DeFi(分散型金融)プラットフォームのスシスワップ(SushiSwap)は先週末、匿名の設立者「シェフ・ノミ(Chef Nomi)」が突然に自身のトークンを売却したことで、出口詐欺を疑う声があがった。最終的にはシェフ・ノミが単独で持っていた管理権限を移譲することで事態の収拾が図られた。
その後、スシスワップは新たなリーダーたちを迎え入れた。プロジェクトの資金を管理するマルチシグ・ウォレット(複数の認証が必要なウォレット)の認証権限を持つ9人がコミュニティによる投票で選出された。
イーサリアムでは、マルチシグはアナログの世界での取締役会のような役割を果たす。9人のメンバーのうち6人の合意によって、スシスワップのコードの変更や開発資金の拠出が可能になるからだ。
新たなリーダーたちは、スシスワップの3人の共同設立者のうちの2人が去った後、おおむねスシスワップのディスコード(コミュニケーションツールの一種)サーバー内でのプロセスを通じて選ばれた。
新リーダーの座に困惑した人もいれば、コミュニティ内での知名度によってスムーズにリーダーの座を獲得した人もいる。今回の事例は、将来さらに頻繁になるであろう選挙運動的なプロセスを象徴している。
マルチシグとは
補足すると、暗号資産(仮想通貨)プロジェクトは秘密鍵による署名を使って、さまざまなアクションを承認する。適切に署名された文書は、イーサリアムブロックチェーンが指示されたアクションを取ることを承認する。
マルチシグの設定(権限を持つ複数の署名者のうちの数人の署名によってアクションが承認されるもの)を使うことで、スマートコントラクトベースのプロトコルは、対面でのミーティングなしに取締役会を設定することができる。
スシスワップの選挙には、2143のウォレット(ユーザー)が参加し、各ウォレットは何人でも好きな候補者に投票できた。参加者はまた、特定の候補者に反対票を投じることも可能。投票は9月9日14時(協定世界時=日本時間9日23時)に締め切られた。
ユーザーは投票するには、単にSUSHIトークンを保有しているだけではなく、スシスワップのSUSHI/ETHプールでSUSHIトークンを保有している必要があった。
投票のダイナミクス
新たに選ばれたマルチシグ・メンバーの一人、暗号資産スタートアップ、ジェネシス・ブロック(Genesis Block)の創業者のミック・ハーゲン(Mick Hagen)氏はこう説明した。
「最も投資している人、つまり自らのSUSHIやイーサリアム(ETH)を積極的に投資している人が最も大きな発言権と投票権を持つべきだ」
同じくマルチシグ・メンバーに選ばれた0xMaki氏は、このような仕組みは、投票に影響を与えるためにSUSHIトークンを借りようとする人から選挙を守ることができると指摘する。3人のうち1人だけ残ったスシスワップの共同設立者である0xMaki氏は、投票に重みづけを行うQuadratic Votingなどのより高度な参加の仕組みがまもなくコミュニティに提案されると話す。
新たに選ばれたメンバーは以下の通りだ。デリバティブ取引所FTXのサム・バンクマン-フライド(Sam Bankman-Fried)氏、コンパウンド・ラボ(Compound Labs)のロバート・レシュナー(Robert Leshner)氏、0xMaki氏、スシスワップにインスピレーションを与えたとも言われるウェブメディア、The Blockのラリー・サーマク(Larry Cermak)氏、CMSホールディングス(CMS Holdings)、シノ・グローバル・キャピタル(Sino Global Capital)のマシュー・グラハム(Matthew Graham)氏、ハーゲン(Hagen)氏、ダックダックゴー(DuckDuckGo)のアダム・コクラン(Adam Cochran)氏、スシボード(SUSHIBOARD)の匿名の生みの親のジッポ(Zippo)氏。
Until then, I’m happy to participate as a known signer in their multi-sig (or any project, that reaches a scale of users and assets that needs help).
— 🤖 Leshner (@rleshner) September 9, 2020
My participation is NOT an endorsement; I am NOT a contributor; and I look forward to being unnecessary as fast as possible.
