日本のIT戦略の中枢・内閣官房キーマンが語る──ブロックチェーン技術の「適用と課題」【イベントレポート】

「ブロックチェーンに関して、国はどのような取り組みをしているのか?」「国家的にブロックチェーン技術の適用を目指すうえで、課題となるものは何なのか?」――。

官民両面から見たブロックチェーン技術の今後に迫るオンラインイベントが2020年9月24日、開催された。ゲストは内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室参事官補佐の谷本琢磨氏(※所属は講演当時)。「内閣官房キーマンが語る──ブロックチェーン技術の『適用』と『課題』」と題したこのイベントは、ブロックチェーンのビジネスコミュニティ「btokyo members」が主催、CoinDesk Japanがメディアパートナーを務めた。

なお本イベントの動画は会員登録の上で同サイトで無料視聴が可能だ。

内閣官房IT室とは「IT戦略を練る中枢」

谷本氏が所属する「内閣官房」は、内閣府と並んで各省庁をまとめ、内閣を補佐する機関だ。働き方改革や東京オリンピックなど、比較的短い期間の中で様々な課題に注力する。

一方、「内閣府」も内閣の重要政策をサポートするが、経済対策や科学技術、女性問題などといった、比較的長期で取り組むべき課題を専門としている。ITは内閣府が担う領域ともいえるが、現在は谷本氏も所属する内閣官房が主導で進めている形だ。

また、実際に予算を駆使して実行に移すのは各省庁であり、内閣官房や内閣府は、それをまとめる立場ともいえる。

谷本氏が在籍する内閣官房IT室は、IT戦略を練ることを主要業務とする。メインテーマは、データの利活用とデジタルガバメント。AIやIoTなど多くのトピックがある中で、ブロックチェーンもそうしたアクティビティの一つだという。

各省庁のブロックチェーンへの取り組み

各省庁は「この分野ではブロックチェーン技術を適用できるのではないか」とそれぞれ実験的な試みをスタートさせているという。しかし谷本氏は、重要性や緊急性の観点から、国家が主導してブロックチェーン技術の適用に乗り出すのは難しい段階にあると考えている。そして、内閣官房IT室としてこういった各省庁の取り組みをまとめつつ、官民で連携して進められる体制づくりをしたいと構想している。

ブロックチェーン技術を適用した各省庁の取り組みを、簡単に紹介しよう。

総務省は、早くからブロックチェーン技術の適用に注力し、プレミアム付き商品券等で社会実装を推進している。2020年9月には、ブロックチェーン技術の活用状況に関する調査研究の結果を発表した。

経済産業省は、コンテンツ流通システムの調査事業を開始し、コンテンツグローバル需要創出等促進事業費補助金で、システムの開発・実証を支援した。

環境省は、CO2の排出権取引でブロックチェーン技術を適用できないかと考えている。自家消費される再生可能エネルギーのCO2削減価値を低コストで取引できるシステムの構築を目指す。

厚生労働省は、臨床データ管理にブロックチェーン技術を活用している。臨床データの収集には、3年から5年という長い年月がかかり、膨大な費用が発生する。そのため、有用なデータだけを拾いたいという誘惑に駆られがちだ。ブロックチェーン技術できちんと管理できれば、信用性の高いデータを蓄積できるようになるだろう。

農林水産省は、ブロックチェーン技術を用いた食品のトレーサビリティプラットフォームを開発している。実際の食品流通と同時に、決められた項目にデータを入力したり、入力されたデータを各過程で参照したりといった実証事業が行われている。

各省庁が実証実験から知見を得たブロックチェーン技術の課題とは

ブロックチェーン技術の実証実験を経て、各省庁からは、谷本氏にブロックチェーン技術を適用する上での課題が意見として寄せられているという。

たとえば総務省は、ブロックチェーン技術そのものより、既存システムとの接続や、発注側の知見がないことに問題があるということが分かったという。こういったブロックチェーン技術を取り巻く環境が、技術の普及を阻んでいるのだ。

経済産業省は、“非金融マター”でブロックチェーン技術を適用するとしても、結局は資金決済法や金融商品取引法などの金融規制にかかわるケースが多いことが判明。また、情報の記録と個人情報の取り扱いの問題、システム開発者のマネタイズが難しいといった問題があると谷本氏は指摘した。

そして農林水産省については、ブロックチェーン技術によってトレーサビリティが実現できても、データ入力に課題が残ると谷本氏。入力されるデータの正当性を保つには、IoT機器とリンクさせるなど、関連技術との連携が必須だ。

政府内にもあるブロックチェーンへのネガティブなイメージ

ブロックチェーンという単語を聞くようになって久しいが、まだまだ社会に受容されていない。こうした現状を谷本氏は深刻にとらえている。

日経が公表した先端技術の「受け入れ」に関するアンケートによると、ブロックチェーン技術に関連する「仮想通貨」は、全11項目のうちワースト1位だったという。その他の項目で、ロボット支援やロボット介護、ドローン配達、5Gなどは、「受け入れる」と回答した人が8割前後存在する。一方、仮想通貨に関しては、「受け入れる」と回答した人は33%にとどまっている。半数以上は、仮想通貨をポジティブにとらえていないということだ。

