2020年4~9月期の証券会社各社の決算は軒並み堅調で、大手・ネット・中堅中小19社のうち17社が最終損益が前年同期比で改善した。新型コロナウイルスの感染拡大で働き方・暮らし方が変わり、将来への備えを強く意識した結果、投資意欲の高まったのだろう。
ベテラン投資家なら「今は投資を始めるハードルは低くなった」と感じているはずだ。証券会社に行ったり電話をかけたりして注文する必要がなくなった。ただ、それでも未経験の投資デビュー層からすれば投資は未知の世界。分からないことは難しい。そうした人たちに最初の一歩を踏み出してもらい、なんとか続けてもらうため、各社は努力を続けている。証券界がとりわけ注目、注力しているのが「スマホ」と「ポイント」。そうした切り口から投資に触れ、少額でいいから長く続けてもらおうと、あらゆる商品・サービスの開発、マーケティングに勤しんでいる。
ポイントサービスの代表格である「Tポイント」で株式が買えるサービスを初めて提供したスマホ証券・SBIネオモバイル証券の小川裕之社長に、サービスの狙いと特徴、コロナ禍の影響、今後の展望などを訊いた。
“貯蓄から”ではなく、“消費から”投資へ
SBIネオモバイル証券はSBIグループの新しい証券会社で、Tポイントで株式投資できるのが特徴だ。1ポイント1円で、1株単位で購入できる。東証の単元株は100株だから、たとえば株価が2621円(11月19日終値)のSBIホールディングス <8473> に投資するには26万2100円必要だ(手数料など除く)。だが同社なら2621円、Tポイント2621ポイントあれば買えることになる。
手数料体系もユニーク。月間の売買代金50万円まで、月額200円(税抜)で何度でも取引できる。さらに毎月の期間固定Tポイント(SBIネオモバイル証券での利用のみ可能)を200ポイント付与。サービス利用料100円(税抜)につきTポイントを1ポイント付与するなど、とかく初心者にとって投資を始めやすい仕組みづくりに腐心している。
──御社はTポイントで投資ができるサービスを初めて実現されましたが、なぜ「ポイント投資」に着目されたのでしょうか?
証券業界ではながらく「貯蓄から投資へ」、最近では「貯蓄から資産形成へ」という掛け声が聞かれますが、個人金融資産の預金貯金率は一向に下がりません。未経験者に投資を始めてもらう上での問題として、「投資教育が足りていない」ということもあるでしょうが、それ以上に“貯蓄から”という前提にそもそも懐疑的な思いを抱きました。
大事なのは“消費から”なのではないかと。そう視点を切り替える中で、消費してもらえる「ポイント」に着目しました。“投資”をする人は一部ですが、“消費”は誰もがします。消費行動が投資行動につなげられれば、多くの人に投資を始めてもらえるのではないかと考えているのです。
投資をしない人や初心者にアンケートをとると、その悩み・ハードルは大きく3つあります。それは「よく分からない」「資金がない」「資産がなくなるのが怖い」です。これらもポイント投資なら一気に解決できる。当社で投資に充てていただくポイントはそもそももらったもので現金とは違いますし、少額から始められます。
──投資のことが「よく分からない」という悩みはどう解消しているのでしょうか?
