中国ではブロックチェーンの医療での活用が進んでいる。推進の主力はおなじみのIT巨頭、アリババ、テンセント、京東、中国平安などである。2017年ごろから先行し、存在感を示していた。ただ「医療+ブロックチェーン」に関しては課題・問題点もあり、フォビ研究院が市場の成長の予測と共にレポートで示している。そのレポートの内容と、昆山市で始まる期待の新プロジェクトについて確認しておこう。
2022年に260兆円規模に──巨大な中国医療健康産業
中国の医療健康産業は大きく発展している産業だ。2019年の市場規模は12兆4000万元(188兆円)で、3年後の2022年には17兆元(260兆円)37%増になると予想されている。
新型コロナの影響でオンライン診療は急拡大
こうした市場規模の予想について詳しいフォビ研究院のレポート「区塊鏈(ブロックチェーン)開後医療健康新篇章」のポイントをいくつか紹介しよう。
・オフライン医療サービス……公立と民営を合わせた病院院市場は拡大を続けている。22年の市場規模は4兆6000億元(70兆円)で、19年比20%増の予想
・オンライン診療サービス……新型コロナウイルスの影響で急拡大した。22年の市場規模は514億元(7,800億円)、19年比92%増の予想
・製薬事業……米国に次ぐ世界2位の市場に成長。22年の市場規模は1兆9931億元(30兆円)で、これは19年比20%増の予想
かつて中国の医療は前近代的な混乱を極めていたが、2010年代半ばのITイノベーションを経て、様変わりしている。既にオンライン診断と医薬品ネット通販では、日本の数歩先にいると言えよう。
医療にブロックチェーンを活用する上での主な5つの問題点
フォビのレポートは、暗号資産の草分け企業の研究所らしく、医療健康産業が、ブロックチェーンを採用する上の問題点を詳述している。それは次の5つだ。
・広域ではデータが非共有……近隣地区の中小医療機関と地方中核病院は、おおむね連携した。しかし広域の地方や省をまたぐことはできず、データは孤立している
・医者と患者の間に不信……ネット上の偽情報や、医師の技量バラつきにより、医療機関と患者間の信頼が不足している
・情報セキュリティが脆弱(ぜいじゃく)……医療従事者のデータ独占の弊害多く、情報漏れ、プライバシー侵害が見られる
・医薬品の闇……臨床データ非公開による開発の遅れ、偽薬や偽表示、イレギュラーな流通など
・医療保険制度の不備……医療機関と保険会社が重要情報を共有できない。データ不備は保険金詐欺の温床につながっている。保険料の不公平感も強い
ブロックチェーン技術はこれらの課題を解決し、標準化された医療サービスを提供できるはずである。先行の取り組みは、どこまでカバーできたのだろうか。
アリババ、テンセントなどの先行プロジェクトとは?
