メルコイン流通するオフィスで進む開発。メルカリにブロックチェーンは不要か?

引退を表明した米メジャーリーグ・ベースボールのイチロー(鈴木一郎氏)を追いかけ、2000年以降、アメリカで活躍する日本人選手は多く誕生してきた。そのパイオニア的存在は1995年に渡米を決めた野茂英雄氏だ。

ニューヨーク・ブロンクスにあるヤンキー・スタジアム(Yankee Stadium)

東京・六本木にあるメルカリのオフィスには野茂氏の写真が飾られている。そこには、米国でパイオニア企業になるという意思が込めらている。

アマゾンがモノを買うことを“ポチッ”と簡単にしたように、メルカリはモノを売ることをシンプルにしようとフリマアプリ「メルカリ」を作った。不要なモノを売った代金で、欲しいモノをキャッシュレスに買えるスマホ決済サービスのメルペイも開発した。

2013年の設立からアプリの月間利用者数(MAU)を1200万以上に拡大し、米国市場には翌年に参入。創業5年で株式上場を果たせば、時価総額は一時7000億円を超えた。

メルカリのビジョンはさらに野心的だ。「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」ことを、「Go Bold (大胆に、勇敢にという意味)」に進めるという。

そのメルカリの未来を描くために研究開発を進めているのが、R4Dと呼ばれる部署だ。R4Dが今どんな領域にフォーカスをあててR&D(研究開発)を進めているのかを探れば、メルカリが目指す数年後の姿を想像できるのではないだろうか?CoinDesk Japanは、R4Dでマネージャーを務める高橋三徳氏(39)に話を聞いた。

ブロックチェーンと暗号通貨は分けて考えるべき?

小学3年生の頃から将来はエンジニアになろうと決めていたという高橋三徳氏。

──メルカリは2018年10月に社内プロジェクトのMercari Xを立ち上げました。Mercari Xはメルカリでどう機能していますか?

高橋:Mercari Xはブロックチェーン技術を使うということで、なし崩し的に始まったところはあります。次世代のメルカリを実験していく場ではないかと解釈しています。

「メルコイン」も作っていて、実験的に社内で流通させています。当初、Mercari Xではクラシカルなテクノロジーだけで、一切ブロックチェーンを使っていませんでした。現在はメルコインまわりでプライベートなイーサリアムを試験的に使っています。

メルコインを使えるメルカリを試したくて、ブロックチェーン技術に関係なく作ってみたんです。振り返ると、これらを実現するためにブロックチェーンを使うことは特に重要ではなかったと思ってます。メルコインを流通させるのはブロックチェーンの上でなくても良かったのです。

ブロックチェーン領域を1年くらい見てきました。暗号通貨とブロックチェーンを一緒に考えるべきか、分けて考えるべきか、何度も行ったり来たりしてるんです。今では別々に考えようかなと思っています。もちろんブロックチェーンの技術は見ていきたいと思ってます。

メルコインで猫のトイレを買う

メルカリの開発者たちが働くスペースの入口にあるコーヒースタンド。決済はもちろんメルペイが使える。

──メルコインを使って社員がモノを売ったり、買ったりしているのですか?

高橋:メルコインは社員限定で2017年の終わりから使っています。普通にモノを社内で売るんです。

一定量のメルコインを社員に一律付与して、1メルコインの価値を決めずに始めました。社員同士で、例えばこれは200メルコインだと言ったら、欲しい人はそれを出す。そこから初めてメルコインの価値ができあがってきました。値段は決まってないから最初は難しいですよ。社員の中のいわば実証実験です。結局、価値はついてきました。

何でも売買されてます。CPO(Chief Product Officer)の濱田(優貴)は、猫のトイレを売ってましたね。サービスを売る人もいます。英語を話せる人が英語を教えるサービスを売ったりとか、エッグタルトを食べきれないから、このエッグタルトどなたか買いませんかといった具合です。

メルカリは連結ベースで約1650人の社員がいますが、メルコインでの売買は日本のオフィスだけです。

メルコインは社外でデビューする?

メルカリの開発者たちが働くスペースのガラスの扉。

──メルコインが今後、メルカリの社外で流通する日はやってくるのでしょうか?

