるセカンダリーマーケットでは──たとえばアイテムを入手したファンがフリマアプリなどで売った場合など──、コンテンツ制作者にその売り上げが配分されることはなかった。
だがAniqueの仕組みでは、ユーザーがデジタル所有権を売却する際、二次流通でも支払額の一部が製作者へと還元されることになっている(現状では所有権の譲渡はできないが、今後機能追加を予定している)。特にアニメは世界中で支持されているにも関わらず、制作環境が決して良いものではないことが度々指摘されている。制作者に利益を還元することで、こうした環境の改善につながると考えられる。
前出の中村氏も「コンテンツ製作者に新たな収益機会を提供できる」と話している。セカンダリーマーケットの構築はクリエーターへの支援となり、それは新しい良質なコンテンツの誕生につながるのだ。
アニメのデジタルブロマイド販売プラットフォーム構築へ──YUIMEXが創業
ブロックチェーンをアニメの分野に活用することを目的に最近設立された企業が、YUIMEXだ。2020年2月に設立された同社は、5月26日に創業に関するリリースを発表したばかり。そこで、アニメ作品のブロマイドを購入・交換できる世界的なデジタルブロマイド販売プラットフォームの構築を目指していることを明らかにした。
同社を率いる岡本拓真氏は2019年、アニメ・マンガ・ゲームファン向けコミュニティ通貨「オタクコイン」を発行・運営する一般社団法人オタクコイン協会を設立したことでも知られる。いわゆる“オタクコンテンツ”とブロックチェーンについて精通している人物だ。
注目は、バンダイビジュアル(現バンダイナムコアーツ)で12年にわたり、50タイトル以上のアニメーション製作業務に携わった國崎久徳氏が取締役に名を連ねていることだ。
國崎氏は前出の「攻殻機動隊」のTVアニメ第2シリーズにあたる「攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG」や、「トップをねらえ2!」「マクロスFrontier」などの有名な作品を代表作として持つ。さらにバンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)に転じ、30タイトル以上のゲームとアニメの同時立ち上げも経験している。氏のような経験を持つプロデューサーは決して多くないという。
YUIMEXは発表で、「日本のアニメは、動画配信サービスの普及に伴い以前にも増して全世界的に人気を博している」とする一方で、問題として「海外のアニメファンが『自分の好きなアニメグッズを購入すること』には国境という高い障壁」「日本のアニメと距離を感じている現状」が存在すると指摘している。
同社は、NFTを活用したデジタルブロマイドを発行、オリジナリティを担保する構想を持っているといい、夏から秋にかけてのサービスリリースを予定している。
『鬼滅の刃』の菓子は“おまけ付き”からなくなっている
そもそもアニメ・マンガ、さらにはゲームを含めた“コンテンツ”のファンには、好きな作品に関連するグッズのコレクターが多い。アニメやマンガに限らず、アイドルや鉄道などの熱狂的なファン、いわゆる“オタク”と呼ばれる層は対象と「つながりを感じたい」からグッズを購入し、所有する。
最近では連載が終了した人気マンガ『鬼滅の刃』のキャラクター商品が多数販売されているが、こと菓子類については、売り場からあっという間に姿を消しているのは、ステッカーなどのアイテム(おまけ)が付いているものばかりだ。同じキャラクターがあしらわれた菓子が数種類あっても、おまけがない種類は残りがちだ。ファンは、何か好きなコンテンツに関連するアイテム・グッズを所有することで、つながりを感じたいのだ。
こうしたファン心理は各社とも重視している。Aniqueは同社サイトで、「愛してやまない作品とあなただけの特別な繋がりをAniqueは約束します」と宣言している。YUIMEXも発表で、「独自調査に基づき、グッズにおいてアニメファンの『所有感』を満たすことが最も重要」と位置づけていることを明らかにしている。
デジタルの良さ、実際の物品の良さ 両方欲しいファン心理
しかし、デジタルコンテンツでは、こうしたファンの「所有感」を満たすことが難しい。アニメ作品がネットで配信される環境にあっても、ファンの多くは「DVDやBlu-rayなど実際に存在する物品を買って手元に置いておきたい」と思うものだからだ。
一方でデジタルコンテンツは、プロダクト製造の過程で工場などを必要としないなどのメリットもある。あくまで“デジタル”なコンテンツだから、プラスチックのケースを作ったり、それをトラックや鉄道などで輸送したりする必要もない。生産は、実際の物品よりも比較的容易と言える。
だからこそYUIMEXが指摘するように、(デジタルであっても)ファンの「所有感」を満たせる商品・サービスをいかに設計するかが不可欠なのだ。そう考えると、現在Aniqueが「攻殻機動隊SAC_2045」のプロジェクトで採用しているような、基本はデジタルアートの所有権を販売しながら、額装絵やTシャツ、スマホースなどのグッズ・アイテムも併売するというハイブリッドな仕組みは合理的と言えるだろう。ファンなら両方欲しいと思うものだからだ。
「買って支えたい」「好きな作品とつながりを感じたい」というファンの欲を満たしながら、クリエーターがまた新たな作品を作れるようにしっかりと還元する。そうした状況、エコシステムを作るうえで、ブロックチェーンが果たせる役割、業界から寄せられる期待は決して小さくない。
文・編集:濱田 優
画像:© 士郎正宗・ProductionI.G./講談社・攻殻機動隊2045製作委員会