医療+ブロックチェーンで先行しているのは、アリババの「阿里健康」中国平安と「平安好医生」の2強だが、そのほかの主役もやはりIT巨頭たちである。各社の取り組みをおさらいしておこう。
アリババ「ブロックチェーン+医聯体」──患者のプライバシーを守りつつ、データ共有を目指す
アリババ子会社の阿里健康(香港上場)と常州市(江蘇省、人口473万人)が提携し、2017年8月スタートした「ブロックチェーン+医聯体」。データセキュリティ、プライバシーを保障しつつ、医療機関間のデータ互換を実現している。2019年には、アリペイと連携し、武漢市中心医院に“未来医院”を開設した。ブロックチェーン技術により、実名認証、医療保険支払い、物流サービスなどの結合を図っている。
テンセント「騰訊雲+愛心人寿ブロックチェーン保険連盟」──契約から支払いまで徹底した自動化を目指す
騰訊雲はテンセントのクラウドコンピューティング部門。そして愛心人寿は2017年創業の新しい保険会社(北京)である。医療機関、保険会社、衛生情報プラットフォームをブロックチェーンで結合する。テンセントの技術と経験を活用し、高効率の保険販売モデル実現を目指す。
京東「京東至臻鏈」──ブロックチェーンとIOT技術を用いたソリューションを提供
京東の「京東至臻鏈」は、ワクチン管理とトレーサビリティを扱う。ブロックチェーンとIoT技術を利用して、ワクチンの全流通過程を追っている。2019年、銀川互聯網医院(オンライン診療、登録医師14万人)と提携した。100%安全なワクチン接種を目標とする。
これら3つの先行プロジェクトが、問題点の克服に挑戦している。しかし、フォビのレポートをみる限り、まだ成果を競う段階には至っていないようである。特に地域をまたぐ展開にはメドが立っていない。
昆山市で始まる新プロジェクトへの期待
こうした中、2020年6月中旬に新規プロジェクトがスタートすると報じられた。ネットメディア「新浪蘇州」によれば、全国初のブロックチェーン医療応用プロジェクトで、その実験都市が江蘇省・昆山市(上海の西郊、人口98万人)に決まったのである。
昆山市は、上海から西へ車で1時間ほど、人口98万人の新興産業都市だ。長江デルタの他都市より歴史が浅く、若い家族が多い。ITに習熟した彼らは、新しい実験には最適だろう。市民は診療情報、問診記録、処方記録、薬事情報などを、スマホで直接確認できるようになる。
例えば薬事情報サービスでは、市内で3年以内に発行の処方箋に、アクセス可能だ。こうした利便性に期待する市民は多い。フォビ研究院の挙げる課題は解決され、目に見える成果が上がるかどうか。大きな可能性を秘めた、注目のプロジェクトである。
今後のプロジェクトの行く末を占う上でおさえておきたいのが次の2つのポイントだ。
1 新型肺炎の接触確認アプリがプラス材料に
新型肺炎(新型コロナウイルス)の防疫体制により、新しい医療ネットインフラが出現した。アリババとテンセントが開発したアプリ「健康碼(健康コード)」だ。これは新型コロナウイルス感染への“安全度”を示す接触確認アプリで、先行プロジェクト時代にはなかった、昆山プロジェクトの進行にとって大きなプラス材料だ。
このアプリでは、本人の申告(訪問した場所の二次元コードスキャン)とアプリの収集した位置情報から、感染の危険度を推定する。中国人は現在も、このアプリがなければ外出できない。この現実は、国民の医療情報に対する意識を変えた。
なぜこのアプリがプラス材料か。それは、“地域の壁”を破ったからだ。中国政府は2012年に「医薬衛生体制改革の深化に関する意見」を発表、社会保険カード、医療機関受診証などを住民健康カードに統一、全国的な医療体制を目指したが、これも道半ばであった。だが「健康碼」アプリが地域の壁を破ったため、全国的な医療体制確立の実現可能性は一気に高まった。
2 中国のキャリア最大手が後援、5G競争による後押し
新プロジェクトは、中国三大電信キャリアのトップ「中国移動」が後援をしていることにも注目だ。担当の中国移動蘇州支社は、5G+ブロックチェーンの応用研究を進める大きなチャンスだといえる。他のキャリア(中国電信、中国聯通)との争いはもちろん、中国移動社内での5G成果争いも熾烈だからだ。存在感とシェアを高めたい中国移動は、本プロヘクトに積極的な支援をすると考えられる。
実験で中国の「医療+ブロックチェーン」は新しいフェーズへ
昆山の新プロジェクトがこれまでと違うのは、新型肺炎の感染拡大で市民の意識が変わったこと、5G技術が投入されつつあることだ。これらが後押しして、中国の「医療+ブロックチェーン」は、さらにここから新しいフェーズに入ると見てよさそうだ。
文:高野悠介
編集:濱田 優
画像:metamorworks, Sashkin / Shutterstock.com