スティーブ・ジョブズの言葉に耳を傾けろ:EYブロックチェーン統括【寄稿】

コンピューターが企業に存在する限り、コンピューターを使った商取引を実現しようと取り組む人たちが存在している。ブロックチェーンは今でこそ企業向けのスマートコントラクトを実現しているが、コンピューターを活用した商取引は1970年代から存在している。

私がこのきわめて古いエコシステムのパワーと価値について考え始めたのは、EY(アーンスト・アンド・ヤング)の開発者チームのメンバーに「ブロックチェーン発注トークンにどのようなデータを入れるべきか?」と聞かれたときだ。

答えはすでにある。50年も存在してきた。すでに存在しているものを、イチから再発明する必要はない。

1950年、世界の輸出額は610億ドル(約6兆4000億円)だった。1970年には3200億ドル(約33兆5000億円)まで増加。貿易と物流のための紙ベースのシステムはすでに限界に近づいていた。

何らかのデジタル化・自動化の必要性は差し迫っていた。さまざまな国際的業界グループが、商取引のデジタル化のための標準をまとめ始めた。そのなかで最も重要なものは、EDI(電子データ交換:Electronic Data Exchange)として知られている。

EDIとSWIFT

EDIは企業の典型的なやり取りを標準化されたデジタルメッセージへと圧縮した。時間を経て、それは企業がオンラインでやり取りするための標準となった。

サプライチェーンの幹部に業務について質問してみよう。その多くは一連のEDIメッセージで表すことができる。つまり、発注は850件、船積み通知は856件、受け取り確認は846件、請求は810件だ。

SWIFT(国際銀行間通信協会)が推進していた新しいデジタル金融標準と相まって、EDIは1970年代に完全にデジタルなグローバルサプライチェーンを構築することができた。SWIFTの国際決済についての標準はEDIとほぼ同じ頃に銀行業務に登場し、デジタル決済をはじめ、スマートコントラクトに非常に近いものをもたらした。

SWIFTとEDIは19兆ドル(約2000兆円)を超えるクロスボーダー貿易を管理するために使われ、現在存在しているいかなるブロックチェーンソリューションをはるかに上回っている。

だがブロックチェーンもその規模に達するだろう。そのためには、すべてを再発明しようとするのではなく、こうしたコアテクノロジーから学ぶことが欠かせない。

ブロックチェーンは、SWIFTと国際決済に重点を置きがちだ。現実は、貿易と金融は密接に関連し、ブロックチェーンをスケールさせるためには、企業の商取引のやり方からもっと学ぶ必要がある。金融システムは、ただお金を動かすだけのものではない。製品、サービス、インフラ投資の決済のためにお金を動かすものだ。

ビジネスロジックを実装できるブロックチェーン

SWIFTが金融の言葉だとすれば、EDIは業界の言葉であり、2つは密接に関係している。そしてどちらもブロックチェーンが解決できる問題を抱えている。

EDIは標準化が十分に進んでいない。事実、数多くの異なる標準が使われている。さらに、EDIもSWIFTも基本的に2点間のやりとりに限定されている(大半の商取引に複数の企業が関わっている現代には大きな問題だ)。

さらにそれらはビジネスロジックを実行するためには作られていない。ビジネスロジックの実行はすべて、システムの外で行われる必要がある。つまりビジネスロジックは、共有のビジネス環境に簡単には広げられない。

結果的にシステムはきわめて大きくスケールした。だが、機能はきわめて限られたものになった。例えば、商品在庫が少なくなった時に補充の商品をサプライヤーに追加で送ってもらうなど、通常業務ベースのシンプルなやり取りでさえ実行は難しい。なぜなら、そうした業務を実現するには、買い手、売り手、物流パートナーなどの複数の関係者に在庫レベルを追跡・確認するための共有のビジネスルールを要求するからだ。

ブロックチェーンにとっては、真に統合されたシステムを開発するための計り知れないチャンスが広がっている。ブロックチェーンベースのシステムでは、我々は多くの異なる参加者と共有されたビジネスロジックを実現できる。モノやサービスの移動、そして決済の統合もシームレスに管理できる。なぜなら価値、データ、資産はただの別の種類のトークンに過ぎないからだ。

我々が“未来の約束の地”に達する最速の方法は、歴史から学ぶことだ。注文書から決済システムまで、きわめて多くの部分は過去に行われている。何十年もきわめてうまく機能してきたシステムを拒否するのではなく、コピーして改善すべきだ。

スティーブ・ジョブズは「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」という言葉を好んで繰り返した。未来に向けて我々は、何十年も続いてきた電子商取引が与えてくれる洞察から学べるはずだ。

ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:世界4大会計事務所の1つ、EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーンを統括している。

当記事の見解は著者のもので、グローバルなEYグループとそのメンバー企業の見解を必ずしも反映するものではありません。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Shutterstock
原文:‘Great Artists Steal’ – What Enterprise Blockchain Can Learn From the Past