だから「株式投資」なんです。よく「初心者には投資信託がおすすめ」といわれますが、本当にそうでしょうか?「初心者はNISA、iDeCoを始めましょう」ともいいますが、それはあくまで“投資をしっかりやっていこうと考えている初心者”の話です。
そもそも投資に興味がない人は、「○○インデックスファンド」「○○オープン」と言われもワケが分からない。だったら身近な企業に投資できる株式投資のほうがいい。いつも買い物をしているコンビニ、飲料メーカー、ネットサービス提供会社、スマホも企業であり株式を発行している。ファンになった会社に投資すれば、優待で商品をもらえることもある。
──なるほど。私も「初心者には投信」と思い込んでいたので、「投信は初心者にはむしろ分かりづらい」という見方に目からうろこが落ちました。個別銘柄を選ぶのは難しいですが、1株から買えるならハードルは低いですね。
単元未満株を買えるようにしたのは、「資金がない」という悩みに対応したものです。さらに1株を現金はもとより、買い物でもらったポイントで買えるというのも大きい。当社で取引を始める方の6割が、まずはポイントのみで投資されています。買い物でもらったポイントで投資できるという点で、始める上での心理的な「資産がなくなるかもしれない」というハードルは相当下げられたと思います。3つの不安をクリアできる商品設計にしたつもりです。
「SBIネオモバイル証券」でなく「ネオモバ」 CCCと組んだからこそできたこと
SBIネオモバイル証券はSBI証券とCCCマーケティングの合弁会社として2018年10月に設立された会社だ。なぜ証券会社が新しい証券会社を設立したのだろうか。SBI証券はフルラインアップの証券会社で、資産形成層のニーズに幅広く対応している。いまや口座数でも野村證券を抜いてナンバーワンとなった。その結果、顧客全体における40代~50代の割合が69%であるのに対し、20代は7%にとどまっている。そこに理由がある。
──そもそもネオモバが設立された経緯や狙いを聞かせてください。
SBI証券でも初心者向けの開拓に取り組みましたが、これはもう本当に難しい問題で、投資をしない人はなかなか始めてくれない。ようやく始めてくださったとしても、SBI証券のサイトに初心者がログインすると、「何をやっていいか分からない」と言われるんですね。SBI証券では株、債券、先物、投信と金融商品は何でもそろっているのですが、その画面は初心者にとってみれば、「どこみればいいの?」という迷いにつながってしまう。
だから初心者の若者向けに、そういう迷いを生じさせないUI /UXが必要だと考えました。サイトに行ったら何をすればいいのかがパッと分かるようにすべきだと。それならもう会社も分けて、何でもそろっているSBI証券とは別会社がやる別のサービスでないといけない。
UI/UXはもとより、マーケティング手法もまったくSBI証券とは違います。バナー広告を出す先もSBI証券とは異なりますし、そもそも会社・サービス名も「ネオモバ」で訴求しています。SBIグループではありますが、「SBIネオモバイル証券」ではなく「ネオモバ」という、略した4文字にしている。これはSBIを隠すということではなくて、4文字に略してキャッチーな響きであることを大切にしたわけです。SBIグループとしては異例なのですが、代表の北尾も賛成してくれて、そのおかげもあり順調に口座を伸ばすことができました。
──先ほど「投資をしない人はしない」とおっしゃいました。新しい会社を作ったとしても、SBI証券で投資家を相手にサービスを提供してこられた皆さんが、従前から顧客として獲得したかった本当の初心者を獲得するのは難しかったのでは。
立ち上げ期に事業パートナーであるCCCマーケティングから知見をもらえたのは大きかったです。Tポイントのサービスを通じて、消費者に向き合っている彼らから、とにかくサービスをシンプルにすることの大切さを教えられました。SBI証券が日頃向き合っている“投資家”ではなく、“生活者であり消費者”を意識すること。それこそスーパーやドラッグストアでシャンプーを買っている人をイメージしながらサービスを作ることだと。そうした知見はありがたかったですね。
情報の整理と見せ方にもこだわりました。「株主優待」にフォーカスしているのですが、「優待がいくらで買えるか」という見せ方を心がけています。たとえば、ある企業の優待情報を載せたページでは、「この会社1株はいくらで、これが100株以上でどんな優待がもらえます」といった見せ方ではなく、「いくらでこの会社の優待券がもらえる」といった額と社名をハッキリと見せるようにしています。
「ふるさと納税」のサイトと似ているかもしれません。利用者の多くは「いくらで返礼品として何がもらえるか」で納税先を選ぶ方も多いですよね、そういったイメージです。このほかにも500円で買える株、1000円で買える株といった見せ方も用意しています。
アプリは機能も設計もシンプルにするため、FXは新たにアプリを用意
──今後の展開ですが、サービスを充実させていくとSBI証券に近づき、「ネオモバである意味」が損なわれます。どういった線引きをされますか?