これらはあくまで仮想通貨(暗号資産)のデータなので、ブロックチェーン技術となれば、人々の印象はまた異なるかもしれない。しかし、ドローンや5Gと比べると、一般の知名度も低く、「どういう技術なのかわからない」という印象が根強いのもまた事実だろう。

社会受容性が低いことは、ブロックチェーン技術の社会実装を進めていくうえで、大きな課題となることが予想される。

谷本氏は、政府の中でもブロックチェーン技術に対するネガティブなイメージは少なからず存在すると語る。ブロックチェーン技術は、分散型台帳ともいわれ、管理者が存在しない。そのため、「誰が責任をとるのか?」という素朴な疑問がわいてくる。また、取引の秘匿性をどうやって担保するのかという点も、政府としては悩ましい問題だ。

谷本氏は、現状の各省庁で行われている取り組みは、ブロックチェーン技術に対して熱量の高い人に依存している側面があるとも感じている。属人性が高い状況を打破し、官民の連携をより強固にしていかなければならない。

ガートナーのレポートは、ブロックチェーンに関して、2018年と2019年にはコメントを記載したが、2020年にはコメントしなかった。新しいテクノロジーが登場してからの変化を、ガートナーは「ハイプサイクル」で示しているが、ブロックチェーンは2018年頃に熱狂期を迎え、その後、幻滅期に転じたといえるだろう。

新しい技術は、この幻滅期を脱出してこそ、社会に浸透していく。谷本氏は、ブロックチェーン技術が幻滅期を乗り越えるためにも、法整備や標準化を官庁の立場として推し進めていくことが重要だと考えている。

ブロックチェーン技術の官民推進会合が目指す社会実装への道

谷本氏のこういった考えに基づいて発足したのが、ブロックチェーン技術の官民推進会合だ。民間では新経済連盟が、官庁では内閣官房IT室が事務局となり、自治体や大手企業の有識者を招いて会議を開く。提言にとどまらず、ブロックチェーン技術の社会実装へとつなげていくことが目的だ。

第1回の会合は2020年9月に開催された。2021年3月までの全5回の会合で、スマートシティ・DID・教育・配布などを主なテーマとして取り上げ、徹底的に議論する。

スマートシティやスーパーシティは、政府としてもプライオリティの高い取り組みだ。だからこそ、スマートシティの実装とあわせて、ブロックチェーン技術の実装を目指す。

国家のデータ連携基盤にブロックチェーン技術を適用するのは、短期的な目標としては現実的ではない。そのため、まずはブロックチェーン技術に対して前向きな自治体の協力を得ながら、段階的にブロックチェーン技術を適用していく狙いだ。

DID(分散型アイデンティティ)は、自分の個人情報や学歴、経歴、保有資格等を、非中央集権型で管理していくあり方だ。プライバシーを保ちながらデータの正確性を担保し、必要に応じてアクセスをコントロールすることで他者へと共有する。

谷本氏は、マイナンバーカードの普及率がやっと20%前後にいたったという事実を踏まえたうえで、いきなりDIDとマイナンバーカードを紐づける必要はないと考えている。最初は、運転免許証や住民票とアンカリングするのも1つの選択肢だ。そのうえで、いずれはマイナンバーカードと紐づけることも可能だ。

谷本氏は、スタートアップを助ける取り組みにも注力したいと語る。事業をやるうえで何が障害になっているのか、どこに聞けば情報が得られるのか、内閣官房IT室の立場で整備を進めている。

新型コロナウイルスによって、社会課題にも変化が生まれた。これまで注目を集めてきたのは、自動運転やシェアリングエコノミーだった。しかし今は、無人やリモートにかかわるキーワードが多く見受けられるようになった。ウィズコロナ、アフターコロナ、ポストコロナの社会課題の解決に向けて、ブロックチェーン技術をどのように適用できるか、議論していく必要がある。

ブロックチェーンの可能性を正しく見極め、社会に浸透させるために

谷本氏は、「今後キャッシュレス化が今以上に進む中で、ブロックチェーン技術は必ず私たちの生活に必要になる」と語る。また、非金融分野においても、トレーサビリティや個人のID、経歴の証明などで、ブロックチェーン技術は有用性を発揮するだろうと予想する。

同時に、ブロックチェーンの有用性を十分に認めたうえで、「ブロックチェーンが万能」だと考えるのは危険だとも指摘する。ある種の“図々しさ”を持って積極的に人脈を広げるとともに、ネガティブ意見の人とも積極的に議論する中で、正しい認識を養うことが大事なのだ。

谷本氏は最後に、ブロックチェーン技術が社会に自然と浸透していくためには、「Seeds議論」に陥らず、「Needsベース志向」を持つことが重要だと語った。ブロックチェーン技術ありきで考え、本来の順序を無視していると、いい結果は生まれない。先に課題が存在し、ブロックチェーン技術はあくまでそれを解決するための手段の1つとして議論されるべきだろう。

文:木崎 涼
編集:濱田 優
画像:btokyo members