イーサリアムブロックチェーンが初の汎用ブロックチェーンとして誕生して5年。以来、電子マネーというビットコインのビジョンにとらわれることなく、イーサリアムはブロックチェーンテクノロジーのまったく新しいユースケースを切り開いてきた。
5つのチャートで、イーサリアムの進化を振り返ろう。
1:無血の分離
ローンチから1年も経たないうちに、重大な出来事によってイーサリアムコミュニティーは2つに分かれた。
2つのコミュニティーの間の対立は深刻で、2016年7月20日に「イーサリアムクラシック(ETC)」と呼ばれる新しい暗号資産(仮想通貨)が誕生する結果となった。
イーサリアムクラシックの誕生のきっかけとなった出来事とは、分散型アプリ(Dapp)「The DAO」のユーザーから、6000万ドル(約63億円)の暗号資産イーサリアム(ETH)が盗まれたこと。
当時The DAOは、ユーザーが資金をプールし、その資金をどのプロジェクトに投資するかについて投票できる唯一の分散型アプリだった。The DAOのビジョンは投資家主導型のベンチャーキャピタルファンドになることだったが、ハッカーはそのファンドの大部分の資金を奪った。
数週間にわたる協議の末、イーサリアム開発者たちは、時計を巻き戻す。つまり、The DAOのハッキングによるトランザクションをなかったことにし、盗まれたユーザーのイーサリアム(ETH)を回復すべきという結論に達した。こうした変更はネットワーク全体のアップグレード、いわゆる「ハードフォーク」でのみ実行できるものだった。
一方、ハードフォークに反対する人たちは、ハッキングされた資金を含めて、ブロックチェーンのトランザクションと残高の履歴の整合性を維持することを支持した。
そして2016年7月20日、ユーザーの資金を回復するためのアップグレードが実行された時、イーサリアムブロックチェーンは2つに分かれた。The DAOのハッキングによるトランザクションと残高を含むオリジナルの履歴を維持し、ソフトウエアをアップグレードしなかったコミュニティーは、もう一つのネットワークを生み出した。それがイーサリアムクラシックだ。
分裂以降、イーサリアムネットワークはさらに7回ハードフォークを行ったが、2016年の「The DAOフォーク」ほど議論を呼ぶことはなかった。
2:とんでもない猫たち
イーサリアムブロックチェーンにおいて、本当の意味で多くのユーザーを集めた初めてのDapp(分散型アプリ)は「クリプトキティーズ(CryptoKitties)」と呼ばれる収集型ゲームだった。
2017年11月にローンチされた「デジタル猫」は大人気となり、BBCやニューヨーク・タイムズをはじめとする世界中のメディアが取り上げた。
人気絶頂期には、トークン化された猫たちは20万ドル(約2100万円)以上で取引された。しかし、この大人気アプリには多くのユーザーが流入し、トランザクション(取引)量は急増。イーサリアムブロックチェーンをかつてないほど渋滞した。2017年12月までに未処理のトランザクションが3万件にのぼり、ユーザーはイーサリアム(ETH)の送金が承認されるまで何日も待たされた。
クリプトキティーズの開発者たちは、ゲーム料金を増額することで新しいユーザーの流入を食い止めようと急いだ。クリプトキティーズのローンチ後まもなく、2018年1月10日にイーサリアムは1日あたりの取引手数料が過去最高を記録。この日の手数料は450万ドル(約4億8000万円)を超えた。同月、クリプトキティーズの登録ユーザー数は25万人に達した。
クリプトキティーズの大流行は多くの点でイーサリアム開発者たちに、プラットフォームの技術的限界を突然思い知らせる不都合な出来事となった。1つの人気Dappに圧倒されてしまっているようなら、どうしてイーサリアムブロックチェーンは「ワールド・コンピューター」になれるだろうか?
