誰が中央銀行デジタル通貨(CBDC)を望んでいるのだろう?
どうやら、多くの人が望んでいるようだ。
業界団体はデジタルキャッシュを支持し、中国・深セン市では数百万人が中国人民銀行のデジタル人民元の実証実験に参加して、リブラ協会(12月にディエム協会と名称変更)はCBDCを「統合」したいと考えている。テック企業、銀行、NGO、コンサルは、次のイノベーションの波に乗ろうと競い合っている。
筆者のブノワ・クーレ(Benoît Cœuré)は国際決済銀行(BIS)の幹部で、同行イノベーション・ハブの責任者。以前は、欧州中央銀行(ECB)の専務理事を務めていた。
2020年初め、国際決済銀行は興味深いレポートをまとめ、その中でこう述べている。「世界の中央銀行の80%がすでに何らかの形でCBDCに取り組んでおり、40%は概念実証(PoC)を実施し、10%はパイロットプロジェクトを実施している」
各国の中央銀行は、CBDCは法定通貨の安全性に電子的な利便性を組み合わせるもので、中央銀行にとって便利なツールになると考えている。
CBDCのメリットとデメリット
CBDCは、決して革新的なものではない。先進国では、預金保険制度を備えた良質な銀行サービスを多くの人が自由に利用できる。
きわめて安全かつ便利な新しい通貨は、銀行預金を圧迫し、銀行の信用創造の役割を損なう一方で、預金をデジタルキャッシュに変えることはきわめて簡単である。不安が雪だるま式に膨らみ、想定以上の速さで銀行の取り付け騒ぎを引き起こす可能性があるとの懸念が生まれている。
第一に、CBDCによって人々は、経済のデジタル化が進展するなか、決して破綻することのない中央銀行に対する権利として保有できる、最も安全な形態の通貨を手に入れることができるようになる。そしてそれは、日常生活で自由に使えるような形態の通貨だ。
CBDCは、ある種のデジタル紙幣であり、紙の紙幣よりも多くのユースケースに対応でき、発行者である中央銀行が、流動性、決済のファイナリティ(完了性)、通貨の価値への信頼を支えることができる。
その結果、CBDCは、決済の多様性を促進し、国境を超えた決済をより速く、より安価にし、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)を進め、現在の新型コロナウイルス感染拡大のような危機における財産の移動を円滑化することができる。
CBDCは決済の新手法にとどまらない
こうしたメリットとデメリットのバランスを取ることは、きわめて大きな、実務的・技術的なチャレンジだ。
BIS、カナダ、ユーロ、日本、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカの中央銀行によるレポートは、この未知の領域を進んでいくための原則と指針を提供している。
レポートはまた、通貨における「ヒポクラテスの誓い」(医師の職業倫理)に相当するものを提示し、CBDCは中央銀行の通貨と金融安定のための権限に「害を及ぼすべきではない」としている。
レポートはさらに一歩踏み込み、CBDCはイノベーションと民間による競争を育む新しい通貨エコシステムの中で、現金や安全な民間通貨に取って代わるのではなく、それらを補完すべきと述べている。
CBDCは、決済のための新たな方法にとどまらない。
誰もが利用可能な、新しいプラットフォームのための革新的な土台となり、銀行とフィンテック企業の多様なエコシステムを生み出す。そして、我々が今、日々のデジタルサービスで目撃している「勝者一人勝ち」のネットワークを回避し、イノベーションによる恩恵を、少数の人々ではなく、多くの人々が受けられるようにするものだ。
正確な設計は、法域、そして決済の中立的な手段を目指すのか、通貨政策を実施するための新たな手法を目指すのかによってさまざまとなる。どのようなCBDCを目指すのかは、他の多くの設計上の選択肢、そして各国の中央銀行によって異なり、民間部門や広く一般の人々との広範な意見交換が必要となるだろう。
国際的に連携する意味とは?
だが、CBDCの性格が国によって違うとしたら、中央銀行はなぜ(そして、いかにして)国境を超えて連携すべきなのだろう?
ここが、国際決済銀行(BIS)と同行イノベーション・ハブの出番だ。BISは世界中の60を超える中央銀行によって運営されている。設立は1930年だが、未来に焦点をあてている。
BIS、そしてイノベーション・ハブは、CBDCの研究に真剣に取り組んでいる。なぜなら、各国の中央銀行は、CBDCは互いに助け合って、国境を超えた決済をより速く、高い透明性を持って、より安価に行うシステムを構築するだけではなく、知見とリソースを持ち寄り、共有するきわめて重要なチャンスとなることを認識しているからだ。
イノベーション・ハブは、BISとともに技術的能力を開発しており、中央銀行のCBDC設計を支援する有効なソリューションを開発している。
こうした取り組みにより、リテール型CBDCの基盤構築に向けた道筋が開かれるだろう。リテール型CBDCには、既存の決済システムとの連携、さまざまなAPI(流通、デジタルID、コンプライアンスのモニタリング、サイバー攻撃からの回復、オフライン機能など)が含まれる。こうした取り組みを支援するために、我々も自らのブロックチェーン能力を発展させていく。
取り組みは、ここ数年行われている概念的な研究ではなく、実践的なソリューションに向けられている。
CBDCは、繁栄の時代の到来を告げるものでなければ、社会問題を解決するものでもない。そうしたことは、通貨の役割ではない。
CBDCは革命でも、それ自体が目的でもない。だが、より現状よりも多くの人が利用可能となり、使いやすく、安全で便利な通貨となるかもしれない。より多様な決済エコシステムを、国内でも、国際的にもサポートし、うまく開発すれば、グローバルな公共の利益の新しい形態となるかもしれない。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:スイス、バーゼルにある国際決済銀行本部(Fred Romero/Flickr)
原文:CBDCs Mean Evolution, Not Revolution