シリア人ブログラマーのガース・モー(Ghass Mo)は2年前から、イラク北部のクルド人地区でビットコインを扱う仕事をしながら生活を営んでいる。
「暗号資産(仮想通貨)のオープンソースプロジェクトで仕事をして、報酬はビットコインでもらっている。僕が最初に出会ったプログラマーはアミール・タアキ(Amir Taaki)。彼からは多くを学んだ」
モーのようにビットコイナーから刺激を受け、この世界に入ってくる人がどれくらいいるかはわからないが、「デジタルノマド」と仕事をする人にとっては身近な存在になってきている。また、その背景には、ビットコインが国境を超えたグローバル通貨として機能している。
『マスタリングビットコイン』を片手に夜を過ごす
モーは20代前半に内戦で混乱するシリアを離れ、家族を養うために銀行口座を持たない移民労働者になった。モーのようにオンラインで一緒に仕事をしている開発者たちの間には多くの共通点がある。
独学でプログラムを学び、買い物とたまに外出する以外は自分の部屋で音楽を聞いて過ごす。いつも無精ひげを生やし、小さな自宅兼オフィスには数台のノートパソコンとモニター、アラビアコーヒーがある。
オンラインで一緒に仕事をする仲間と会うことはなく、地元で開かれるビットコインの集まりなどに参加したこともない。夜はプログラミング言語Rustを勉強したり、『マスタリングビットコイン(Mastering Bitcoin)』といった本を片手に家で過ごす。
「内戦と国の政治不安の影響を受けてきた。何カ月もかけてオンライン学習に取り組み、一つ一つの単語を(英語から)翻訳しています。(中略)この分野の勉強に興味を持っている人は片手で数えられるくらいしか知らない」
伝統的な金融ネットワーク「ハワラ」
中東でビットコインを収入として稼ぐ多くのフリーランスプログラマーと同様に、モーは日々の生活のために地元の取引所でビットコインを換金する。
取引所「クルドコイン(Kurdcoin)」を設立した地元の大学院生アブドゥラーマン・ベイパー(Abdurrahman Bapir)は2017年に、モーのような顧客のために「ハワラ(Hawala)」のようなビジネスを始めた。
ハワラはビットコインよりもはるか昔、数百年前からイスラム世界でお金を送るために使われてきた、伝統的な金融ネットワークだ。長い歴史を持つハワラのおかげで、ビットコインは送金業者が提供する新たな選択肢の1つになった。ハワラは、さまざまなコンピュータースキルとネットワークアクセスを持つ現地の人たちにとって便利な存在だ。
「フェイスブックは新規顧客を見つけるための一番の情報源。口コミが2番目。ハードウェアウォレットも自分たちで販売している。これまでイラクで10台売った。これからもっと売れるだろう」とベイパーは話す。
モーのようなユーザーは、クルドコインのアカウントにテレグラムやツイッター、インスタグラムなどのソーシャルメディアを使ってメッセージを送る。
クルドコインのスタッフは10人。顧客はビットコインを使ってオンラインで支払いができ、シリアからイランのクルド人地区まで、ほぼすべてのハワラで現金を受け取ることができる。モーは家族への送金にもビットコインを使っている。
「新型コロナウイルスによる都市封鎖(ロックダウン)の後、イラクのクルド地区とシリアのロジャヴァとの国境が閉鎖された。送金も難しくなり、手数料が数倍になることもある」とモーは言う。
ベイパーによると、モーのようなフリーランスが現地市場に持ち込むビットコインに対する需要は旺盛だ。
イラク・クルド人地区のビットコイン
「取引高が1000万ドルの月もあれば、50万ドルの月もある」とベイパーはクルドコインの取引高について説明する。2017年後半のビットコインブームのピーク時と比べてもビジネスは伸びているという。
「多くの新規顧客が集まってくる。我々の取引所には1日当たり10〜20の新規見込み客がいる。今後、見込み客が1000人になる月も出てくるだろう」
暗号資産愛好家は、かつて取引所の名前をつけていたような独立系の暗号資産に手を出したりしない。信頼できるメンターからビットコインについて学んだモーは、幸運だったのかもしれない。ベイパーは、「トークン詐欺」から学んだ人たちは今、ビットコインを求めて彼の取引所に戻ってきていると語る。
ベイパーはクルド人地区でビジネスを行うための認可を得るため、複数の弁護士と10人ほどのアドバイザーから構成される海外のチームと協力している。
アメリカの大麻業界が州法と連邦法の間のグレーゾーンで運営されているように、クルド人地区のビットコイン業界はイラク中央銀行の曖昧な規制の下、運営を続ける。
一方、歴史あるハワラは、伝統的な「顧客確認」(KYC:know-your-customer)プロセスのもとで機能している。
コロナ危機で変わった客層
モーのようなビットコイナーが、新型コロナウイルス感染拡大下でも常連顧客であり続けたことはベイパーにはラッキーだった。
新型コロナウイルス危機以前、顧客の半分以上はイラク南部のアラブ地区の人たちだったとベイパーは語る。彼らはビットコインを売買するために、イラク北部のクルド人地区まで来ていた。
今、行き来は制限され、そうしたビジネスはオンラインで行われている。ロックダウン、そしてイランとシリアの通貨の双方が崩壊し、複数の通貨に対応した送金ビジネスが増加している。
「イラン西部のクルド人地区でも、クルド人向けの取引所を開設することを考えた人もいた。イラクでは銀行は発達しておらず、おそらく20人に1人しか銀行口座を持っていないだろう。日常のお金のやり取りのほとんどすべてが現金。家を買うときも現金が必要だ」(ベイパー)
イラク北部でデジタルに暮らす
この現金経済はモーのような銀行口座を持たない移民に適しており、モーはフリーランスの仕事でなんとか十分な収入を手にし、イラクで暮らしている。イラクでは電力やWiFiの信頼性が比較的高く、シリアに比べると大幅に改善されている。だがそれでもまだ現地のデータセンターを運営したり、利用することはできない。
「海外のサービスが頼りだ」とモーは言う。「家族を経済的に支えるため、何度かグラフィックデザイナーやウェブ開発者としてアルバイトをしなければならなかった。「エデックス(Edx)」や「ユーデミー(Udemy)」でいくつものオンラインコースを受けた。プログラミングとビットコインについての本は10冊以上読んだ」
この2年間、ビットコインについて学んだことが自分の人生を劇的に変えたと、モーは言う。「ビットコインで食料を買うことができると気づいた時、ホッとすることができた」
翻訳:下和田 里咲
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:ガース・モー氏
原文:What It’s Really Like to Live on Bitcoin in the Middle East