開発者たちが数千ではなく、数百万人のDappユーザーの参加を真剣に望むのであれば、スループットを増大させるための具体的な計画を立てる必要があった。
3:限界を試す
イーサリアム2.0と、それがネットワーク効率とスケーラビリティにもたらすと期待されるメリットの必要性は、2017年のクリプトキティーズの流行以降、さらに強まっていった。
ICO(新規コイン公開)──暗号資産プロジェクトの初期段階をクラウドファンディングするための方法──の人気は、調達額で見ると2018年に最高潮に達した。その年、1000を超えるプロジェクトに対して、78億ドル(約8200億円)の資金が集まった。ICObenchによると、全ICOのうちの80%以上がトークンの作成と投資家への発行にイーサリアムブロックチェーンを利用している。
2018年のICOブームのようなトレンドは、単なるP2P(ピアツーピア)の電子マネーにとどまらない数多くの方法でブロックチェーンテクノロジーが活用できることを示している。世界初の汎用ブロックチェーンプラットフォームとしてのイーサリアムは、Dapp開発者たちが、ゲームやファイナンス関連など、ブロックチェーンのあらゆるユースケースを開発するために集まるハブとなった。
その結果、プラットフォームが抱える技術的限界にもかかわらず、イーサリアムブロックチェーンにおけるDapp開発者の活動は依然として活発なままだ。
イーサリアム上でユーザートラフィックとトランザクション量の大部分を占めている最新トレンドは、DeFi(分散型金融)。現在イーサリアムを席巻しているDeFiムーブメントは、融資サービスや取引所、デリバティブ市場といった伝統的な金融業をモデルとしたDappによって構成されている。
2020年7月29日時点、36億8000万ドル(約3900億円)の暗号資産がさまざまなDeFiサービスに預け入れられている。
4:Dappの優勢
誕生以来、イーサリアムのビジョンは「ワールド・コンピューター」になることだった。ワールド・コンピューターの上ではあらゆる種類のDappや資産が自由に作られ、展開される。
この目標に向けて、イーサリアム開発者たちは「スマートコントラクト」と呼ばれるブロックチェーンの新興分野における新技術のパイオニアとなった。
「ソリディティ(Solidity)」と名づけられた新しいプログラミング言語が、イーサリアム上でのDapp開発をサポートするために発明された。ネットワーク上の異なるDapp間の相互運用性を確保するために、「ERC-20」や「ERC-721」といったトークン規格のような共通のフレームワークが開発された。
こうしたイノベーションは2015年のイーサリアム誕生以降、他の汎用ブロックチェーンプラットフォームが生まれる道を切り開いている。
イオス(EOS)、ステラ(Stellar)、テゾス(Tezos)、トロン(Tron)は、Dappの開発と展開を特徴とする代表的な暗号資産。だが他のDappプラットフォームの増加にかかわらず、ユーザー数、Dapp数の双方から、イーサリアムは最も人気の高い汎用ブロックチェーンであり続けている。
5:2.0への長い道のり
しかし、イーサリアムはそのビジョンをまだ実現できていない。
開発者たちは、現在のイーサリアムは世界中の数十億ユーザーではなくとも、数百万ユーザーの流入に対処するにはまったくもって不十分と確信している。このことは、ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏をはじめとするイーサリアムの初期の開発者たちが常にうすうす感じていたことだった。
イーサリアムをリリースしてから5年、ブテリン氏らはイーサリアムの開発を完成させるために「イーサリアム2.0(Eth 2.0)」と名づけたロードマップを考え出した。イーサリアム2.0の最初のステップは今年中、あるいは2021年の早いうちにローンチが予定されている。
イーサリアム2.0のロードマップは、最初のDappを誕生させたオリジナルのロードマップと同じくらい野心的だ。イーサリアム2.0のローンチは間近に迫っているが、イーサリアムの5年の歩みを理解するうえで重要なことは、イーサリアム2.0の数年にわたる計画段階で行われた数多くのアップグレードを検証することだ。
2015年、イーサリアム2.0はプロジェクトの最終開発段階として構想され、「セレニティ(Serenity)」と名づけられた。セレニティは暫定的に、最初のメインネットローンチから16カ月後、つまり2016年11月に展開される予定だった。
このアップグレードによりイーサリアムは、「マイニング」と呼ばれる、ビットコインに倣ったコンピューターに与える負荷の高いブロック生成プロセスから、よりエネルギー効率に優れた検証プロセスに移行することになる。
そのために、マイニングからの移行をゆっくり、しかし確実に奨励するために、開発者たちは「ディフィカルティボム(difficulty bomb)」と呼ばれるものを生み出した。2016年3月14日に実行されたディフィカルティボムは、マイナーたちがイーサリアムブロックをマイニングする難易度を徐々に高めていく。ディフィカルティボムがブロック生成の難易度を上げるスケジュールは、開発者たちがイーサリアム2.0のローンチ計画に修正を加えるため、過去5年間で3回延期されている。
ディフィカルティボムの最近の延期は、2020年1月2日のこと。だが延期はこれが最後になるかもしれない。一部の開発者による暫定的な予測では、イーサリアム2.0への移行は今年、正式に開始され、来年後半までには既存ネットワークをリプレースするとされている。
イーサリアム2.0の結果、新しいテクノロジーやブロックチェーンの新しい標準が何を生み出すかは分からないが、イーサリアムの発展の最初の5年を振り返ることは、なにかしらのヒントを与えてくれる。
5年間でイーサリアムはネットワークを分裂させるアップグレードを経験し、重大な技術的ボトルネックに直面し、暗号資産プロジェクトの資金調達の新しい形を進化させ、イーサリアム2.0への移行のためのローンチ計画を正式なものとした。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:2014年、トロントでのイーサリアムチーム(Duncan Rawlinson/Flickr Creative Commons)
原文:Ethereum History in 5 Charts