高橋:分からないですね。そもそも新しい通貨を出して、本当にみなさんは喜ぶのだろうか?そこは正直まだ分からないです。本当に良いと考えるなら、押して行きたいですけど、僕らはそこまでの結論は出せていないです。もちろん法的にクリアしないといけないものもありますしね。

我々はこれまでブロックチェーン技術のコアなところまで見てきました。その間、よく言われるスケーラビリティの問題を含めて、技術の問題点も分かってきました。

基本的には色々な人がノードを立てて、だからこそオープンで中央の管理者がいないみたいなことを言ってはいるものの、結局ネットワーク的には集中してきてしまうため信用も集中してしまう。そもそも利用する人から見て、ブロックチェーンの存在はそこまで重要ではないし、検証が難しい。技術的にも、ブロックチェーンのコミュニティーを見てもまだまだ成熟していないと思っています。ブロックチェーンをメルカリに適応できるかは正直、まだ分からないですね。

AIからロボティクス、宇宙まで

「VRやAIテクノロジーが発展してくると、やっとブロックチェーンが生かされるんじゃないかと思っています」高橋氏。

──いま一番フォーカスしているR&Dの領域はどのあたりですか?

高橋:正直、ブロックチェーンからは少し離れてもいいのかなと思ったりもします。一方で、AI(人工知能)とかXR(仮想現実のVR・拡張現実のAR・複合現実のMRの総称をXRと呼ぶ)技術みたいなものの方が面白くなるのかなと思ってます。

メルカリではすでに、XRと量子コンピュータ、ロボティクス、宇宙領域などで研究開発を進めています。R&Dとしてはいろいろな可能性を摸索したいというのが本音です。

山田(山田進太郎・代表取締役会長兼CEO)がよく言うのが、「売ることを空気のようにする」ということ。アマゾンは買うことをごく自然にできるようにした。ポチッと押したらモノは届く。それとは逆で、我々は売ることをごく自然にすること。そのお客様体験としてAIとか色々な技術の研究開発を進めています。

AI、VRがブロックチェーンを生かす

メルカリのオフィスエントランスを通ると、野茂英雄氏の写真が見えてくる。

──UXやUIを考えた時にAIやXRは、R&Dを進める上で欠かせないテクノロジーということですね。

高橋:過去15年を振り返るとスマートフォンがない時代がありました。スマートフォンがなければメルカリは誕生していません。この先の10年を考えたとき、スマートフォンを使っているかと言うと、それはないかもしれません。みんながVRの中で生きているかもしれない。やはり今の形態のスマートフォンはなくなると思っています。スマートフォンが生き残ったとしても、全く違う形になっているでしょう。

VR技術が発展すれば場所の制約はなくなり、移動の必要がなくなってくると思います。毎朝、約300万人が千葉、神奈川、埼玉から移動している。VRが発達してテレワークができれば、人とモノの移動、物流が変わってくる。

VRやAIテクノロジーが発展してくると、やっとブロックチェーンが生かされるんじゃないかと思っています。メルカリはフィジカルなモノを扱うマーケットプレイスをサービスとしてやっています。MercariXでの実験を通じて分かってきたのは、すべてがブロックチェーンに乗っていないと意味がない。

モノの台帳がブロックチェーン上にあって、それがブロックチェーンやクリプトのテクノロジーで移動していく形にならないと、本質的にはメルカリとしてはブロックチェーンは活かしにくいだろうと思っています。

これがバーチャルの世界であれば、必然的にデジタルコンテンツを取り扱うことになる。それらはすごくブロックチェーンと親和性は高いので、生かされてくると思っています。モノのやり取りのノウハウはすごく生きるんじゃないのかなと。現状では、(ブロックチェーンは)金融の世界で動いてくるのかなと思っています。


メルカリの研究開発組織であるmercari R4Dは、2017年12月に設立。名称の由来は、研究(Research)と4つのDで、設計(Design)、開発(Development)、実装(Deployment)、破壊(Disruption)を指す。

インタビュー/構成/文:佐藤茂
編集:浦上早苗
写真:多田圭佑