本稿は、国内でICOを実施したプロジェクトの1つであるソーシャルメディアプラットフォーム「ALIS(アリス)」のファウンダー・CEOである安昌浩氏による原稿から一部を転載、再構成・加筆したものです。CoinDesk Japanの編集方針に基づき、本稿は特定の仮想通貨またはブロックチェーンプロジェクトの経済的価値を推奨するものではありません。(CoinDesk Japan編集部)
私たちはなぜ、ビジネス開発と平行してコンサルティングを行うのか?
ALIS(アリス)は2017年9月にICO(Initial Coin Offering)を実施し、1万3182ETH(日本円換算で約4.3億円、レートは当時)の資金を調達しました。
良質な記事を書いた人が報われ、さらにその記事をいち早く見つけて評価した人もトークンが分配されることによって報われる。ブロックチェーン技術を用いて、広告モデルに依存しないソーシャルメディアを目指す。ICOの成功は、こうした私たちALISのビジョンに共感していただいたものと受け止めました。私もALISのCEOという立場で、責任感を持ってALISのプラットフォーム構築に全力を注いできました。
2018年4月のクローズドβ版公開から1年が経ちます。「もう1年も経つのか」と思ってしまうほど、この1年間は濃密でした。私たちは常にスピードや新しさを重視した取組みの中で、多くの発見と学習を積み上げてきました。
そのおかげで、世間が規制動向を待ったり、概念実証(PoC:Proof of Concept)からなかなか先へ進めずにいる間に、ALISは独自のコミュニティを形成することができました。分散型のウェブ(decentralized web)を目指す「Web3時代」の先行事例を生み出すことができたと自負しております。
しかし、先日に発表させていただいたとおり、私たちはALISのプラットフォーム構築だけではなく、企業向けのブロックチェーン事業コンサルティング・開発支援を行っていきます。
私たちは2年後、3年後、5年後、それ以降を俯瞰し、プロジェクトとして生き残るため、ALISの継続的運営とトークン価値向上をいかに達成するかを考えました。その結果、まだ余裕のある今の段階でマネタイズ(稼ぐこと)を行い、きっちりと企業体力を付けておくべきであり、企業向けのコンサルティングや開発支援を行うことは理に適った施策だと考えました。 ALISではセキュリティ上の問題を起こしたことがありません(ひとえにユーザーの皆様のおかげです)。またブロックチェーンを含むシステムの運用実績が1年以上ある企業はたくさんあるわけではなく、企業向けの支援はALISにとっても良い取り組みだと考えました。
もちろん、コンサルティングや開発支援のみに注力するわけではありません。「次のWeb」を代表するサービスを作るという方向性がぶれることはありませんし、当初から掲げている「信頼の可視化で人のつながりをなめらかにする」というビジョンにも変更はありません。
では、なぜ私たちがそう考えたのか? 大きな理由として、国内のブロックチェーン・暗号資産市場に対する規制動向があります。
新たな規制で求められる「潤沢な資本力」
国内の規制動向について私たちの考えをお伝えします。まずは規制動向の概要をご覧ください。
金融庁は、2019 年 3 月 15 日、仮想通貨(暗号資産)及びセキュリティトークン(電子記録移 転権利)について、関連する資金決済法、金融商品取引法及び金融商品販売法の改正案 を国会に提出した。その骨子は以下のとおりである。
出典:アンダーソン・毛利・友常法律事務所「暗号資産に関する改正資金決済法等」より一部を引用
<資金決済法改正法案>
①「仮想通貨」から「暗号資産」への呼称の変更
②暗号資産カストディ業務に対する規制の追加
③暗号資産交換業の業務に関する規制の強化等 <金商法改正法案>
④電子記録移転権利の創設及びこれに対する規制の適用
⑤暗号資産デリバティブ取引に対する規制の創設
⑥暗号資産又は暗号資産デリバティブの取引に関する不公正な行為に関する規制の創設
<金販法改正法案>
⑦ 暗号資産の販売等に対する金販法の適用
アンダーソン・毛利・友常法律事務所が発行する「暗号資産に関する改正資金決済法等について」で議論されているこれらの内容から推察するに、私たちは今まで以上に企業体力が重要となると判断しています。その理由をご説明するにあたり、ここで共有すべきメインの論点は、「カストディ業務に関する規制」です。
簡単にお話すると、「他人のために暗号資産の管理をすること」という項目が新設されました。事業者側の観点で言い換えると、今後はウォレット提供事業者でありユーザの秘密鍵を預かるケースにおいては、資金決済法上のルールに則った運営が必要となります。具体的に言えば、仮想通貨交換業およびホットウォレットで管理する場合は、預かり資産と同種同量の暗号資産の準備が必要となり、潤沢な資本力が求められることになります。
ALISはパブリックチェーンのトランザクション処理性能や秘密鍵管理のUI/UXの低さなど、様々な点を考慮した上でプライベートチェーンでの運用を行ってきました。今後、パブリックチェーンとプライベートチェーンのトークンを送受信できるウォレット機能を搭載する予定です。実装されれば、プライベートチェーンにある顧客資産であるALISを、私たち運営が管理しているという状況になります。つまり、今回の法改正による新たな規制の対象になります。
こちらの規制によるALISへの影響を、現時点では正確に見積もることができません。しかし、私たちはALISが少なくない影響を受ける可能性を前提に、すばやく意思決定をすべきだと考えました。
真面目にやってきた私たちがなぜ、ルールに振り回されなければならないのか?
また、別の観点になりますが、今後仮想通貨交換業者への登録申請を行う事業者は、JVCEA(一般社団法人日本仮想通貨交換業協会)の加入が義務化されます。入会費だけで200万円、年会費や弁護士への依頼も含めると、かなりの高額です。そこで要求される体制構築の費用を考えると、さらに年間数千万円の追加の費用がかかることになるでしょう。
かかる費用だけが直接的な原因ではないと思いますが、マネーフォワードなど有力な事業者が撤退を決めたというニュースからもわかるとおり、規制を含む業界の現状は控えめに言っても厳しいと考えています。
また、国内取引所へのALISの上場は、実現させたいことの一つです。他の規制と同じく、この国内上場も簡単ではありません。そのための必須条件の一つとして、まず企業としてのキャッシュフロー健全性が求められます。資本力のないスタートアップには、かなり厳しい要求です。
もちろん、スキャム(詐欺)が見分けがつかない現状においては、規制の必要性も同様に認識しています。しかし、私たちはICOという手法がスタートアップにとって資金調達の幅を広げることになると信じていましたし、率先して一定の成功を収めることで「コミュニティと共創する新しい事業開発の手法」として国内に根付かせたいという思いもありました。今回の新たな改正案に対して複雑な思いがあることは確かです。
以上の理由から、私たちはブロックチェーン事業コンサルティング・開発支援を行うことにより収益を安定させることが先決だと考えました。国内取引所への上場については、しかるべきタイミングで果たそうと考えています。(本稿の議論や経緯は4月23日21時に開催する「ALIS β版リリース1周年記念イベント」で詳しくお伝えする予定です)
真面目にやってきた私たちがなぜ、スキャム(詐欺)や脆弱なシステムを前提にした規制やルールに振り回されなければならないのか──そんな気持ちがないわけではありません。しかし、苦言を呈しても状況は改善されるわけではありません。
CoinDesk Japanを通じて、私たちブロックチェーン領域に取り組むスタートアップが置かれている現状をお伝えできればと考え、寄稿しました。ご意見あれば、ツイッターなどを通じてコメントを寄せてください。
編集:久保田大海
写真:Shutterstock