暗号資産取引所「クラーケン(Kraken)」を運営するペイワードが日本で事業を本格的にスタートさせた。日本法人のペイワードアジア(Payward Asia)が金融庁に申請していた仮想通貨交換業者の登録が認可され、国内における取引サービスが10月22日から始まった。
クラーケンは2018年に日本居住者向けの取引サービスを停止したが、これで事実上、国内市場への再参入を果たした。
この間、国内の暗号資産取引所の事業環境は大きく変わった。取引量の増加ペースがスローダウンする一方、資本力の強いプレイヤーがより存在感を増しつつある。プラットフォーマーのLINEが昨年に取引所「BITMAX」の運営を始めれば、あらゆる金融事業の拡大を進めるSBIホールディングスは今月、取引所のTaoTaoを買収した。
サンフランシスコに本社を置き、企業価値が一時は40億ドル(約4200億円)とも報じられたクラーケンは、欧米とは異なる日本市場をどう攻略していくのか。ペイワードアジア・最高経営責任者(CEO)の千野剛司氏に話を聞いた。
「国内は停滞から拡大フェーズに」
CoinDesk Japan(CDJ):国内の暗号資産取引は統計データを見ると、総量と総額の両方で少なくとも過去1年にわたり「停滞気味」と言えます。今後の国内市場をどう予想していますか?
千野氏:2~3年で市場規模は再び拡大フェーズに進んでいくと考えています。我々は過去2年、日本から撤退することはなく、人材を残して、日本市場における最適な事業オペレーションの方法を考えてきました。
日本がデジタル先進国になるために、国内全体の動きは活発化しています。このタイミングにおけるCOVID-19(新型コロナウイルス)のパンデミックが、デジタル化に勢いを与えているのは事実。日本でデジタル資産の取引サービスを行う事業価値はさらに増していくでしょう。
暗号資産に足らなかったもの
CDJ:それでも、日本において暗号資産が多くの人に受け入れられることは難しいのでは?
千野氏:例えば、ある暗号資産の価格が急騰したり、暴落したりすれば、投資してみようと考える人は多くいます。しかし、そのデジタル資産の裏側にあるプロジェクトが、どんなコンセプトの基に進められているのかを知る人は多くありません。
株に投資しようとする時、まずはその企業の収益性と事業内容を見るはずです。ボラティリティ(価格変動)で惹きつけてきた暗号資産という考えは、もはや機能しないでしょう。同時に、それぞれの暗号資産の本当の価値が伝われば、暗号資産に投資しようとする人は増えていくはずです。
上場審査でフィーをとらない理由
CDJ:クラーケンの日本戦略に関係するところだと思いますが、具体的にはどんな施策を考えていますか?
千野氏:取引所は暗号資産を上場するだけでなく、暗号資産を裏付けるプロジェクトやテクノロジーを説明する必要があると考えています。プロジェクトの事業内容を分かりやすく説明しなければいけないと思っています。
クラーケンが暗号資産を新たに上場するとき、その資産のデューディリジェンス(価値やリスクを調査すること)は社内で行います。上場審査にはコストがかかりますが、手数料をとることはしていません。上場銘柄を選ぶ立場と、その中立性を維持するためには、大切なことだと思っています。
日本市場においても同じことが言えます。例えば、プロジェクトが社会課題を解決して、便利で豊かな社会にできるものであれば、そこから生まれる暗号資産を取得しようと考える人は多くいるはずです。そのプロジェクトの事業性が増していけば、その暗号資産の価値は上がっていくのではないでしょうか。
CDJ:Facebookが主導するデジタル通貨のリブラ(Libra)についても、クラーケンは中立的な立場であると?
千野氏:クラーケンは終始、リブラに対しても中立的です。
グローバル展開が予想される大規模なプロジェクトの一つとして、他のプロジェクトと同じように見ています。
若い世代が利用しやすい取引所とは
CDJ:日本の暗号資産取引所で今年、新たに口座を開いたユーザーには20代と30代が多いと聞きます。クラーケンの顧客ターゲットは?
千野氏:若年層に向けた情報コンテンツは必要だと考えています。日本とアメリカでは金融に関する教育の考え方や進め方が違いますね。しかし、日本の若年層における金融リテラシーの向上は必要だと長く言われてきています。
デジタル時代に生きる人々にとって必要な知識を共有する、その一端をクラーケンが担えればと思っています。
取引所は人が最後に集まる場所です。デジタル資産を分かりやすく学べる場所であるべきと考えています。本質的に理解してもらえる取引所のUX(ユーザーエクスペリエンス)も重要になるでしょう。
日本の市場はレッドオーシャンか?
CDJ:クラーケンが強みとしているところは、他にどんなものがありますか?
千野氏:最重要視しているのはセキュリティです。社内ルールも厳しく定められていますから、社員はそれを順守しなければいけません。
クラーケン・セキュリティ・ラボ(Kraken Security Lab)は、セキュリティに関するコンテンツを発信しています。暗号資産に限らず、デジタル社会に生きるあらゆる人に向けたセキュリティについてのアドバイスも行います。
さらに、日本におけるクラーケンのもう一つの強みは流動性です。クラーケンは全世界で400万人を超える投資家にご利用いただいており、多様なリスクプロファイルを背景に厚みのある流動性と競争力のある価格で提供しています。この度取引サービスも開始し、日本のお客様にもクラーケンのグローバルの流動性へのアクセスを提供することが可能となります。
また、クラーケンはアメリカ・ワイオミング州で銀行ライセンスを取得しました。デジタル資産の預かりや信託業務を広げていき、デジタル資産における銀行の役割を担おうとしています。
「日本の暗号資産取引所業界はレッドオーシャン(競争の激しい既存市場)」という見方をする人がいます。市場はこれから大きく変わっていくでしょう。プレイヤーが増えているのは事実ですが、暗号資産の本質が理解され、取引される市場はこれからできあがってくると、私は思っています。
千野剛司氏:慶応大学卒業後、東京証券取引所に入社。2008年のリーマンショック(世界金融危機)後、債務不履行管理プロセスの改良プロジェクトに参画。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)や金利スワップの清算プロジェクトを主導。その後、PwC Japanを経て、2018年7月にクラーケンを運営するペイワードに入社。2020年3月より現職。オックスフォード大学経営学修士(MBA)を修了。
インタビュー・文・構成:佐藤茂
写真:多田圭佑