EY「Nightfall」を発表、企業のイーサリアム活用に向け選んだ著作権放棄

世界4大会計事務所の1つ、アーンスト・アンド・ヤング(EY)はクライアント企業がイーサリアム・ブロックチェーンを利用するための無料ソフトウエアを準備している ── そして、導入を促進するために異例の手法を取っている。

2019 年4月16日(現地時間)の発表によると、EYのソフトウエア、コードネーム「Nightfall」は同社の200人以上のブロックチェーン技術者が2018年から開発を進めており、5月に公開予定。ソフトウエアはサプライチェーン、食品流通トラッキング、企業の支店間決済、公共財政などでの使用を想定している。

他の企業向けブロックチェーン・プラットフォームと同様、Nightfallはブロックチェーンでのプライベートな取り引きを実現するゼロ知識証明(zero-knowledge proof)と呼ばれるテクノロジーを活用している。だが、他の多くの取り組みとは異なり、EYのソフトウエアはプライベート・ネットワークではなく、パブリックなイーサリアム・ネットワークでの使用を想定している。

さらにこのプロジェクトを特徴づけているのは、EYのソフトウエアに対する異例のアプローチ。同社はソフトウエアをオープンソース ── 限定的な著作権でリリースされる形態 ── にとどまらず、パブリックドメインにすると述べた。つまり、著作権を一切発生させない。

「我々はソフトウエアの採用とコミュニティーの関与を最大化したい。ソフトウエアを多くの人に採用してもらい、使ってもらい、改良してもらいたい。仮に我々が著作権を保有していれば、人々は自分たちがコントロールできないソフトウエアに時間やエネルギーを費やしたりしないだろう」とE&Yのブロックチェーンのグローバル・イノベーション・リーダー、ポール・ブロディ(Paul Brody)氏は記者発表で述べた。

「皆にソフトウエアを使ってもらう最もクリーンな方法は、付帯条件なしで提供すること」

とは言え、難しい決断だったとブロディ氏は指摘した。

「1年にわたる開発作業を行った。百万ドルの価値があるものを提供しようとしている」

明確な区別

「オープンソース」と「パブリックドメイン」は同じ意味ではない

「この用語は同じ意味で使われることが多い。だが法的には意味が違う」と法律事務所バーン&ストーム(Byrne & Storm)のパートナー、プレストン・バーン(Preston Byrne)氏は語った。

オープンソースは、ロイヤリティーを支払わずに使うことができるソフトウエアのこと。作者は著作権を保有し、理論的にはライセンスを変更したり、無効にできる。だが「暗号通貨ではそうしたことは一度も見たことはない。プログラムをチェックし、使えるようにすることは、プログラムが採用されるための重要ポイントとなる」とバーン氏。

一方、パブリックドメインは著作権の放棄を含む。これはソフトウエアではめったにないとバーン氏は述べた。なぜなら「プログラムの改良、改修などに貢献した人に対するライセンス提供の明確な仕組みが存在しない」ため。著作権が放棄されたプログラムに、著作権で守られたプログラムが追加された場合、紛争のもとになる可能性がある。

だが、仮に企業が「何も求めずにプログラムを提供したいのであれば、パブリックドメインにすることに大きなリスクはない」。

SAP、マイクロソフト、カルフール

ブロディ氏によると、NightfallはMicrosoft Azureのクラウド環境で動き、SAPのエンタープライズ・ソフトウエアと統合されて、クライアントに「快適なソリューションを提供する。新奇的で恐ろしいものではない。世界をリードするテクノロジー企業が支援する成熟したテクノロジー」。

EYによると、すでにテスト中のソリューションの一つは、マイクロソフトのゲーム機、XBox向けのソフトウエアライセンス・トラッキングシステム。EYのソリューションを使って、マイクロソフトは複数のゲームベンダー間のやり取りをチェックし、ロイヤリティーの支払いに関するトラブルを防いでいる。

またヨーロッパの食品チェーン、カルフール(Carrefour)は、EYのブロックチェーン・ソリューションをオレンジ、卵、鶏肉のトラッキングに使用している(同社はIBMのフード・トラスト・ブロックチェーンにも参加している)。

その他、医薬品メーカーのメルク(Merck)、イタリアのワイナリーのPlacido Volpone、「イタリアのバッファロー・モッツァレラチーズのメーカー」「日本の大手自動車メーカー」なども使用しているとブロディ氏は語った。

「サプライチェーン業界は極めて複雑」と同氏はこの領域でのブロックチェーンのメリットを語った。

「ブロックチェーンの二重の手間がないというメリットは、もし、ワクチンを配送センターから農場に送るとするなら、手続きは配送センターのみで済むということ」

トークン化

EYがNightfallで提唱している最も重要な原則の1つは、エンタープライズ・ブロックチェーンは暗号化されたPDF文書を使うのではなく、物理的なものと紐付いたトークンを使うべき、ということ。

そのため、EYはイーサリアム・ブロックチェーンにおけるnon-fungible token(NFT:非代替性トークン)である「ERC-721」規格を採用した。この規格の最も有名な使用例はブロックチェーンゲームのクリプトキティーズ(CryptoKitties)。

なお、EYのアドバイザーには、この規格の主要著者であるウィリアム・エントリケン(William Entriken)氏、ゼロ知識証明研究の第一人者である暗号学者のメリー・マラー(Mary Maller)氏が名を連ねている。

「我々はトークン・テクノロジーに大きな投資を行ってきた。我々はERC-721規格と互換性を持つ特殊なトークンを開発した。資産の法的な所有と物理的な所有を分離することがその目的」とブロディ氏は述べた。例えば、船で購入者のもとに自動車を輸送する際、輸送会社は自動車を所有していない。

ブロディ氏は、さらに開発が進めば、取り引き対象のさまざまな構成要素を区別し、トークン化することが可能になると語った。

「我々は、電力会社があなたの自動車のバッテリーを所有し、あなたはいつでも必要な時にバッテリーを使えるような未来を描いている」

広範囲な普及を目指して

1年以上にわたって、ブロディ氏は企業にとってのパブリック・ブロックチェーンのメリットをアピールしてきた。このことは、1つの組織内で運用されるプライベート・ブロックチェーン、あるいは承認されたメンバーのみが参加できるパーミッションド・ブロックチェーンを指向しがちな企業が多い中でEYの存在を際立たせていた。

「自動車メーカーや輸送会社が自社独自のプライベート・ブロックチェーンを運用する世界を想像してみてしい。サイロ化して普及は進まない」とブロディ氏。

「プライベート・ブロックチェーンは便利だが、巨大でスケーラブルなトランスフォーメーションの問題を解決できない」

企業がパブリック・ブロックチェーンの使用に慣れさえすれば、パブリック・ブロックチェーンの採用は進むとブロディ氏は信じている。そしてEYがその構想の中で選んだブロックチェーンは、イーサリアムである可能性が極めて高い。

その理由は、企業向けブロックチェーンの領域に投下された資金の大部分はイーサリアム関連であり、ブロックチェーン開発者の大部分は、イーサリアムで動くスマートコントラクト開発言語「Solidity」を使ってプログラミングしているため。ブロディ氏は次のように結んだ。

「開発者の勢いのようなものが、不完全だろうとそうでなかろうと、完全に失敗しない限り、私に信じ込ませている。イーサリアムこそが正しい選択だと」

※取材協力:Marc Hochstein

翻訳:Masaru Yamazaki
編集:佐藤茂、浦上早苗
写真:Microsoft image via Shutterstock
原文:Auditor EY Unveils Nightfall, An Ambitious Bid to Bring Business to Ethereum