「インターネット×ブロックチェーンの先にあるものとは?」慶大・村井純教授から学ぶ“テクノロジーの大局観”

「インターネットの父」とも評される慶應義塾大学環境情報学部の村井純教授は、ブロックチェーン技術をどう捉えているのか。本稿は『ブロックチェーン白書2019』(発行:N.Avenue株式会社)の巻頭インタビューより、一部を抜粋して掲載しております。(CoinDesk Japan編集部)

村井純/慶應義塾大学環境情報学部教授、大学院政策・メディア研究科委員長
工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)。1984年日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンターサイバーセキュリティ戦略本部本部員、IoT推進コンソーシアム会長他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会等でも活動。2013年「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。2019年フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。「日本のインターネットの父」として知られる。著書に『インターネット』(岩波新書) 著、『角川インターネット講座』第1巻『インターネットの基礎 情報革命を支えるインフラストラクチャー』(角川学芸出版)他多数。

課題は可視化されれば必ず解決する

現在ブロックチェーンにおいて、課題の一つとされていることは「スケーラビリティの問題」です。取引量が増加しているにもかかわらず、それを処理するブロックチェーンのネットワークの速度が追いついていないという問題です。「やはりブロックチェーンは使えないではないか」という声も聞かれます。

しかし、私は技術的な課題に対してはすごく楽観的です。初期のインターネットにおいて、最初に「ネットワークが遅すぎる」と言ってきたのは、ゲームの関係者でした。私たちは「インターネットは遅延を保証しません」と言っても、まったく彼らは聞かない。では「地球の裏側から戻ってくるまでに、どれぐらいの遅延だったら許せるのですか?」と彼らに聞くと、平気で「50ミリ秒を超えてください」というわけです。1ミリ秒は1000分の1秒です。

光の速度は1秒で地球7周半ですから、133ミリ秒で光はブラジルへ行って帰って来ることができます。つまり、50ミリ秒を超えるというのは光より速くしないといけないわけですから、アインシュタインの理論を超えろという話です。「そんなこと、できるわけない」と思うわけですが、今のゲームは50ミリ秒でできています。なぜか?

Aris Suwanmalee / Shutterstock

簡単に言えば、50ミリ秒で予想して先に動かしてしまうわけです。違っていたらごめんなさい、ということで、実現してしまう。これは科学者ではない、エンジニアだから解ける話です。インターネットの歴史において、こういう話は無数に存在します。つまり、エンジニアにとって、ユーザーからの無理な要求は大歓迎というわけです。

ブロックチェーンも、ビットコインが最初のユースケースです。技術の成熟よりも先に、実際に使う方が先にきています。たとえば、ビットコインにおいてはマイニング(採掘)と呼ばれる取引を承認する作業がありますが、世界中のマイナー(採掘者)が競ってマイニングをするために、そのためのハードウェアが急速に進化しました。

スケーラビリティの問題も同じです。それを解くための論文が世界中の学会で書かれています。全然問題ありません。課題は目に見える段階になって解決されるものです。絶対に大丈夫だと信じています。ブロックチェーンはユーザー側が待ちくたびれて、中には諦めてしまった人もいるところに、エンジニアが頑張って新たな技術を生み出そうとしています。面白いことだと思います。

ビットコインなど仮想通貨だけではありません。産業側からも「ブロックチェーンをビジネスとして使いたい」「ここが使いにくいから直してくれ」と、どんどん言ってもらった方が、開発するエンジニア側も盛り上がります。いくらでも勝手な使い方をしてもらって構わないと思いますし、標準化が先だと言っていると遅くなってしまいます。使っていく中で、標準化が進むものだと思います。

リアルを超える「インターネット×ブロックチェーン」

今はとても面白い時代になったなと思います。1990年代にインターネットを使っていた人は、私たちのような大学関係者だったりコンピューター企業であったりと一部の人だけでした。それがコンピューターが普及して、MicrosoftのWindowsが登場して、スマートフォンが登場して、どんどんエブリワン(全員)に近くなっていく。現在はほぼエブリワンに到達したと言えるかもしれない。基本的にインターネットは誰が使ってもいい。

ここで二つの大きなことが起こりました。一つはIoT(Internet of Thing)のように、すべてのモノがインターネットにつながっていく流れです。いろんなものがつながることで、世界中の子供から大人まで、ビジネスから生活まで、あらゆるデータがインターネットを通じて流通するようになった。もう一つは、こうしたデータが誰でも自由に使えるようになったということです。これは少なくとも2018年まではなかったことではないでしょうか。

今まで病院の医療機器はTCP/IPにはつながっていないデジタル機器でしたが、今はカメラで撮るだけで個体識別ができてしまう時代です。このようにこれからは全部がつながっていく。こうしたデータの複合的な利用方法は決定的に変わっていくでしょう。このような複雑でグローバルなデータの共有と流通に必要な新たなプラットフォーム、その期待の星がブロックチェーンです。

今までは実空間にいる私たちがインターネットをどう利用しようかと考えていたわけですが、今は違います。インターネットの上で生きている私たちが、なぜ実空間の制約やルールを気にする必要があるのか、という世界になってしまった。ビットコインなど仮想通貨が取り巻く現状は、きっとその一端を示しているのでしょう。私たちはその大きな節目、いちばん大きな変革の時期に立ち会っている。とても幸せなことだと思います。


ブロックチェーン白書2019

◼️『ブロックチェーン白書 2019』 概要

編集:ブロックチェーン白書編集委員会
執筆・構成:勝木 健太
編集協力:岡田 佳祐(Aerial Partners株式会社)、河合 健・長瀬 威志(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)、柳内 海人

仕様:A4判・326頁
発行所:N.Avenue株式会社

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編集:久保田大海
写真:多田圭佑