🔏
「それまでは、マルチシグ(あるいはユーザーと資産の規模が大きくなりサポートを必要とするプロジェクト)の署名者として参加できることをうれしく思う。
私の参加は宣伝ではない。私は貢献者でもない。できるだけ早く必要なくなることを望んでいる」
CoinDeskは、9名にそのポジションに就く意思があるかどうかを確認中だ。
これまでのところ、レシュナー氏と0xMaki氏は同ポジションに就く意向を明らかにした。ハーゲン氏は周囲に相談していると述べているが、前向きだ。ツイートによると、バンクマン-フライド氏、CMSホールディングス、コクラン氏、ジッポ氏も就任意思を示している。
クジラとベンチャーキャピタル
「政治」が暗号資産の世界に入り込んできている。
暗号資産起業家のリック・バートン(Ric Burton)氏は、今回の出来事よりも前、1月のDigixDAOトークンの買い戻しの議論の際、「プロトコル政治家」になると宣言している。
わずかなガバナンストークンしか持たない人たちが、自らの権利を「プロトコル政治家」に委ね、大口保有者である「クジラ」や大量のトークンを保有する大手ベンチャーキャピタルに対抗しようというのだ。
今回のスシスワップの選挙は、より伝統的な選挙活動に近づいたが、内容ははるかに穏やかだった。例えば、複数の候補者はコミュニティの「マルチシグ・インタビュー」チャンネルにさまざまな意見を投稿した。
コクラン氏は、以下の文言を含む長文を投稿した。
「私は、匿名の設立者『シェフ・ノミ(Chef Nomi)』のプロジェクトに存在する大きな危険と、マルチシグウォレットの必要性を最初に指摘した。このために、私は『FUD(恐怖、不安、疑念)』を広めていると非難され、個人的な脅迫さえ受けた。多くの人は、私がSUSHIトークンに投資していることを認識していなかった」
ハーゲン氏は、マルチシグが最初に提案された時、多くの匿名アカウントやインフルエンサーはツイッターで騒ぎ始めたが、彼の見解ではすぐに的外れなものになったとCoinDeskに語った。
ハーゲン氏はメールにこう記している。
「最終的に署名者となったインフルエンサー的人物は、ジャーナリストのラリー・サーマク氏だけ。他の署名者は全員、暗号資産やDeFiに真剣に携わる開発者/運営者/投資家。ディスコードのインタビューチャンネルはおおむね、注目を集めることに熱心だった候補者に使われた」
サーマク氏は候補者となって以降、CoinDeskからの再三のコメントのリクエストに応えていない。だが、自身が選ばれたことを肯定したツイートをリツイートしている。サーマク氏は9月1日にCoinDeskあてのメールで「私はまったく関与しておらず、何の利害も持たない」と述べたが、ディスコードでは初期にかなりの量の発言を行っていた。
かすかな類似
EOSがローンチされた時も、同じような動きがあったが、プロデューサー的な役割はすぐに、開発者ではなく大口保有者に奪われた。しかしハーゲン氏は、マルチシグを年単位ではなく、数カ月単位の一時的なものにするのが現在の計画だと指摘した。
コンセンシス(ConsenSys)が支援するオープンロー(OpenLaw)の共同創業者、アーロン・ライト(Aaron Wright)氏はツイッターで、マルチシグのメンバーは規制当局との関係において自らを危険な立場に陥らせる可能性があると述べた。
Those running #defi multisigs are potentially placing themselves in regulatory cross-hairs.
— Aaron Wright (@awrigh01) September 8, 2020
Review the DAO report and see how often they mention the DAO’s curators:https://t.co/sHjLvA9bqo…
Different, yes, but clearly a point of control that regulators will focus on. https://t.co/CqYh79MvSI
「マルチシグを運用する人たちは規制のターゲットになる可能性がある。
DAOレポートを見てほしい。しばしばDAOの管理者に言及している。
状況は違う、そのとおりだ。だが明らかに管理者に規制当局は焦点をあてるだろう」
レシュナー氏はライト氏に対して、次のように返答した。「DeFiは、取締役会を再発明している」。
ハーゲン氏も同意したが、こう指摘した。
「このマルチシグは一時的なものに過ぎない。漸進的な分散化だ。完璧ではないが、シェフ・ノミや誰かが完全に権限を握ることよりもずっと良い」
前述のバートン氏は、スシスワップで積極的な役割を担うことを否定した。しかし、このような役割を常に観察している者として、バートン氏はCoinDeskに次のように語った。
「我々が目の当たりにしているのは、くじら(大口保有者)が自分たちに有利なようにゲームを操作することが現在のインセンティブになっている状況だ。それが変化する唯一の道は、プロトコル政治家が大きな収入を得られるようになることしかないと思う」
移行アップデート
スシスワップは9月9日、ユニスワップ(Uniswap)から8億3000万ドル(約880億円)相当を引き出した。もとものこの金額のほとんどは、SUSHIトークンを手に入れるためにユニスワップに置かれていただけだった。
だが移行プロセスの最後、少なくとも当記事執筆時点では、流動性ではユニスワップがスシスワップを上回った。
スシスワップのトークン移行は完了したと、バンクマン-フライド氏は述べる。データサイトのDeFiパルス(DeFi Pulse)を見ると、ユニスワップの流動性はゆうに10億ドルを超えていたところから、9日18時(協定世界時=日本時間10日3時)には、4億3800万ドルまで減少している。
Uniswap TVL has halved after SushiSwap’s liquidity migration
— Camila Russo (@CamiRusso) September 9, 2020
But value in 🦄 is still up by 50% since 🍣 launched (vs flat or down for Curve, Aave, Maker)
🥧 SushiSwap’s vampire mining wasn’t as zero-sum as it seemed; it’s actually grown the pie pic.twitter.com/aRlPhIsuxc
「ユニスワップの預け入れ金額は、スシスワップによる流動性の移行のあと、半減している。
しかしユニスワップの価値は、スシスワップのスタート以降、依然として50%上昇している(一方、カーブ、Aave、メーカーは横ばいか下落している)。
スシスワップのバンパイヤー(吸血鬼)マイニングは、当初考えられていたほどゼロサム(プラスマイナスゼロ)」ではなかった。パイを増加させた」
※バンパイヤー(吸血鬼)マイニング:スシスワップは流動性の確保にユニスワップを利用したため、バンパイヤー(吸血鬼)マイニングなどと言われた。
現在はスシスワップを去った匿名の設立者「シェフ・ノミ」がスシスワップを発表した8月26日、ユニスワップには2億8500万ドルがロック(預け入れ)られていた。
スシスワップは現状、ロックされている資産を確認できるポータルを持っておらず、まだDeFiパルスの調査対象になっていない。移行前の推測では、流動性はユニスワップを3億ドル以上上回っていたが、トークン数はかなり少なかった。
しかし、SUSHIトークンの流動性マイニング報酬が1ブロックにつき1000から100に下がった今、どれくらいの流動性プロバイダーがスシスワップに残るかは不透明な状況だ。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Tobi Oluremi/Unsplash
原文:SushiSwap Migration Ushers in Era of ‘Protocol Politicians’