ネオモバはシンプルなサービスであり続けたいと思います。それこそNISA口座は一人一つしか作れませんから、SBI証券と競っても仕方ない。
ただ一方で、顧客と一緒にサービスを成長させていきたいとも考えています。それで今春始めたのがFX(外国為替証拠金取引)です。投資に興味はなくてもニュースで「1ドルが何円か」くらいは聞いたことがあると思います。FXは、投資を始めたばかり、これから始める若者が取り組みやすいサービスだと考えています。
FXはアプリを別に用意しました。一つのアプリであれもこれもできる、ではありません。画面など設計も非常にシンプルにして、FXトレーダーが見ているようなカッコいいチャートではなく、価格の上がり下がりだけが分かるシンプルな画面にしました。手数料にあたるスプレッドも米ドル/円は、1000通貨までスプレッドゼロにしました。
──スプレッドゼロですか?それだと儲からないですよね。
とはいえ1000通貨までなので、もっと取引したい場合はスプレッドが発生します。そもそも初心者の中には、(BidとAskの)値段が違うところからして「なぜ?」と不思議に思う人もいますので、入り口としてゼロにしようと。それくらいハードルを下げてサービスを考えました。
画面もシンプルなもの(ネオモード)のほかに、「プロモード」も用意しました。これはSBI FXトレード社の画面と同じで、“ベテランのFXトレーダー”の使用にも耐えうるものです。ネオモードでFX取引に慣れた方が、トレーダーに育っていただき、SBI証券、SBIFXトレードでFX取引をしていただきたいという思いも込められています。
20代に圧倒的に支持される証券会社を目指す
──今後の展開や目標について教えて下さい。
年始に新商品を計画しています。日経平均の騰落をの「予想」をするようなコンテンツです。現状では、ネオモバのアプリのトップ画面には「日経平均」のチャートすら出していませんが、お客様にも成長していただきたいという思いから企画しています。そして投資家として成長したらSBI証券を使っていただければいいと思っています。
当面の目標は、開業時に50万口座の早期達成を掲げていましたが、これは予想よりは早く来年1月には達成する見込みです。50万人規模になればCPAもより下げられますし、ある程度は新しい商品・サービスも追加しながら、今後は収益性を高めたい。初期はとにかく低コストで、投資の入り口というグループの役割を担い、獲得・拡大に努めてきましたが、今後はビジネスとして成り立たせていかなければいけないと思っています。
──どんな会社、サービスを目指しますか?
20代に圧倒的に支持される証券会社になりたいですね。投資家として育つ出発点として20代は一番大事な入り口の時期です。就職があったり、人によっては結婚や出産もあるかもしれません。将来を見据えて資産形成を考え出す時期です。SBIブランドの入り口としてネオモバを利用していただき、「お金のことならSBI」という存在になるのが目標です。
SMFG(三井住友フィナンシャルグループ)さんに出資していただけることになったので、11月中旬には三井住友銀行さんからネオモバへの誘導ができる。新社会人が口座を開設したらネオモバへの導線があるわけで、若い人がたくさん来てくれるはずで、来年4月が楽しみで仕方ないです。
SBIホールディングスが10月28日に発表した、2021年3月期上半期(4-9月)の連結業績(IFRS)によると、売上高が前年同期から18.7%伸びて2281億6,500万円となり、半期の業績として過去最高を記録した(前年同期 1921億4,700万円)。コロナ禍で景気・消費は低迷しているとされるが、将来を見越した投資行動は活発なようだ。
──先日発表されたSBIグループの決算はコロナ禍の中で過去最高を達成されていました。御社も顧客数は増えたのでしょうか?
興味深いことに、SBI証券とネオモバではまったく結果が異なります。まずSBI証券はコロナ禍のなかで、それ以前の月間平均獲得口座数の2倍くらいに新規顧客が増えました。巣ごもり、賃金低下リスクへの懸念などが理由でしょう。
一方、ネオモバはほぼ獲得ペースが変わらなかった。ネオモバが発しているメッセージがリーチしているのは“投資家”ではなく“消費者”だったんだと再認識できました。実際、消費が低迷した時期は若干獲得数も落ちましたが足もとは改善しています。今後消費がまた盛り返してくれば新規の顧客獲得ペースはさらに上がると思っています。
──御社独自のサービスの目標や計画ではなく、税制や法制度、商慣行などで「こんなことが実現するといいな」という要望や願望はありますか?
SBI証券の役員としては、デリバティブと現物の損益通算は実現して欲しいですね。ネオモバの立場からは、これは今思いついたんですが、投資初心者の減税があるとありがたいですね。NISAがありますが、本当の初心者にしてみればNISAは難しい。もっと自然に、“減税された感”があるといいですよね。たとえば税の還付をマイナポイントで受けられるとか。投資デビューしたらポイントバックしてくれるとか。Tポイントは期間固定というものがありますが、投資にだけ使えるポイント設計できますからね。投資だけに使えるマイナポイントを出したりすれば、若い人が投資を始めてくれるんじゃないでしょうか。
──なるほど。「今思いついた」とおっしゃいましたが、いいアイデアですね。常に若い人の獲得を考えているからこそ思いつかれたんでしょうね。
そういうことにしておいてください(笑)。
取材・構成:濱田 優
写真:森口 新太郎